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勇者猫  作者: バゲット
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76.四百年前の勇者

「ハ、ハルトさん、どうして……」



アルクがまだ愕然として、再びその名を呼ぶ。

しかし男は、俺達に見覚えがないらしい。


しばらく不思議そうに俺達を見つめていたが、やがて口を開く。



「僕の名前は珍しいから覚えにくいと思う。ハルトではない、ハジメだ。」


「ハ、ハジメ……」


「ハジメ・シロヤマだ」


「ハジメ・シロヤマ…………………………って、えええええっ!!?」



アルクはその名を聞いて仰天する。もちろん俺もだ。

それはハルトの前世である、四百年前の勇者の名だ。


「ハジメ・シロヤマって、あの……………………?」


「あの、っていうのはどういう意味だい。あの勇者の、ってことなら、その通りだよ」


ハジメ・シロヤマは淡々と答える。



よく見るとその姿はハルトにそっくりだが、少しずつ異なっている。


ハルトは明るく茶色い髪をしているが、ハジメの髪色はそれよりも暗い。

また、歳もおそらく20歳ではなく、アルクと同じ15歳くらいだろう。そのぶん背丈もハルトより低く、ほとんどアルクと同じだ。(最もアルクは今は女になって、背が縮んでいる)



そして何より、その顔はハルトのように、微笑みを湛えていない。

いつもにこやかだったハルトに対し、ハジメはほとんど無表情で、どちらかというと愛想がない。不思議なことに、そのどこかツンとした感じは、リーンを彷彿とさせた。



俺達は頭を整理したかったが、とにかくハジメに礼を言った。


「助かった、恩に着るぞ。」


俺がそう言うと、ハジメはまた不思議そうに俺を見つめて呟いた。


「君のその耳と尻尾は……」



俺は考えた。ハジメ・シロヤマは四百年前の勇者だ。

もしここが四百年前の世界で、俺達は異世界ではなく過去へ転移したのだとしたら、この世界にはそもそも獣人はいないはずだ。



「これはただの飾りだ。気にするな。」


俺はフンと鼻を鳴らしてそう答えた。


「飾り……。へえ、変わった趣味だね……」


しかしハジメは、それ以上は追及しなかった。



「ところで俺達は近くの町へ行きたいんだが、案内してくれないか。」


「構わないよ。君達、二人だけで旅してるのかい。最近は魔物が活発だから危険だよ。」


「ああ。だけどお前も一人なのか?」


俺が尋ねると、ハジメは前を見て言った。


「僕はずっと一人で旅している。」



そう言うとハジメは俺達のほうを振り返りもせず、スタスタと足早に歩き出した。付いて来るなら勝手に来いとでも言うようだ。



急いでハジメに付いて歩きながら、アルクは俺に念話で話しかける。


『ねえ、しょこら、これってどういうことだろう……』

『おそらく俺達は異世界ではなく、過去の世界に転移したんだろう。今はそれしか考えられない。』

『やっぱり、そうなんだ……。でも、神様は僕達に、勇者の手助けをしてほしいんだよね?なら僕達はハジメさんと一緒に魔王討伐に行くってこと?』


俺もそれを考えていた。

しかし先ほどの戦闘を見る限り、ハジメの戦闘力は十分高い。それこそハルト本人が言っていた通り、すぐに気絶するハルトとは雲泥の差だ。


しかし仲間がいないようなので、神王は俺達に、ハジメの仲間になってほしいのだろうか。



とにかく今はハジメに付いて行くしかない。



森を歩きながら俺達は、様々な魔物に出くわした。

しかしほとんどハジメが一瞬で片を付けてしまう。仲間がいないだけあって、単独での戦闘に慣れているようだ。



アルクはためらいがちにハジメに尋ねる。


「あの、どうして仲間を作らずに、一人で旅をしているんですか……?」


ハジメは無表情のまま、アルクをちらりと見る。

未だにハジメは、俺達に笑顔を一度も見せていない。


「必要ないからだよ。」


ハジメはそれだけを答えた。



あまり立ち入ったことを聞いても、どうやら教えてくれないらしい。

俺はもっと実際的な質問をした。


「ところで、ここは大陸のどの辺なんだ。」


ハジメは今度は俺をちらりと見る。

なぜそんなことも知らないのかと聞かれるかと思ったが、自分が立ち入った質問に答えないように、自分も他人に立ち入った質問はしないらしい。


「ここは大陸で言うと南側、王族領西側のバートン領にある森だ。僕達は今東に向かって進んでいる。このまま進めば王都に着く」


ハジメはそれだけを淡々と言った。



俺達は元の世界で、王都に一度しか行ったことがない。

アルクが一歳になった時の、鑑定の儀式で訪れたきりだ。馬車を降りたら目の前はもう王宮だったし、正直、そこがどんな町だったかは記憶にない。



それから俺達は、しばらく無言で歩き続けた。

30分もすると森から出て、俺達はほぼ初めて王都の光景を目の当たりにした。



やはり王都は格が違う。まず、町を取り囲む壁からしてかなり立派だ。

壁は普通の町のそれよりもはるかに高く、小奇麗で頑丈そうなレンガでできている。門の警備も厳重で、通常門衛が1-2人いればいい方だが、十数人もの兵が門を護衛している。


中に入るとそこには広場や大きな通りがいくつもあり、様々な商店が無限に軒を連ねていて、人の数が桁違いに多い。これまでのどの町よりも活気に溢れている。


遠くの方に王宮の屋根が確認できるが、そこへたどり着くには何日かかるだろうかという広さだ。

四百年前の世界だというのに、俺達の時代のどの町よりも立派だ。



アルクはしばらくボーっとして、その光景を眺めていた。



しかしハジメが俺達に見向きもせず歩き続けているので、アルクは慌てて走り出す。


「あ、あの、ハジメさんは今からどこへ……」


「冒険者ギルドだ。さっきのサンダーバードの討伐依頼を受けていたから、完了報告に行く。…君達はなぜ付いて来るんだい?」


「え、えっと、僕達も冒険者ギルドに……」



アルクが慌てて答えると、ハジメはまた前を見て歩き出した。




やがて、巨大な3階建ての冒険者ギルドにたどり着く。

ハジメが依頼完了の報告をするところを、俺達は後ろでそれとなく観察していた。


受付の女性はハジメの報告に、特に感謝する様子も見せず応じている。


「ああ、依頼完了ですか。お疲れ様でした。次の依頼が来ていますので、お願いします」


ハジメは無言で新しい依頼書を受け取り、建物を出ていく。

俺達のほうにはやはり見向きもしない。



ギルドには他の冒険者も多数いたが、誰もハジメに声をかける者はいなかった。

ちらっとその姿を見て、完全に無視する者や、なぜか少し顔を歪める者さえいる。


そういえば町中でも、ハジメに話しかける人はいなかった。



俺は受付へ行き、女性に声をかける。


「さっきの勇者に渡した依頼は何だ。」


すると女性はなぜか俺を見つめ、ボーっと固まっている。


「……おい。聞いているのか。」



それでも女性は動かず、しばらく俺の猫耳を見つめている。

しかし次の瞬間、女性は焦ったように話し出した。


「あ、依頼ですね!ええと、さっきの勇者に渡したのは……西側の墓地に出没する魔物の討伐依頼ですね。まだ募集枠はありますよ」

「じゃあ俺達もそれを受ける。」

「あ、はい……えっと、冒険者カードを……」


アルクがカードを提示する。もちろん「勇者」の文字は消え、「Sランク」と表示されている。

俺はカードを持っていないので、ただ受付のカウンターに肘を乗せて立っていた。


「ええと、あなたは……」

「俺は冒険者登録していないが、こいつに同行する。」

「あ、そう、ですか……」


Sランク冒険者がいるので特に問題はないと判断されたようだ。

俺達がギルドを去るまで、女性は終始俺の姿をボーっと見つめていた。



「一体何だったんだあいつ。頭おかしいのか。」

「いや、猫耳に驚いてただけだと思うよ。それに何というか、しょこら、その…すごく可愛いし……」


俺はフンと鼻を鳴らす。


「そんな事はどうでもいい。しかしこの町の奴ら、ハジメに対する態度がなんか妙だな。」

「うん、そうだね……。何でだろう……」




とにかく俺達はハジメの後を追って、西側の墓地へと向かうことにした。

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