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勇者猫  作者: バゲット
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78.本を読む理由

ハジメが俺達に話しかけてきたのは、それから2日後だった。



ゾンビの件以降も俺達は、何度かハジメと同じ依頼を受けていた。


もちろんわざとそうしたのだ。

神王から言われたから勇者に協力しているという訳ではなく、ただ単にハジメのことを放っておけなかったからだ。


何と言ってもそれは、ハルトの前世なのだ。



俺達は偶然を装い、依頼先でハジメと出くわすこともあったし、そもそも目的地までの道のりで遭遇し、一緒に向かうこともあった。


その日、森で増殖したテンタクルスの討伐を終えた俺達は、歩いて町に戻っていた。


ちなみに元の時代でテンタクルスに遭遇した時、ハルトはその一撃を食らいすぐ気絶していた。

ハジメはというと、剣で次々に触手を切り落とし、火炎魔法で焼き払う、その手腕は見事なものだった。



町へと戻りながら、初めてハジメが俺達に問いかける。


「君達はいつまでこの町にいるんだい。」


俺とアルクはちらりと顔を見合わせてから、俺が答える。


「まだ決めていない。お前はどうなんだ。」

「僕は…。依頼がひと段落したら王宮に向かう。」

「王様にでも呼ばれてるのか?」

「いや。王宮の近くにある、王族専用の図書館に行く。前にも一度行ったことがある。少し調べものをするんだ」


「調べものって、魔王について…?」


アルクが問いかけると、ハジメは少しの間考える。


「いや。そういう訳じゃない。」


それからはまた無言だった。



その翌日、俺達がギルドに行くと、S級向けの新たな依頼は入っていないとのことだった。


「勇者は今日ここへ来たか?」


俺が尋ねると、受付の女性はまたボーっとしながら答える。


「勇者?あ、ええ、来ましたよ。今日のところは依頼はないって伝えたら、すぐ出て行きました」


女性の話によると、つい数十分前に出て行ったばかりだと言う。



俺達はそれからすぐ、ハジメの後を追って王宮の方向へと向かった。



「ハルトさん、前世の話をしてた時、魔王について古い文献をたくさん読んだって言ってたよね。……だからハジメさんも、そのために行くんだと思ったんだけど……」

「とにかく行くしかない。まったく、俺達はただの付き纏いだな」



王宮へは、遠くに見える屋根を目指して歩くだけだったので、俺達は道を尋ねる必要もない。かなり遠いが、さすがに何日もかかることはなかった。


それでも朝出発して、王宮近くに到着したのは昼をとうに過ぎていた。


王宮の近くまで来ると、図書館の場所が分からず俺達は同じ道を行ったり来たりした。


その辺の町人に尋ねてみても、王族専用の図書館の場所を知る者はいない。

もしかしたら王宮の中にあるのだろうか。



するとその時、誰かが俺達に声をかけた。

上手い具合に、ハジメが俺達を見つけたのだ。


「……君達、何してるんだい。僕に付いて来たのか?」

「え、えっと、その……。と、図書館に僕も興味があって……」


ちなみに俺が自分のことを「俺」と呼ぶことや、女の子の姿のアルクが「僕」という一人称を使うことに、ハジメは全く違和感を感じていないらしい。

その点には一切触れず、やや呆れた様子を見せる。


「僕は勇者だから、魔王の情報を集めるためにと、特別に使用許可が下りだんだよ。普通の人間は王宮図書館には入れない。

……まあいい、そんなに興味があるなら、僕のパーティーだって言えば一緒に入れてくれるだろう。」


アルクはパッと顔を上げて、目を輝かせる。


「う、うん、ありがとう!」



図書館というのは、やはり王宮の敷地内にあった。

俺達は大きな門を通り抜け、だだっ広い庭を歩いて横切る。


真正面にある巨大な宮殿の右側、庭を回り込んで奥に入ったところに、その建物は立っていた。


巨大な円錐が地面に立っているような外観だ。

円錐の壁は赤茶色のレンガでできている。何となく神秘的な雰囲気を纏う建物だった。



入り口には兵士が立っているが、ハジメが近づくとさっと横に避けた。

ハジメが仲間だと説明してくれたので、俺達も難なく通ることができた。



建物は2階建てになっており、中に入ると、1階と2階の壁一面と、たくさん置かれた本棚に、無数の本がびっしりと詰まっていた。

建物自体が巨大なので、その本の数は途方もなかった。一生かかっても、ここにある全てを読み切ることはとてもできない。


「す、すごい……」


アルクはその光景に目を見張った。



「じゃあ、適当に見て回りなよ」


そう言い残し、ハジメは本棚の間に姿を消した。


俺は本に興味がないので、ただ何となく館内を歩き回り、本の匂いを嗅いでいた。

アルクは気まぐれに本を手に取ったかと思うと、あまりに難しい魔導書に音を上げ、本棚に戻した。


「ここにあるもの、すごく難しい専門書ばかりだ。ハジメさん、一体何を調べてるのかな……」



俺達は迷路のような本棚の間を抜け、ハジメの姿を探す。


すると入り口からは程遠い、本棚が入り組んだ一角に、ハジメは座り込んでいた。

その膝の上には、一冊の本が開かれている。



アルクはそっと近づいたが、ハジメが集中しているようなので、邪魔しないようにその場から離れようとした。

しかしその時、ハジメがふと目を上げる。


「あ、す、すみません、邪魔するつもりは……」


ハジメは無言でまた本に目を戻す。



しかし、アルクがその場を去ろうとすると、ハジメは本に目を向けたまま話しかけた。


「目当ての本は見つかったかい。」


ハジメがこちらを見ないので、アルクは一瞬、自分に話しかけられたのかが分からなかった。

しかし独り言ではなさそうなので、アルクはおずおずと答える。


「はい、あ、いいえ、えっと……。特に目当ての本があった訳じゃなくて……。ど、どれもすごく難しそうだし……」


「ああ。専門書ばかりだからね。漫画なんかは置いていないよ。……あ、いや、ごめん。漫画なんて知らないか。」


ハジメは思わず出てきた前世の単語を、自ら訂正する。


「あの、ハジメさんは、何を……」


アルクが尋ねると、しばらく間を開けて、ハジメが答える。


「これは転移魔法に関するものだ。この世界では人間が行使できる転移魔法は存在しない。しかし理論上それは可能だと証明されているらしい。」


「転移魔法……」


アルクが呟く。



それからハジメはしばらく、本を読みふけっていた。

俺とアルクは図書館をうろうろしながら、ハジメが読み終わるのを待つ。


「ねえ、僕達本当に、ハジメさんのストーカーみたいだね……そのうち逃げられたらどうしよう……」

「その時はその時だ。しかし図書館というのは退屈だな。俺は字を読むのはどうも性に合わない」

「あはは、だって、猫だもんね…」



日が陰って来た頃、ハジメはやっと本を読み終えて本棚の間から姿を現した。

俺達が待っていることについては、特に何も言わなかった。



アルクがまたハジメに尋ねる。


「あの、ハジメさん。どうして、転移魔法について、調べてるんですか?」



ハジメはしばらく黙ってアルクを見ていた。

そして目を逸らし、静かに口を開く。



「僕は、帰りたいんだよ。僕が元居た場所に。」


それだけ言うと、ハジメは入り口の扉へと向かって歩き始めた。


「元居た場所……」


そしてアルクは気づく。


元居た場所というのは、もちろんスラム街ではない。ハジメは自らの前世で過ごした世界、日本という国へ戻りたいのだ。

だから図書館の利用許可を得て、転移魔法について調べているのだ。



もしかしたらハジメは、魔王を討伐するつもりはないのかも知れない。

俺はぼんやりそう思いながら、ハジメの後ろ姿を見つめた。


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