79.仮の名と、怪しい商人
「君達、名は何て言うんだい。」
ハジメが俺達に尋ねたのは、図書館に行った2日後だった。
ハジメは王宮近くの宿で部屋を取り、俺達も同じ宿に滞在することにしたのだ。
それから自然と俺達は、行動を共にするようになった。
『え、えっと名前……。しょこら、どうしよう……』
アルクが焦って念話で呟く。
「レオとレナだ。」
俺は考えるのが面倒だったので、とりあえず思いついた名前を言った。レオというのは女でも通用しそうな名前なので、アルクがレオ、俺がレナということにしておいた。
ハジメは自然にそれを受け入れた。
「レオとレナ…。君達は姉妹か何かかい?」
「まあそんなもんだ」
適当だったが、他に何と言えばいいか分からない。
俺はとりあえずそういうことにしておいた。
この世界に来てから俺とアルクは、女神の「正体を知られてはならない」という言葉について考えていた。
それはハジメに、俺達が別の時代から来た勇者であると知られてはならないということだ。しかしそれだけなら、わざわざ俺達の外見を変える必要はない。
わざわざ俺達を変身させた理由として考えられるのは、ハルトにも俺たちの正体を知られてはならない、ということだ。
四百年後に生まれるハルトが、前世で行動を共にした仲間が俺とアルクであることを、知ってはならないのだろう。
理由は分からないが、神が時空を操れることは、人間は知るべきでなないのかも知れない。
しかし女神は失態を犯している。
おそらく詳細を知らされていない女神は、単に神王から俺達の姿形を変えるよう命令され、俺をいつもの猫耳忍者にしたのだ。
しかし俺はあの湖の畔で初めてハルトと会った日に、猫耳忍者の姿を見られている。
俺の姿を見たハルトはその時、前世の仲間が俺達だと気づいたかも知れない。最もハルトは気絶した状態から目覚めたばかりだったので、はっきりと俺の顔を見たかは分からない。
それにアルクは初めてハジメを見た時、「ハルト」と呼んでしまっているのだ。
しかし少なくともハルトは俺達のことを知っている素振りは見せなかった。
もしかしたら、単に隠していただけかも知れないが。
とにかくそう考えた俺達は、ハジメに対して本名を名乗ることをしなかったのだ。
ハジメはその前の日も、王宮図書館でほぼ一日を過ごしていた。
俺とアルクは手持ち無沙汰なので、さすがに一日中付き合うことはしなかったが、それでもハジメが本を読み終える頃合いを見計らって合流した。
そして今日の朝、俺達は宿屋を出てすぐ顔を合わせたのだ。
「お前は今日も図書館に行くのか。」
俺が尋ねると、ハジメはゆっくり首を振る。
「いや。あまり長くは滞在していられない。一応、北に向かわなければならないから。」
一応、とは言っているが、北に向かうということは、とりあえずは魔王領へ向けて進むということか。
「それに他の町にもいくつか、王宮図書館の分館がある。本を読みたくなればそこに行けばいい。僕は今日出発するよ。」
ハジメは、俺達に一緒に来てくれとは言わなかった。
おそらくこれまでの人生で、散々差別されてきたのだろう。ハジメにはどこか、他人に期待することを止めてしまったような雰囲気がある。
「なら俺達も一緒に行くぞ。」
俺がそう言うと、ハジメは目を上げた。
アルクも俺の横で、こくりと頷く。
「君達は何というか……変わってるね」
それだけ言って、ハジメはまたさっさと歩き出した。
「おい、北へ向かうということは森を抜けるのか」
俺がハジメに尋ねる。
フレデール領の北にある「惑わずの森」は、東西に長く広がっている。王族領からまっすぐ北上するにも、惑わずの森を抜ける必要があるのだ。
「ああ。もう少し西に行けば森は途切れるけど、遠回りになるから。」
ハジメは淡々と答える。
「じゃあ、歩いて森を抜けるの……?」
アルクが尋ねると、ハジメは首を振った。
「いや。商人の荷馬車に乗せてもらう。ちょうど護衛の依頼があった。」
「に、荷馬車で森を抜けるの!?一瞬で魔物に襲われるんじゃ……」
アルクが言うと、ハジメはまた首を振った。
「王都から北へ向かう道は整備されている。そこだけ森を切り開いて道が作られたんだ。道沿いに結界も張ってあるし、ほとんど安全だ。たまに結界が壊れて魔物が入り込んでくるぐらいだ」
「え、そう、なんだ……」
俺とアルクは元の時代で魔王討伐に向かう際、フレデール領からまっすぐ北上した。
それ以外の土地の知識は、ほとんどないも同然だった。
そういえばいつかハルトから、旅から得られる知識が欠けている、と言われたことがある。
商人の荷馬車は、王都北側の門を出てすぐの場所に既に待機していた。
馬車を引く商人は二人いた。二人とも図体がデカく、茶色く日焼けした男達だ。
ハジメが俺達を仲間だと説明し、一緒に乗せてもらえるようにしてくれた。
しかしその商人達も、ハジメに対しては不愛想なものだった。
「んじゃ、しっかり護衛を頼むぞ。」
それだけを言い捨てたかと思うと、その商人はふと俺に目を止める。
「おお、なんだ、べっぴんな娘だな……。そ、その耳と尻尾は……」
「これは飾りだ。気にするな。」
「飾り……。い、いいねえ、俺は嫌いじゃないぞ……」
男達が嘗め回すように見てくるので、俺は一瞬この場で二人とも始末しようかと考えた。
しかしそれでは馬車に乗れないので我慢することにした。
アルクは商人への警戒心を一段と高めたようで、じっと馬を引く男二人の後ろ姿を睨みつけていた。
『しょこらに手を出したら、僕が、やっつける……』
『おい。念話で声が漏れてるぞ。』
『え、あ、ごめん……』
しばらく馬車は、道を真っ直ぐ走り続ける。
結界のおかげで魔物は現れず、平和なものだった。
俺達は幌で覆われた荷台の中に座っていた。
アルクはうとうとして俺の肩にもたれかかり、ハジメは俺達の正面に座り、ただ視線を下に向けている。
そのうち空に、どんよりと暗い雲が垂れ込める。
今にも雨が降り出しそうな空気だった。
俺はしばらく特に何も考えていなかった。しかし、ふと俺の猫耳に、馬を引いている男達の囁き声が聞こえてくる。
「………だから…………で、………」
「あいつが………、これで………」
声が小さいので、さすがの猫耳でも全てを聞き取ることができない。
しかしあまりいい話ではなさそうな雰囲気だ。
すると男達の声が止んだかと思うと、馬車が急に止まった。
ガクンと揺れた荷馬車の中で俺達は思わず前につんのめる。
「え、な、なに……?」
目を覚ましたアルクが、慌ててキョロキョロと見回した。
すると急に幌の入り口が開き、二人の男がドカドカと荷台に入り込んでくる。
その手にはさすまたのような、長い棒状の魔道具らしきものを持っている。
男達はハジメと俺を最初にその魔道具で押さえつけた。棒から触手のようなものが伸び、それは一瞬で俺達の上半身と足首を縛り上げる。
「ちょ、ちょっと……!?」
驚いて攻撃態勢に入ろうとするアルクも、素早く動いた男の魔道具で同様に縛り付けられた。
「おいお前ら。何やってるんだ。」
俺がジトっと商人達を睨みつけると、男達はニタリと笑い、再度馬を引いて荷馬車を動かした。
「たぶん闇商人なんだろう。人身売買でもしてるんだ」
ハジメが平然と呟くと、アルクは仰天する。
「ええっ!!ぼ、僕ら売られるの!?」
「落ち着け。わざと捕まってやったんだ。こいつらの根城まで乗り込むぞ」
俺がそう言うと、ハジメもこくりと頷いた。
そうして俺達は大人しく、人身売買の拠点へと連れて行かれたのだった。




