81.ハジメの心
「巻き込んでしまって、すまなかった。」
鉱山事件の後、ハジメは俺達に謝罪した。
自分が引き受けた護衛の依頼主が闇商人だったことに、責任を感じているらしい。
結局それは大事件として、大陸中に知れ渡った。
鉱夫とその地域の商人は手を組み、大規模な人身売買組織を秘密裏に立ち上げていたのだ。
あの時ゾンビのように出てきた鉱夫達は皆、「裏口」から姿を現していた。
その裏口を抜けた先には大きなトロッコがあり、鉱石や魔石なんかと一緒に人質を乗せて、鉱山の裏にある隣の領地まで運んでいたらしいのだ。
「ううん、逆に、あんなすごい悪事が明るみに出て、良かったよ……」
アルクがハジメに向かって答える。
ハジメは特に表情を変えず、口角すら上げなかった。地下で一瞬俺達に笑顔を見せたハジメは、その後また普段の無表情へと戻っていた。
しかし、纏っている雰囲気は、少し柔らかいものになっている。
俺達は鉱山での事件を片付けた後、すぐ近くのベラルディという町へと向かった。
王族領から惑わずの森を北に抜けた先にある町で、その町から東に向かうと、俺達が元の時代で最初に訪れた町、モントールがある。
ハジメも森の北側へ来るのは初めてのようだった。
俺達は例のごとく冒険者ギルドへ向かった後、同じ宿屋に部屋を取る。
町に着いたのは夕方だったし、鉱山事件で疲れていたので、その日はもう休む事にした。
日が沈み、俺とアルクは飯屋を探すついでに、散策がてら町を見て回る。
宿こそ同じだがハジメは別行動だった。
「ハジメさん、少しは僕達に心を開いてくれたかな…」
夜の町を歩きながら、アルクが呟いた。
「なんていうか、ハルトさんと違ってハジメさんは、いつも表情がなくて、でもどこか悲しそうに見えるんだよね……」
「ああ。おそらく根は明るいが、生きづらい世界でふさぎ込んだんだろ」
「うん。やっぱり、そうだよね……」
俺達があてもなく歩き回っていると、その時ふと、一人で歩いているハジメの姿が目に付いた。
「あれ?ハジメさん……」
俺とアルクが遠目に見つめていると、ハジメは薄暗い通りへと姿を消した。
特に何も考えず俺とアルクがその姿を追うと、そこは何というか、いかがわしい雰囲気のある通りだった。
おそらく、異世界でアルクが遊女達に誘拐された花街と、目的としては同じような場所だ。しかし異世界のように赤い灯で埋め尽くされておらず、他の通りと比べて一段と薄暗い。
「ハジメさん、どうしてこんなところに……ヒッ……」
強面の男数人とすれ違い、アルクは思わずビクッと身をすくめ、俺の腕にしがみつく。
花街にはいい思い出がない上に、今は女の姿という事もあって、身構えているようだ。
通りに入ったハジメは、一軒の店へと入っていった。
店内も薄暗く外からはよく見えないが、看板を見る限り、酒場のようだ。
「え、ここってお酒飲むところじゃ……。え、まだ15歳なのに!?」
「お前忘れたのか。この世界では15歳から成人だぞ。」
「あ、うん、そうだけど……でも何でお酒なんか……」
ハジメは入り口に背を向ける恰好で、カウンターに向かい座っている。
俺達も何となく店に入り、ハジメに気付かれないように、入り口すぐ近くのテーブルに座り込んだ。
「な、なんかまたストーカーみたいになっちゃった……大丈夫かな……」
「まあバレたらその時だ。ついでにここで何か食おう。腹が減った」
食事をしながら、アルクはずっとハジメの様子をちらちらと伺っている。
いわゆる夜遊びを始めるのではないかと心配している様子だ。
「ねえ、ハジメさんが変なことしたらどうしよう、止めた方がいいかな……」
「変なことって何だよ」
「そ、それは、ほら、女の人と、何か……」
「ほっとけよ、一応成人してるんだ」
「で、でも………」
しかしそのうち、アルクの様子がどこかおかしくなった。
元の時代のエド町にいた頃、アルクは一度誤って酒を飲み、酔っぱらったことがある。今もその時のように、顔を赤らめてふらふらし出した。
「……お前……また間違って酒を飲んだんじゃ……」
しかしよく見るとその店の飲み物は全て酒だった。
俺は状態異常無効化があるので、酒を飲んでも酔っていないだけだ。
「あっ!誰かがハジメさんに……」
アルクはふらつきながら、少し椅子から腰を浮かせる。
俺がハジメの方を見ると二人の女性がハジメの両側に腰かけ、何やら話しかけている。
椅子をハジメの方に近づけており、やたらと距離が近い。
「あ、あの人達、何を……」
すると女性の一人が、ハジメの肩に手を置いた。
ハジメの表情は見えないが、顔を女性の方へ向けて何か話している。
するとアルクが急にガタっと立ち上がった。
俺が呆気に取られて見ていると、スタスタとハジメの方へと歩いて行き、その腕をぎゅっとつかむ。
酒に酔っているせいでかなり大胆になっているようだ。
「ハジメさん!こ、こんなところで、夜遊びは良くないよ!!」
腕を掴まれたハジメは、驚いた顔で後ろを振り向く。
女性達も呆気に取られてアルクの方を見た。
アルクはお構いなしにその腕をぐいっと引っ張り、ハジメを店の外へと引きずり出してしまった。
やれやれ。俺は小さくため息をついて席を立つ。
俺が続けて店を出ると、アルクがハジメに向かって問いかけている。
「ハジメさん、こ、ここは酒場だよ!なんでこんなところで、あ、あんな女の人達と……」
「いや、何でと言われても……ただ話をしていただけだよ」
ハジメは無表情ながらも、またどこか可笑しそうな顔をしている。
「い、一体何の話をするんだよ!まさか何か良くないことを……」
「良くないことって何だい?」
「だ、だからそれは……」
ハジメは完全に面白がっている。俺は何となくそう感じた。
「ただ話しかけられたから、相手していただけだ。どうせ話し相手もいないんだ。ただの暇潰しだよ」
「話し相手なら、僕達がいるじゃないか!!」
アルクが真面目に言うと、ハジメは少しきょとんとする。
「僕達が一緒にいるから、もうそんなに、寂しそうな顔をしないでよ!!」
しばらく誰も話さなかった。
「君達は、どうしてそこまで僕に……」
言いかけてハジメは口をつぐむ。
「……いや、いい。そうだな、ありがとう。」
そう言って小さく笑みを漏らし、アルクの頭にポンと手を置いた。
「で、本当は何の目的でここに来たんだ?」
俺が問いかけると、ハジメはこちらに目を向ける。
「いや、本当に大した理由はない。ただあまり人通りが多くない場所を選んでいただけだ。……あの女性達はただ、僕が勇者だから近づいただけさ。依頼で稼いでると思われてるんだ。よくあることだ」
「勇者というのは大変だな。心から同情するぞ」
「ああ。ありがとう。……あれ……」
アルクはいつの間にか立ったままハジメにもたれかかり、スヤスヤと寝息を立てている。
「酔ってるみたいだ。君が運んであげて、この子は君のことが一番好きなようだから。」
ハジメはそう言ってアルクを俺の手に引き渡した。
俺はアルクを背負いながらハジメに問いかける。
「……お前、この世界のこと、好きじゃないんだろ。それでも、魔王討伐に行くのか?」
ハジメは俺の問いに、しばらく何も答えなかった。
何か考えているようだが、表情のない顔からは何も読み取れない。
しかしやがて出てきた言葉には、ハジメの中にある重くて複雑な感情が込められていた。
「正直言うと、僕は僕の心が分からない。生まれた頃から僕は、この世界を憎んでいた。だからもちろん、魔王討伐になんて絶対行かないと心に決めていた。
馬鹿にされないように強くなろうとはしたし、依頼だって引き受けてはいるけど、それは一人で生きていくためにやっていることだ。
僕はね、魔王を討伐する意思があると見せかけて、いざ魔王が復活したら、さっさと自害してやろうと思っていたんだよ。この世界に復讐するために」
ハジメはそんな事を淡々と口にした。
「だけど気づいたら図書館で、魔王について調べている自分がいる。自然と足が北に向かう。勇者としての責務を放り出そうとしながらも、心のどこかでは覚悟している。だから僕には、僕の心が分からないんだ。」
その後は終始無言で、ハジメは宿へと歩いて行った。
俺は考える。おそらくハジメとハルトの性格は同じだ。根っからのお人好しで、人のために尽力することに労をいとわない。
この世界を恨み、復讐しようと誓いながらも、完全なる悪人になり切れない。人々を放っておくことができない。おそらく、それがハジメなのだ。
ふと気が付くと、俺の首筋に暖かい何かが流れてくる。
それはアルクが俺に背負われながら流している涙だった。




