69.獣人の王
「ま、魔王って…………」
アルクは藁にも縋る思いで、レナに問いかける。
レナはすくっと立ち上がり、アルクに向かって叫ぶ。
「早くしろ!そいつの体をこっちに運べ!!」
アルクは言われるがまま俺の体をそっと抱え上げた。
まだ忍者のその姿を見下ろし、アルクは涙を流し続ける。
レナはアルクを、レオの元へと導いた。
「そこをどけ。」
レオの周りにいた兵士達に、レナが低い声で言い放つ。
その赤い目は光を放ち、有無を言わせぬその迫力に、兵士達は大人しく退いた。
レナはレオの縄を解き、その額に自らの額を付ける。
「兄貴、起きてくれ。」
レナがそう言うと、心なしか二人の額が僅かに光り、レオはそっと目を開けた。
「兄貴、勇者がやられた。しょこらだ。助けなければならない。」
レナがそう言うと、レオは周りを見回し、泣きながら俺を抱えるアルクと、アルクの腕の中で倒れている俺の姿に目を止めた。
それで全てを理解したように、レオはこくりと頷く。
二人は立ち上がり、レオの左手と、レナの右手を繋ぎ、目をつむる。
すると繋がれた手から、白い光が放たれる。
その光は二人の体を覆い隠し、包み込む。
やがて二つあった人影が混ざり合い、一つになる。背が伸び、手足が長くなる。
光が消えるとそこには、ちょうどレオとレナの年齢を足したぐらいの、一人の大人の獣人が立っていた。
濃い茶色の髪は伸び、両目は鮮やかな紫色になっている。その体は、まだ僅かに光を纏っていた。
周囲の獣人や兵士達が、一斉にざわめいた。
急に現れた獣人を見て驚き、恐れ、ヒソヒソと何やら話し合っている。
するとその獣人は口を開く。
「「皆静まれ。」」
それはレオとレナを掛け合わせたような声で、大きく拡張されて周囲一帯に響き渡る。
「「我がこの世界の魔王だ。皆直ちにこの戦いを止めよ。人間達よ、其方達はもはや我が首を取る必要はない。
我はこの命を勇者に捧ぐ。我が命は勇者のために尽きるのだ。それはすなわち、我は勇者により討伐されたことを意味する。」」
一度静まった森の中が、またざわざわと騒がしくなる。
「そんな、だけど獣王様、それじゃ獣人族は……!」
獣人の探検家の一人が声を上げる。
それに呼応して、獣人達が次々に声を発する。
しかし魔王は手を上げてそれを制する。
「「其方達は長命だ。むやみに人間を攻撃しない限り、我の次の復活まで生き長らえるだろう。そして人間達よ、今後我は復活する毎に、この命を勇者に捧ぐと誓おう。さすれば其方達が獣人族を攻撃する理由もあるまい。」」
今度は人間達がざわざわする。
急に現れた魔王の話を、そのまま受け入れて良いものか判断に迷っているようだ。
騒然とする中を、魔王はアルクの方へと歩き出す。
そしてそこに屈み込み、俺の心臓に手を当て、そこに光を注ぎ込む。その時俺の心臓は血を流すのを止め、止まりかけていた鼓動が僅かに動き出す。
「レオさん、レナさん……」
アルクはまだ涙を流しながら、魔王に声をかける。
「「回復薬は効いているよ。大丈夫、彼女は一命を取り留めている。このまま我が命を捧げれば……」」
「おっと、それはだめだなあ。」
その時、皆の頭上から声が響いた。
森の中にいた全員が声の方を振り向くと、生い茂る木の枝の一つにラファエルが腰掛けていた。
「ラ、ラファエルさん、どうして………」
アルクが僅かに震えながらラファエルを見る。
俺を抱える腕もまだ、恐怖で震えている。
「だって言ったじゃないか、魔王は勇者以外の者に討伐されないと、困るんだよねえ。だからさ、君達はその勇者を助けてはいけないよ。さあ、早く離れるんだ。」
ラファエルが人差し指を上げると、魔王の体が見えない障壁に弾き飛ばされ、後方へと投げ出される。
そしてラファエルは額に手をかざし、森の中を見渡して言った。
「うーん、もう少し殺し合ってくれても良かったのになあ。まあいいや、とにかく先に魔王と勇者を始末して、それからこの世界の者達を殲滅するかな。さあ君達、もうお休みの時間だよ。」
ラファエルがその人差し指を、弧を描くように横にブンと動かす。
するとその先一帯にいた獣人や人間達の体が一斉に炎に包まれる。
恐怖の叫びが森の中に響き渡り、恐れをなした者達は我先にと逃げようとした。
「ラファエルさん、やめて、お願いだ……!!」
アルクが必死に呼びかけるが、ラファエルは聞く耳を持たない。
「さあさあ皆邪魔だよ、僕は先にあの勇者を殺すんだ。もっと早く殺しても良かったんだけどね。まあ、勇者の存在は、この戦いの良い起爆剤になったよ。それに勇者がいないと、魔王も引きずり出せなかっただろうしね。」
そう言ってラファエルは、アルクと俺に指先を向ける。
魔法が使えないアルクは為す術がなく、ただ俺の体をぎゅっと抱きしめた。
しかし、その指先から放たれた攻撃を弾いたのは、魔王だった。
両手を前方にかざし、分厚いバリアをその場に展開させている。
「ああ、やっぱり魔王も魔法は使えるよねえ。双子の姿になっている時は、隠していたんだもんね。もう、面倒だなあ。」
ラファエルが再度人差し指を向けると、魔王が築いたバリアが、ガラスが飛び散るような音を立てて崩れ落ちた。
バリアが消えたその瞬間、魔王はその手をラファエルに向け、強力な火炎魔法を発射する。
その威力は以前教会で、ラファエルが発したものに匹敵するほどだった。
「おっと。」
ラファエルは急いで木の枝から飛び降りた。
「危ないなあ、森の中で火を使うなんて。そんなことしたら、森が丸裸になっちゃうよ。ま、僕もさっき使ったけどさ。」
しかし魔王はその言葉を無視して、続けてラファエルに攻撃を仕掛ける。
ラファエルもやっと真剣になったようで、自らも魔法で応戦する。
それは目にも止まらぬ速さだった。
常識外れの魔力を持つ狐族の男と、魔王との戦いだ。
獣人も人間も逃げることを忘れ、ただ口を開けてその戦いを見守るしかなかった。
ラファエルが発する火炎魔法を、魔王はまたバリアで防ぐ。
ラファエルが続けて発射した風魔法でバリアは吹き飛び、魔王の体は宙を飛ぶが、落下する勢いに任せて魔王はラファエルを蹴り飛ばそうとする。
ラファエルも即座にバリアを展開し、魔王の蹴りはそのバリアを同じく突き破る。
そこへすかさず魔王が火炎魔法を発射するが、ラファエルはそれをひょいとかわす。
かわしながらもラファエルは、土魔法で鋭く尖った杭を何本も作り出し、魔王に向けて吹き飛ばす。
魔王はその脚力で全ての杭をかわし、地面に着地すると同時にそこにある槍を拾い上げ、ラファエルに向けて突き付ける。
アルクはその戦いを見ながら、まだ俺の体を抱きしめていた。
ゆっくりと動き出していた心臓が、またその動きを鈍くする。
「……どうしよう……誰か………」
するとアルクの腕を、小さな手がちょんとつついた。
「ロ、ロベルト、くん………」
そこには、小さな狐族の男の子がいた。
アルクは涙を流しながらロベルトを見る。
ロベルトは俺の心臓に手をかざし、そこに光を注ぎ込む。
傷ついた心臓は癒え、みるみるうちに傷口が塞がっていった。
続けて背中から腹へと突き抜けた傷口にも、ロベルトは同じ処置を施す。
「あ、あ………ありが………」
「ぼくを、たすけてくれたから。ぼくが、たすけてあげる。」
ロベルトはアルクに向かって言った。
そして俺はやっと目を覚ます。
正直、ほぼ気絶していたものの、これまでのやり取りは全て耳に入っていたのだ。
若干気まずい思いをしながら、俺はゆっくり目を開けた。
「し、しょこら!!しょこら!!!!よ、良かったああああ…………!!!」
アルクはまた俺をぎゅっと抱きしめ、ポロポロと涙を流した。
「おい、分かったから、ちょっと離せ………」
それでもアルクは離さなかった。
俺の肩に顔を埋め、ずっと大声で泣き続け、俺の名を呼び続けた。
「しょこら、しょこら………………」




