93.再び迫る時
俺とアルクは日々緊張感を増していた。
だんだんと魔物の動きが活発になってきたのだ。
上級魔物の出現頻度が高くなり、俺達は討伐依頼を引き受けることも多くなる。
最も、討伐は俺達三人がいると全て一瞬で片付いた。
あまりやる気のないマトリカも、気まぐれに現れてはブレスで魔物を一掃した。
ハジメも魔物の不穏な動きに、その時が近づいていることを感じているようだった。
俺達はノブランドの町から、さらに北上を開始する。
この先にはもう一つ小さな町があり、その先にはもう何もない。
元の時代であれば、そこから北東へ進むとエド町があったはずだが、今はそこも荒野だ。
俺達が十分に休息を取れるのは、実質次の町、ランデッジ町が最後だ。
マトリカは俺達を背に乗せることをあまり好まなかったので、結局俺達は歩いて北上することになる。
「全くあのドラゴン、俺の従魔だったら今ごろ焼き鳥にして食ってるところだぞ」
俺が腹立たし気にそう言うと、ハジメはまた笑った。
「まあまあ。僕は歩きでも構わない。さすがに魔王領の森を超える時は、ちゃんと運んでくれることを祈るけどね。」
結局俺達が最後の町にたどり着いたのは、それから6日後だった。
アルクは宿屋のベッドにドサリと倒れ込む。
「ああ、ベッドで寝られるのもここが最後か……。その後はずっと野営だね。マトリカが飛んでくれたら、少しはマシだと思うけど……」
しかし俺もアルクも何となく思い出していた。
ハジメが将来シロヤマ領の領主となり、エド町を作り上げたのは、北上するにつれて町が減ることで、ハジメ自身が散々苦労したからだ。初めてエド町に着いた時、俺達はギルドの女性からそう聞かされていた。
つまりマトリカの協力はこれからもあまり期待できそうにない。
だがこの経験がなければ将来エド町も生まれないかも知れないのだ。俺は自分にそう言い聞かせて、なんとか耐え凌ぐことにした。
そして俺達は、魔物群の侵攻について、ハジメに説明した。
正直どこまでの情報を伝えて良いのか判断できなかったが、少なくとも俺が夢で見た限り、俺達は魔王の討伐方法をハジメに伝えてはいけないはずだ。
しかし魔物群の侵攻については、伝えなければ事前準備もできない。俺とアルクは話し合った上で、ハジメに伝える事にしたのだ。
もちろん実際に経験したとは言えないので、単に聞いたことがある、という程度の曖昧な説明だ。
ハジメは、俺達の何の裏付けもない話を信じてくれた。
「魔物群の侵攻か……。それが本当に起きるなら、僕達はできる限り北上して防衛線を張り、いつでも迎え撃てるようにしなければならない訳か……」
「ああ。マトリカがいればもう少し時間に余裕を持てるが、今のところ期待できそうにない」
「そうだね。前兆の黒い雲が出現するころには、魔王領の森近くで待機しておいた方がいいだろう……」
ランデッジ町に滞在する間も、俺達は何体もの上級魔物を討伐した。
そしてついに俺達は、最後の町を後にする。
足で北上しながら、俺達は道中出くわす魔物に対処し続ける。明らかに魔物の数は増え、周囲を常に不穏な空気が包むようになっている。
アルクは魔王討伐が近づく緊張感と、もう少しでハジメとの旅が終わるという寂しさから、落ち込むことが多くなった。
頻繁にため息をつくアルクを見て、ハジメは声をかける。
「大丈夫かい?さすがに魔王との対峙が近づくと、緊張するね」
「うん、大丈夫……。それより僕は、この旅が終わってしまうことの方が悲しくて……」
ハジメは何も言わなかった。
魔王討伐が終わったって、もしそうしたいのなら、その後も一緒に旅を続けることはできるはずだ。
しかしアルクの言葉は、それができないことを物語っている。
しかしそれ以上は何も聞かず、ハジメも頷いた。
「うん、そうだね」
俺達は野営を続けながら、侵攻について話し合う。
今回は前の時代のように、町の護衛隊や冒険者の助けは期待できない。俺達の時はハルトのおかげでシロヤマ領の兵士が動いたのだし、スラシアの護衛隊や冒険者達が動いてくれたのも、ハルトが書状を出してくれたおかげだ。
今の俺達にそのような手段はない。ほとんど三人で、魔物群の侵攻を食い止める必要がある。
「しかし俺とハジメがいれば、ほぼ勇者二人分だ。互いに特訓してレベルだってかなり上がった。アルクもS級だし、あとはあの忌々しい鳥が協力さえすれば、正直戦力には事欠かない」
「と、鳥って……。でも確かに、マトリカがいれば、一気に大量の魔物をやっつけられるしね。協力してくれるかな……」
「万が一マトリカが不在でも、僕達三人なら何とかできるだろう」
俺達は毎日遅くまで話し合った。
最後の町を発ってから、一週間が過ぎた。
俺達はついに、魔王領の森の程近くまでたどり着く事になる。
そして一日に何度も、空に黒い雲が現れないかと確認する。夜も野営しながら、できる限り交代で見張りをする。
また、俺達は定期的に東西に延びる、巨大な結界を作り出す。
結界は半日ごとに張りなおさなければ消えてしまう。俺達は朝と夜に交代で、何十メートルもある結界を張った。気休め程度だが、万が一魔物を取りこぼしても、そいつらが南下することを防ぐためだ。
アルクが当番の日に朝寝坊したので、俺は足で尻を思い切り蹴飛ばす。
「イタッ!!ちょっとレナ、それやめてってば、普通に起こしてよ~……」
「普通に起こしても起きないだろうが!さっさと起きろ、結界が消えちまうぞ!」
「わ、分かったよ!……ねえ、レナも手伝ってくれない……?」
「断る。あれは面倒だし時間がかかる」
「あははは、君達、本当に仲良しだね……」
ハジメはそんな俺達のやり取りを見るたび、声を出して笑った。
緊張感を抱きながらも、俺達は最後の時間を楽しんでいた。
その日の夜は、ハジメが外で見張りをしていた。
暗い空に、それよりも濃くて黒い雲が出現しないか、ハジメは遠い目をしながらぼんやりと待ち構える。
空の様子が変わりないので、ハジメは図書館で借りていた本に目を落とす。
最後に王宮図書館を訪れた際、適当に古そうな本を手に取り、何冊か借りだしていたのだ。
しかしどれに目を通しても、魔王に関する記述は見当たらない。
ハジメはその日、最後の一冊を手にしていた。
ハジメは気づいていなかったのだが、それは実は禁書だった。本来は王族ですら簡単に手を出せない禁書庫へ保管されているはずのその本が、何かのはずみで通常の書庫に紛れ込んでいたのだ。
そこには遠い昔に発見され、今となっては禁忌となった魔術についての記載がある。
魂に自らの記憶を保管し、その記憶を有したまま、望む時代に生まれ変わることができるというものだ。
ハジメは禁忌の術について読みながら、全く無駄な魔法だと思った。
これまでの長く苦しい15年間の記憶を持って、なぜこの世界にまた生まれ変わりたいと願うだろう。
せっかくなら、元の世界に生まれ変われる方法であれば良かったのに。
ハジメは本に興味を無くし、アイテムボックスへと投げ入れた。




