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勇者猫  作者: バゲット
94/98

94.仇敵との再会

俺達はついに、頭上に黒い雲を認めた。



ちょうど朝になり、全員が起きた頃だった。

ハジメが結界を張り直し、ふと空を見上げると、北から黒い雲が近づいて来るのが見えた。



雲は怪しく蠢き、だんだんと広がり空を覆っていく。

やがて周囲は夜のように暗くなり、弱い風が吹き、不気味な静けさに包まれる。



以前経験したあの雰囲気と、全く同じだ。



三人並んで空を見上げながら、俺達は呟く。


「ついに来たようだね」

「おう。二人とも準備はいいか」

「う、うん……」



真ん中に立っていたアルクは、俺とハジメの手をぎゅっと握った。




やがて待ち構える俺達の耳に、地鳴りのような低い重音が響く。

その群れは大地を揺らし、俺達の方へと近づいて来る。


「所詮ほぼ雑魚だ。蹴散らすぞ」



やがて森から現れた魔物の群れを、俺達は三人で迎え撃つ。

それぞれが広範囲に強力な火炎魔法を発射し、遠隔攻撃で群れ全体を一掃する。


以前よりもさらにレベルが上がった俺とアルク、そして勇者のハジメが放つ魔法は、雑魚共を瞬時に消し炭にした。



第一群が呆気なく殲滅されると、続けて第二群が現れる。

第一群の数倍はあろうかというその群れには、中級や上級魔物の姿も見られた。



雑魚達は魔法攻撃で抑え込めるが、さすがに上級となると、遠隔からの一撃で倒せる程ではなかった。

炎をかいくぐり、俺達の方向へと突進してくる巨大なヒポグリフやトロールを、アルクとハジメは剣で、俺は猫パンチで応酬する。



「やっぱり、数がすごく多いね!前は僕達、本当に周りの皆に助けられてたんだ……」


アルクがジャイアントオーガの首を剣で貫き、地面に着地したタイミングで、近くにいた俺に話しかける。


「ねえ、このまま食い止められるかな……」



しかし近接戦に気を取られ出すと、遠隔での魔法攻撃ができなくなる。

作戦では俺とハジメが近接戦に入ると、アルクが後方から魔法攻撃を続ける予定だったのだが、それすらままならない程に、魔物は次々と押し寄せた。


まだ抑えきれない程ではないが、とにかく体力勝負になる。


「くそっ、あの鳥はこんな時にもどっかほっつき回ってやがんのか!」



俺はイライラしながら、マトリカのことを考えた。



ハジメはマトリカと念話ができるので呼びかけるも、反応がない。

するとアルクも必死になってハジメの近くで叫んだ。


「マトリカお願い、僕達と一緒に戦って……」



するとその時、俺達の頭上にバサバサッという羽音が響いた。

やっとあの忌々しい鳥が姿を見せたのだ。



やたらと芝居がかった雰囲気でヒラリと地面に舞い降り、マトリカは胸を膨らませ、一気にブレスを噴射する。



グオオオァァァァァ!!!!



強力な毒に当てられた魔物達の、雄叫びと断末魔が周囲に響き渡った。

喘ぎ苦しむ魔物達は、次々にバタバタと地面に倒れ込む。



「来るのが遅いぞ、もったいぶってんじゃねえよ!」



俺が怒鳴りつけると、マトリカはフンと言う調子で言った。


「あら、あなたのために来たんじゃないんだけど。私に名前をつけてくれたその子が、私を呼んだからよ。」



どうやらマトリカは、アルクの言葉に応じたようだった。


こいつ、主人であるハジメが呼んでも来ないくせに、アルクの呼びかけにはすぐに応じるとはどういう神経なんだ。


「助かったよ、ありがとう、マトリカ!」


それでもアルクは嬉しそうに、マトリカに礼を言った。



それからはずいぶん戦いやすくなった。

俺達が魔法を発動するまでもなく、次々に押し寄せる群れは、ほぼマトリカだけで一掃できたのだ。




しかし俺は、次の瞬間、ゾッとする嫌悪感に襲われる。

何か、ものすごく気分の悪い、憎むべき存在が近づいている気配がするのだ。



俺は森の方に目を向けた。

そして遠目にその姿を見て、すぐに気づく。それは見間違えようもない。俺がこの世で最も憎んでいる相手だ。



頭に生えた黒い角。赤い短髪に茶色い肌。背中に負った、複雑な形をした黒い槍。



それは四百年後の世界で、ハルトを殺した男だ。



魔王の配下達は、魔王が討伐されると力を失う。

しかし殺されない限り、奴らは無限に近い時を生きる。


今ここにいるこの男は、この戦いを生き延び、四百年後再び俺達の前に現れるのだ。



魔物達の支配と強化が得意だと吹聴していたその男は、俺の記憶にある通り、猟奇的な笑みを浮かべている。

そして今回も、強化されて目が怪しく光った魔物を数体引き連れていた。



アルクも愕然として、その男、ルードルベアを見つめた。




俺は二人に向かって言う。


「おい。あいつは俺が相手する。お前達は手を出すな」


アルクとハジメは俺を見る。

アルクはすぐにこくりと頷く。ハジメも何も聞くことなく、俺に応えてくれる。


「分かった。あの男は任せるよ。魔物達のほうは、僕とレオに任せてくれ。」



俺は考える。

この男さえここで始末すれば、未来でハルトが死ぬことはない。

そうすれば、俺とアルクは魔王を倒してからも、ずっとハルトと一緒に過ごせるのだろうか。



しかしその考えが浮かんだ瞬間、俺の意思とは一切関係のない光景が、頭の中に入り込んでくる。

それは一瞬の出来事で、まるで稲妻が俺の頭に落ち、無理矢理ある種の映像を焼き付けたかのようだった。




俺が今ここで、この男ルードを始末する。


四百年後の戦いに、ルードは姿を現さない。


ルードがアルクに死の槍を振り下ろすことはなく、ハルトがアルクを庇って命を落とすこともない。


俺とアルクは一人の犠牲も出さず、やがて魔王城へと辿り着く。


俺達は棟の一角、魔王が復活する部屋の扉の前に立つ。


意を決して扉を開けた瞬間、既に復活を遂げていた魔王が、瞬時にその姿を現す。


その部屋にいた唯一の生き物、俺の母猫の姿となって。



魔王はそのままアルクの心臓に、右前足をズブリと突き刺す。


ハルトの助言でアルクが纏っていたバリアを、その前足は突き抜けたのだ。


不意を突かれたアルクは驚いて目を見開く。魔王はその俊敏さで、アルクの心臓を何度も突いた。



魔王は常に、勇者を最も苦しめる姿を依り代として選ぶ。

しかし今回、勇者に近しい人間の体を手に入れられなかった魔王は、即座に勇者本人を仕留めにかかった。



アルクが命を落とした瞬間、俺の記憶が次々に消えていく。


ハルトが消え、リーンが消える。


レオとレナの姿が消える。

エレーナが、ラファエルが、ロベルトが消える。


そして、ハジメの姿が消える。


最後に、世界が消滅して、俺自身の姿も消えて無くなる。



俺とアルクが二人で過去の世界に向かわなければ、ハジメは魔王を討伐できない。

魔王討伐に失敗したハジメは命を落とし、その時点でこの世界は終わる。


世界はもはや存在しなくなり、ハジメがハルトとして生まれ変われる事もない。

四百年後に、俺とアルクが、生まれてくることもない。




「クソッ!!!!!」



俺は思い切り悪態をついた。



なぜ俺とアルクが、ハルトと共に生きられる未来がどこにもないのだ。

ハジメをこれから起こる悲劇から、その後に続く長く苦しい年月から、救い出すことすらできないのだ。



どうして、誰かの犠牲の上でなければ、この世界は成り立たないのだ。




俺は経験したことのない熱い怒りが、喉の奥に込み上げるのを感じた。



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