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勇者猫  作者: バゲット
81/98

81.ハジメの心

「巻き込んでしまって、すまなかった。」



鉱山事件の後、ハジメは俺達に謝罪した。

自分が引き受けた護衛の依頼主が闇商人だったことに、責任を感じているらしい。



結局それは大事件として、大陸中に知れ渡った。

鉱夫とその地域の商人は手を組み、大規模な人身売買組織を秘密裏に立ち上げていたのだ。


あの時ゾンビのように出てきた鉱夫達は皆、「裏口」から姿を現していた。

その裏口を抜けた先には大きなトロッコがあり、鉱石や魔石なんかと一緒に人質を乗せて、鉱山の裏にある隣の領地まで運んでいたらしいのだ。



「ううん、逆に、あんなすごい悪事が明るみに出て、良かったよ……」


アルクがハジメに向かって答える。


ハジメは特に表情を変えず、口角すら上げなかった。地下で一瞬俺達に笑顔を見せたハジメは、その後また普段の無表情へと戻っていた。



しかし、纏っている雰囲気は、少し柔らかいものになっている。




俺達は鉱山での事件を片付けた後、すぐ近くのベラルディという町へと向かった。

王族領から惑わずの森を北に抜けた先にある町で、その町から東に向かうと、俺達が元の時代で最初に訪れた町、モントールがある。



ハジメも森の北側へ来るのは初めてのようだった。

俺達は例のごとく冒険者ギルドへ向かった後、同じ宿屋に部屋を取る。


町に着いたのは夕方だったし、鉱山事件で疲れていたので、その日はもう休む事にした。



日が沈み、俺とアルクは飯屋を探すついでに、散策がてら町を見て回る。

宿こそ同じだがハジメは別行動だった。



「ハジメさん、少しは僕達に心を開いてくれたかな…」


夜の町を歩きながら、アルクが呟いた。


「なんていうか、ハルトさんと違ってハジメさんは、いつも表情がなくて、でもどこか悲しそうに見えるんだよね……」


「ああ。おそらく根は明るいが、生きづらい世界でふさぎ込んだんだろ」


「うん。やっぱり、そうだよね……」




俺達があてもなく歩き回っていると、その時ふと、一人で歩いているハジメの姿が目に付いた。


「あれ?ハジメさん……」


俺とアルクが遠目に見つめていると、ハジメは薄暗い通りへと姿を消した。



特に何も考えず俺とアルクがその姿を追うと、そこは何というか、いかがわしい雰囲気のある通りだった。

おそらく、異世界でアルクが遊女達に誘拐された花街と、目的としては同じような場所だ。しかし異世界のように赤い灯で埋め尽くされておらず、他の通りと比べて一段と薄暗い。



「ハジメさん、どうしてこんなところに……ヒッ……」


強面の男数人とすれ違い、アルクは思わずビクッと身をすくめ、俺の腕にしがみつく。

花街にはいい思い出がない上に、今は女の姿という事もあって、身構えているようだ。



通りに入ったハジメは、一軒の店へと入っていった。

店内も薄暗く外からはよく見えないが、看板を見る限り、酒場のようだ。


「え、ここってお酒飲むところじゃ……。え、まだ15歳なのに!?」

「お前忘れたのか。この世界では15歳から成人だぞ。」

「あ、うん、そうだけど……でも何でお酒なんか……」



ハジメは入り口に背を向ける恰好で、カウンターに向かい座っている。

俺達も何となく店に入り、ハジメに気付かれないように、入り口すぐ近くのテーブルに座り込んだ。


「な、なんかまたストーカーみたいになっちゃった……大丈夫かな……」

「まあバレたらその時だ。ついでにここで何か食おう。腹が減った」



食事をしながら、アルクはずっとハジメの様子をちらちらと伺っている。

いわゆる()()()を始めるのではないかと心配している様子だ。


「ねえ、ハジメさんが変なことしたらどうしよう、止めた方がいいかな……」

「変なことって何だよ」

「そ、それは、ほら、女の人と、何か……」

「ほっとけよ、一応成人してるんだ」

「で、でも………」



しかしそのうち、アルクの様子がどこかおかしくなった。

元の時代のエド町にいた頃、アルクは一度誤って酒を飲み、酔っぱらったことがある。今もその時のように、顔を赤らめてふらふらし出した。


「……お前……また間違って酒を飲んだんじゃ……」


しかしよく見るとその店の飲み物は全て酒だった。

俺は状態異常無効化があるので、酒を飲んでも酔っていないだけだ。


「あっ!誰かがハジメさんに……」


アルクはふらつきながら、少し椅子から腰を浮かせる。



俺がハジメの方を見ると二人の女性がハジメの両側に腰かけ、何やら話しかけている。

椅子をハジメの方に近づけており、やたらと距離が近い。


「あ、あの人達、何を……」


すると女性の一人が、ハジメの肩に手を置いた。

ハジメの表情は見えないが、顔を女性の方へ向けて何か話している。



するとアルクが急にガタっと立ち上がった。



俺が呆気に取られて見ていると、スタスタとハジメの方へと歩いて行き、その腕をぎゅっとつかむ。

酒に酔っているせいでかなり大胆になっているようだ。



「ハジメさん!こ、こんなところで、夜遊びは良くないよ!!」



腕を掴まれたハジメは、驚いた顔で後ろを振り向く。

女性達も呆気に取られてアルクの方を見た。


アルクはお構いなしにその腕をぐいっと引っ張り、ハジメを店の外へと引きずり出してしまった。


やれやれ。俺は小さくため息をついて席を立つ。



俺が続けて店を出ると、アルクがハジメに向かって問いかけている。


「ハジメさん、こ、ここは酒場だよ!なんでこんなところで、あ、あんな女の人達と……」

「いや、何でと言われても……ただ話をしていただけだよ」


ハジメは無表情ながらも、またどこか可笑しそうな顔をしている。


「い、一体何の話をするんだよ!まさか何か良くないことを……」

「良くないことって何だい?」

「だ、だからそれは……」


ハジメは完全に面白がっている。俺は何となくそう感じた。


「ただ話しかけられたから、相手していただけだ。どうせ話し相手もいないんだ。ただの暇潰しだよ」

「話し相手なら、僕達がいるじゃないか!!」



アルクが真面目に言うと、ハジメは少しきょとんとする。



「僕達が一緒にいるから、もうそんなに、寂しそうな顔をしないでよ!!」



しばらく誰も話さなかった。



「君達は、どうしてそこまで僕に……」

言いかけてハジメは口をつぐむ。


「……いや、いい。そうだな、ありがとう。」


そう言って小さく笑みを漏らし、アルクの頭にポンと手を置いた。



「で、本当は何の目的でここに来たんだ?」


俺が問いかけると、ハジメはこちらに目を向ける。


「いや、本当に大した理由はない。ただあまり人通りが多くない場所を選んでいただけだ。……あの女性達はただ、僕が勇者だから近づいただけさ。依頼で稼いでると思われてるんだ。よくあることだ」


「勇者というのは大変だな。心から同情するぞ」


「ああ。ありがとう。……あれ……」



アルクはいつの間にか立ったままハジメにもたれかかり、スヤスヤと寝息を立てている。


「酔ってるみたいだ。君が運んであげて、この子は君のことが一番好きなようだから。」


ハジメはそう言ってアルクを俺の手に引き渡した。

俺はアルクを背負いながらハジメに問いかける。


「……お前、この世界のこと、好きじゃないんだろ。それでも、魔王討伐に行くのか?」



ハジメは俺の問いに、しばらく何も答えなかった。

何か考えているようだが、表情のない顔からは何も読み取れない。


しかしやがて出てきた言葉には、ハジメの中にある重くて複雑な感情が込められていた。



「正直言うと、僕は僕の心が分からない。生まれた頃から僕は、この世界を憎んでいた。だからもちろん、魔王討伐になんて絶対行かないと心に決めていた。


馬鹿にされないように強くなろうとはしたし、依頼だって引き受けてはいるけど、それは一人で生きていくためにやっていることだ。


僕はね、魔王を討伐する意思があると見せかけて、いざ魔王が復活したら、さっさと自害してやろうと思っていたんだよ。この世界に復讐するために」



ハジメはそんな事を淡々と口にした。



「だけど気づいたら図書館で、魔王について調べている自分がいる。自然と足が北に向かう。勇者としての責務を放り出そうとしながらも、心のどこかでは覚悟している。だから僕には、僕の心が分からないんだ。」



その後は終始無言で、ハジメは宿へと歩いて行った。



俺は考える。おそらくハジメとハルトの性格は同じだ。根っからのお人好しで、人のために尽力することに労をいとわない。

この世界を恨み、復讐しようと誓いながらも、完全なる悪人になり切れない。人々を放っておくことができない。おそらく、それがハジメなのだ。




ふと気が付くと、俺の首筋に暖かい何かが流れてくる。

それはアルクが俺に背負われながら流している涙だった。



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