75.予期せぬ再会
次の瞬間俺達は、知らない森の中にいた。
時刻はおそらく真夜中だ。月が昇っているものの、森の中は真っ暗な闇に包まれている。
「ちっ、なんでいつも夜の森の中なんだ。町の近くに転移させてくれりゃ楽なのによ。」
「そ、そうだね。……って、しょこら、何でその恰好を……」
俺は自分の体を見下ろした。
すると何と、猫ではなく人間の姿になっている。何度か変身した、あの猫耳忍者だ。
手で触ってみても確かに人間だ。
「ったく、あの女神、姿形を変えるとか抜かしてたが、結局いつも通り変身させただけじゃねえか。また神力の節約かよ。」
「でも、もう残り時間は少なかったんじゃ……」
「いや、それに関しては事情が変わって……って、お前……」
そして俺はアルクの方を見て、一瞬茫然とする。
「えっ、ぼ、僕何かおかしい!?」
「いや、おかしいというより……」
何というか……女に見える。
体はやや華奢になり、背は縮み、黒い髪は顎の下辺りまで伸びている。顔もアルクの面影はあるものの、顎が尖った小顔になっていた。
「えええっ、お、女!!?」
アルクは慌てて自分の体を確認し、サーっと顔を青くした。
「ほ、本当だ、お、女の子だ………。どどどどうしよう………」
「それも女神が言ってた変身ってやつだろう。ったく、なんで性別を変える必要があるんだよ。」
しかもその変身魔法により、アルクの服装まで女のそれになっていた。上衣にマントは変わらないが、その下はスカートを履いている。
「勇者であることを隠さなきゃならないからって、見た目を変える必要ってあるのかな……?この世界に、僕達のこと知ってる人なんていないはずだよね……。というか、ここどこだろう……」
俺達は辺りを見回した。しかし森の中なので、どちらの方向に進めば良いか分からない。
前回転移した時は、森の中でレナに出会い、道を教えてもらったことを、俺は思い出していた。
「とにかく、この世界の魔物がどんな奴らか分からない。前と同じように少し歩いてみるぞ。無理そうなら今夜は野営だ」
俺はすたすたと歩き出す。
全く、俺はこの世界ではずっと忍者姿でいなければならないのだろうか。
試しに変身を解こうとしても、元の猫には戻れなかった。
俺達はまた光魔法で灯をつけ、周囲を照らしながら歩き続ける。
すると、近くの茂みがガサガサと音を立てた。
アルクはさっと剣を構える。
飛び出してきたのは、ホーンラビットだった。元の世界にいた奴と同じだ。
ラビットは数体飛び出してきて、俺とアルクをその角で攻撃しようとした。
「えいっ!」
アルクはいとも簡単に、ラビット達を剣で一掃する。
「こ、この世界の魔物は、僕らのいた世界と、似てるのかな……」
その後も少し歩き続けたが、結局俺達は結界を張り、その夜は野営する事にした。
翌日、日が昇ると、俺達はまた歩き始める。
「なんていうか、デジャヴ……。本当になんで転移先っていつも森なんだろう……」
アルクは歩きながら、ぶつぶつ呟いている。
明るい光の下で改めて見ると、アルクは完全に女の子に見えた。
途中川があり、そこに映る自分の姿を見たアルクは息をのんだ。
「う、うわ、本当に女の子だ……どうしよう……」
「どうしようもない。さっさと用事を済ませて元の世界に帰るぞ」
「う、うん……」
しかしアルクは俺の姿をじーっと見つめていた。
「何だよ」
「え、だって、しょこらがずっとその恰好って、なんか慣れなくて……」
アルクは少し顔を赤らめて目を逸らした。
俺達はとにかく、川下に向かうことにした。
森の湖を起点としているなら、川を辿れば町にたどり着くかも知れないからだ。
歩きだと時間がかかり過ぎるので、俺はアルクを抱えて俊足で走り出す。
「ちょちょっと、しょこら、怖いよ、もうちょっとゆっくり……!」
アルクが俺の首にしがみつきながら、悲鳴を上げる。
「我慢しろ、歩いてたら日が暮れるぞ。」
俺は構わず飛ばし続けた。
すると、しばらく進んだ頃、俺達の頭上を黒い影が追いかけてくることに気付く。
俺が見上げると、そこには巨大な黄色い鳥がいて、俺達を睨みつけていた。
「ちっ、何だあいつ。付いてきやがるぞ。」
「しょ、しょこら危ない!!」
その時、巨大鳥がその大きな翼をバサバサと振り、周囲一帯に大きな風のうねりを巻き起こした。
俺とアルクはその風に呑まれ、まるで台風に巻き込まれるかのように宙を舞う。
空高く投げ出された俺は、猫に備わった感覚で空中で体の向きを調整し、ストンと地面に飛び降りる。
そして後から落ちてきたアルクを腕でドサッと受け止めた。
「あ、ありがとう、しょこら……」
アルクは俺の腕から降りて、へなへなと地面にへたり込んだ。
「い、一体あれは……って、また何か来る!!」
巨大鳥は今度は両翼を大きく横に広げている。明らかに何等かの攻撃を発動しようとしている。
すると、雷のような音が響いたかと思うと、その両翼から大量の稲妻が地面へと向かって落ちてきた。
俺は咄嗟に、自分とアルクにバリアを施す。
バリバリと強烈な音を立ててバリアに何発もの落雷があり、俺もアルクも思わず耳を塞いだ。
すると雷鳴が止み、次の瞬間、巨大鳥は片翼を大きく振りかざし、俺達に向けて振り下ろす。
俺がバリアを解除し、その翼を猫パンチで迎え撃とうとした、その時……
ズシャッッ………!!
誰かが俺達の前に飛び込んで、一瞬でその翼を剣で斬り落とした。
巨大鳥は苦痛に喘ぎ、バランスを崩して地面に落下し始める。
するとその誰かは風魔法を発射し、巨大な竜巻を作り出す。
巨大鳥は俺達の上に落下せず、くるくると竜巻に呑まれ、やがてズシイイィィンと大音量を立てて、数十メートル離れた場所へと落下した。
俺もアルクもその誰かの攻撃を、茫然として見つめていた。
その後ろ姿に、見覚えがある。
俺達の記憶にあるよりは、やや暗い色の茶髪。後ろで少し伸びた髪を、一つにまとめている。
やがて振り向いたその男の顔は、太陽の逆光でよく見えない。
「大丈夫かい?」
しかし俺達に向き直り、声をかけてきたその人物は、見間違えようもない。
「ハ、ハルト、さん………」
アルクが愕然としてその名を呟く。
俺達の目の前には、ハルトが立っていた。




