72.勇者は去る
俺達はその日、ダンザの町で夜を明かすことにしていた。
客室は二部屋しか空いておらず、ラファエルは自分とロベルトが同じ部屋に、もう一部屋に残り3人が泊まるべきだと主張した。
しかしエレーナが焦って抗議し、結局皆同じ部屋に泊まる事となった。
おそらく三人になるとまた寝ぼけて、以前のような失態を犯すことを恐れたのだろう。
部屋は広く、5人(正しくは4人と1匹だ)で泊まるには十分だった。
ベッドではなく床に布団を敷くようになっていたので、左端からラファエル、ロベルト、アルク、俺、エレーナの順に並んで眠る事となった。
「ラファエルさん、寝る時も、ロベルト君と一緒なんだね……」
さすがのアルクも、これまでの兄弟の密着っぷりには少し引いている。
「ああ。僕らは一心同体だからね。」
「ベル、でいい……」
急に声を発したロベルトに、全員が目を向ける。
ロベルトはアルクに向かって、再度言った。
「ベル、でいい……」
そう言えば、王宮から助け出したあの夜も、同じことを呟いていたな。
アルクに、自分のことをロベルトではなく、ベルと呼べと言っているらしい。
「え、えっと、ベル君……?」
おずおずとそう言った直後、アルクは凍り付くような視線を感じ、ビクッとしてラファエルの方を見る。
「君……。たとえ僕の可愛いベルの頼みだからって、僕の許可なしにその呼び名を使うことは許されないよ……」
いつもは細くて、開いているのか分からないラファエルの目が、今やうっすらと開いてアルクを見下ろし睨みつけている。その目は黄金色に輝いていた。
「ヒッ………は、はい、分かりました……」
アルクは委縮して謝罪した。
というかこいつ、魔王との戦いの時すら目開いてなかったくせに、開けるタイミング今なのかよ。
夜、灯の消えた部屋に横たわり、皆ぞれぞれ眠りにつこうとしていた。
一番に寝息を立てたのはロベルトだった。
「おやすみ、僕の可愛いベル。にしても君達はもうすぐ帰っちゃうんだよね、もう会えないとは寂しいものだね」
弟さえいれば良いような奴が、本気でそう思っているのかは知らないが、ラファエルは俺達に向かってそう言った。
「ああ。本当に寂しい限りだ。世界を移動するのは、そう簡単にはできないだろうし……」
エレーナのほうは、心から寂しいと感じているようだ。
「ねえ、ラファエルさんは、レオさんとレナさんが魔王だってこと、最初から気づいてたの?」
アルクが問いかけると、月明かりと町の赤い灯に照らされながら、ラファエルが少し微笑んだ。
「ああ、確証はなかったが知っていたよ。獣人族は皆、魔王の居場所を知らされていない。魔王は復活するたび獣人族の一員として、皆に紛れて生活しているのさ。
あの二人は君達の前以外では、自分達が魔王の居場所を知っている素振りなんて一切見せなかったんだよ。でも僕はその者が持つ魔力とか、魂の色みたいなものを見る事ができるから、何となく分かったんだ。テントにいた人間達を襲撃した日、僕も見物しててさ、レオ君を見てピンときてね。」
ラファエルは一切悪びれる様子もなく、あくび交じりに説明した。
「でもレオ君だけではどうも不完全だから、魂の片割れがいるんじゃないかと思ってさ。それでレオ君を攫ったら、レナ君が現れたから、その時にはほぼ確信したよ。」
「でも魔王って、2年前に復活したんだよね?二人はその時11歳だったんじゃ…」
「ああ、魔族はね、全員が赤子の姿で生まれる訳じゃない。むしろある程度成長した姿でこの世界に生み出されることが多い。僕とロベルトは、生まれた時からこの年齢だよ。僕は25歳、ロベルトは5歳さ。
レオとレナは復活した時は11歳で、そこから2年経って13歳になったけど、もうそれ以上は成長しない。魔族とはそういうものなんだ。」
「へえ、なんか、不思議だね……」
アルクの声がだんだん眠気を帯びてくる。
エレーナはというと、既にスヤスヤと眠り込んでいる。
「レオとレナの魂は二つで一つだ。だけど僕とロベルトだって、君としょこら君だって、同じだよ。相棒を大事にするんだよ、諸君。」
アルクは既に、静かな寝息を立てていた。
ラファエルはアルクが眠っていることを知りながら、最後の言葉を添えた。
翌日俺達は、ガエルダの町へと戻った。
ラファエルとロベルトはそのまま狐族の町へ帰るかと思いきや、俺達と共にガエルダに戻った後、未だにその辺をうろうろしていた。
「いやあ、僕の可愛いベルが、君達を見送りたいって言うものだからさ。それに僕らの町に帰っても、実は誰もいないんだよね。」
「え、誰もいないって……」
アルクが不思議そうに尋ねると、ラファエルは何でもなさそうに答えた。
「僕らは狐族の最後の生き残りさ。そもそも狐族って数が少ないしね、その力を恐れられて迫害されたりしてさ、結局僕らだけになったんだ。」
「そ、そんな……」
それではロベルトが囚われて以降、ラファエルはずっと一人だったということか。
二人がずっとピッタリとくっついている理由が、今では少し理解できた。
俺達は慰労会から帰って来て2日後の朝に、元の世界へと戻ることに決めた。
その日は、ちょうどこの世界に来て20日目だ。
前日の夜、アルクは俺を抱えながら、営舎の部屋の窓から外を眺めていた。
その顔にはずっと、寂しげな表情が浮かんでいる。
「しょこら。やっぱり帰るのは、寂しいね…」
「ああ。しかし帰らない訳にもいかないだろ。」
「うん。ハルトさんの魂を、早く救ってあげないと…」
そう言いながらもアルク目には、僅かに涙が浮かんでいる。
「この世界の平和が、ずっと続くといいな……」
アルクは俺を抱える腕にぎゅっと力を入れる。
「残念だがもう忍者の姿にはならないぞ」
俺がそう言うと、アルクは慌てて言った。
「わ、分かってるよ!もう変身しなくて大丈夫だよ。それに僕は人間の姿のしょこらが好きなんじゃなくて、しょこらが好きなんだよ…」
俺はフンと鼻を鳴らした。
出発の日の朝は、多くの獣人や人間が、俺達を見送りにガエルダを訪れた。
「なあ、もういっそ、この世界に留まったらどうなんだ?」
「もう争いもないし、居心地がいいでしょ?」
「まだ見ていない町だって、たくさんあるだろ!もっとゆっくりしてけよ!」
皆名残惜しんでくれたが、俺達は帰らなければならない。
俺とアルクが並んで立ち、改めて見渡すと、本当に多くの者が俺達を囲んでいた。
猫族の隊員や町民に加え、他種族の隊員や探検家、人間の兵士や冒険者。中にはあの遊女達の姿もあって、名残惜しそうにアルクを見つめていた。
ガエルダの飯屋の給仕係の女の子は、俺とアルクにわざわざ個別に礼を言った。
「リューキさんの意思を継いでくださって、ありがとうございました。」
女の子はアルクと握手し、俺の頭を撫でた。
さすがに人間の国王は来られなかったが、王族の旗を掲げた兵士達が数人顔を並べている。
そしてもちろん、エレーナ、ラファエルとロベルトの姿もあった。
「アルク、しょこら。本当にありがとう。その命を賭して、私達の世界のために戦ってくれて。お前達と出会えて、本当に良かった。リューキの分まで、礼を言わせてもらう。」
エレーナはアルクと握手した。そして最後に俺を抱きかかえ、頬ずりをする。
『やだ、もふもふ~~…』
「おい、また心の声が漏れてるぞ。」
「あはは、すまない。」
ラファエルとロベルトも、俺達に声をかける。
「じゃあね。もう会うことはないだろうけど、君達の幸運を祈っているよ。」
「ばいばい……」
ラファエルはロベルトを抱きかかえながら、俺達に向かって手を上げた。
アルクが最後に、皆に向かって叫ぶ。
「みんな、本当にありがとう!これからもずっと、この世界の平和を祈っているよ!」
あのコミュ障が、信じられないほどはっきりと、大勢の前でそう言った。
俺は言葉が通じない奴らもいるので、ただ右前足を上げておいた。
そしてアルクが、俺を抱きかかえる。
すると、だんだんと周囲の景色が薄れていく。女神に召喚される時の、あの感覚だ。
アルクは皆の姿が見えなくなる最後の瞬間まで、ずっと手を振り続けていた。
第二章はここまでです。次から第三章(最終章)です。
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