91.幸せな日々
「本当にごめんね、また同じような手に引っかかって……」
アルクはまた俺達に向かって謝った。
店主を倒し、店にいた人間達が正気を取り戻したのを見届けた後のことだ。
「君は前にも、精神支配にかかったことがあるんだね」
ハジメが問いかけると、アルクは少しギクッとして言った。
「あ、う、うん……」
俺とハジメは徹夜だったし、アルクも精神干渉されて実質眠っていないので、俺達は飯を食ってからすぐ宿屋へと戻った。
宿屋への道すがら、俺とハジメは話を続ける。
「にしても、よく適当な解毒薬を持ってたな」
「ああ。麻薬といってもありふれたものだし、薬草鑑定のスキルでは適当な解毒方法も分かるからね。今回は上級解毒薬で事足りた」
「スキルが意外と役に立ったんだな」
「そうだね。それにしても、君は本当にすごいな。僕よりも勇者に向いてるんじゃないか」
「フン、向いてても嬉しくねえな」
俺とハジメが話す姿を、アルクは後ろから見つめていた。
俺達は話し合い、翌日にはもう次の町へ向けて出発することにした。
また商人の馬車に乗せてもらうことも考えたが、俺達は三人とも、野営しながら歩く方を好んだ。
俺とハジメはまた対戦ができるし、アルクも三人で過ごす時間が好きだったからだ。
まだミストラルの町に来て3日目だったが、旅の速度を考えると、早めに北上しておくに越したことはない。
それに、俺達の耳に、北方の町で魔物の出現が増えているという噂も入ってきていた。
まだ魔物群の侵攻が起こる前兆とまではいかないが、着実に時期は近づいているのだろう。
ミストラルの町を出るとしばらくまた荒野で、途中小さな森を抜けることもあった。
森ではハジメの薬草鑑定スキルが大いに役立った。毒のある植物を見分けられるし、薬や食用として使える物もあるからだ。
ハルトが森の生態に詳しかったのは、ハジメの頃に持っていた鑑定スキルのおかげでもあったのだ。
森を歩きながらふと足下を見たアルクは、棘のついた植物を見てビクっと飛び上がる。
「うわ、これってまたあのマンイーターってやつじゃ……」
元の時代で、ハルトが所属する護衛隊の特別訓練に参加した時、アルクはこの植物の棘に刺されたのだ。
今回はすぐ飛び退いたので、足を刺されずに済んだ。
「君達は意外と、森の生態に詳しいんだね」
ハジメは俺達に言った。
初めて会った日、俺達は自分達が大陸のどの位置にいるかすら知らなかったのだ。
変に知識が欠けているかと思えば、逆に詳しい事もあり、ハジメにとっては不思議なのだろう。
「ああ。森の生態については以前、詳しい者から教え込まれたんだ」
「へえ、専門家か何かかい?」
「いや。しかし頭のおかしい鬼畜な教官だった」
ハジメはそれを聞いて、可笑しそうに笑った。
途中、俺達は小さな川を見つけた。
未来のエド町に流れているような大きな川ではないが、森のどこかから湧き出て、東へと向けて流れている。
俺は猫のジャンプ力で飛び越えられたが、普通の人間が飛び越えるには少し幅がある。
ハジメとアルクは所々にある岩を足場にして、川を渡った。
途中、足元を注視していたアルクが、あっと声を上げる。
川の中に何かを見つけたようで、水中をじっと見つめている。
アルクの前を渡っていたハジメも水中を見ると、何匹もの巨大な鮭が泳いでいるのが見えた。
『ああ……またエド町で、お刺身が食べたい……。あ、でもまだ、元の時代には戻りたくない……』
繋ぎっぱなしになった念話から、アルクの心の声が聞こえた。
俺はもちろん川に飛び込んだ。刺身なら俺も食いたいからだ。
「えっ、レナ!?」
ハジメが驚いて振り返るが、俺は既に水中に潜り、猫パンチで鮭を仕留めていた。
俺が大きな鮭を抱えて水上に顔を出すと、アルクもハジメも笑った。
その夜、俺達は森で野営する。
ハジメは小型のナイフを取り出し、苦労して鮭を捌いていた。
俺とアルクはその両側から、目を輝かせてハジメの手元を覗き込む。
刺身にできそうな部分はそのまま食べる事とし、残りは焼くことにした。
「もしお腹を壊しても、回復魔法があれば大丈夫だ。本当に便利だ」
ハジメが小さく笑いながら言った。
刺身を食べたアルクは、うっとりと幸せそうに眼を閉じる。
「ああ、幸せ……。すごく久しぶりだ……」
「前にも食べたことがあるのかい?」
「あ、うん、たまたま……」
たまに小さな失言をするアルクは、その時も曖昧な返事で取り繕った。
結局俺達は、ほぼ一匹を丸々平らげてしまった。
しかし鮭はあと3匹いて、氷魔法で固めてアイテムボックスに入れてある。
その夜、テントの前に座った俺達は、また他愛ない話をしていた。
アルクがふと空を見上げると、幾つもの星が輝いている。
アルクは目を輝かせながら言った。
「こんな日が、ずっと続くと良いのに……」
俺もどこかでそう感じてしまっていた。
そしてハジメも、同じ願いを抱いているであろうことが、俺にもアルクにも分かっている。
しかしそれは叶わぬ願いだった。
俺達が望もうと望まなかろうと、魔王を討伐した後、俺達は元の時代に戻されるはずだ。
それに俺達がこの時代に必要以上に留まることは、過去を変える、つまり未来の世界を変えることにも繋がりかねない。
願いを口にした後、悲し気な顔をして俯くアルクの様子に、ハジメは何となく気付いている。
しかしハジメは俺達に、立ち入った質問をすることはなかった。
やがて夜が更け、俺達はテントの中へと戻った。
いつものように右端が俺、真ん中がアルク、左端がハジメの順で横になる。
俺は野営の時でも構わず肌着になるが、アルクは服を着たままだ。
俺は横になるとすぐ眠りに落ちたが、アルクはすぐには寝付けなかった。
しばらく森の中の、虫の声を聴きながらアルクは横になっている。
そしてふと左を見て、仰向けになり目を閉じているハジメを見た。
「ハジメさん……」
小さく自分の名を呼ぶ声に、ハジメは目を開ける。
そして顔をアルクの方へと向けた。
アルクはハジメの方に体を向け、しかし目線は下の方に逸らし、何事かを考えている。
「眠れないのかい?」
ハジメが問いかけると、アルクはやがて、意を決したように言う。
「あの、詳しいことは、言えないんだけど……。僕達、本当は、レオとレナじゃないんだ。それは、仮の名前なんだ」
アルクの言葉を聞いても、ハジメは表情を変えない。ただじっとアルクを見つめている。
「本当の名前は、まだ言えないんだけど……。でも、いつかきっと、分かるから……。だから……」
アルクは、より親密な関係になったハジメに対して、仮の名を使うことに耐えられなくなったのだ。
本当は嘘などつかず、真実をそのまま話してしまいたかった。
アルクの必死な様子を見て、ハジメはふと笑みを漏らした。
そして右手を上げ、アルクの頭に手を載せる。
「いいんだ。分かってる」
それだけ言って、ハジメはまた目を閉じた。




