68.次なる犠牲
レナには周囲の声は届かず、その赤い目はただエレーナを、そして兄だけを見つめていた。
二人が互いの目を見たその一瞬、時が止まったようだった。
しかし次の瞬間、レナは大きく足で地面を蹴る。
レナはついに槍を振りかざし、エレーナに向かって大きくジャンプした。
エレーナも大剣を振りかざし、レナを迎え撃つ。
ガキイィィィン!!!
槍先と剣先が触れ合い、二人は互いに弾かれる。
レナは再び地面を蹴り、怒りに顔を歪めながらエレーナを攻撃しようとする。
本当に、怒りで我を忘れてしまっているようだ。
そうこうするうちに、他の獣人達が国王軍の兵士達を襲い、レナとエレーナの周囲でそれぞれ戦いが繰り広げられる。
兵士達はその上等な武器で獣人を串刺しにする。
獣人達はその脚力で大きくジャンプし、頭上から人間を殴りつけ、斬りかかる。
今やどこで誰が戦っているか分からない、混戦状態だった。
俺はレオを取り戻せないかと兵士の方へと近づくが、どうやら魔法が使えるようで、周囲にバリアを展開している。
俺が火炎魔法を発射するが、バリアは意外にも強固なようだ。
その時人間の兵士の一人が、俺に向けて剣を振り下ろす。
おそらく俺が勇者の従魔だと知らされているのだろう。
どうやら国王は勇者との協力を諦め、勇者を抹殺する道を選んだらしい。
俺はピョンと後方へ飛び、攻撃をかわした。
すると俺の存在に気付いた兵士達は次々と攻撃を繰り出し、おそらくバリアを展開したと思われる魔術師が、俺に向かって風魔法を発射する。
俺は面倒なので、同じ風魔法で全員まとめて応戦する。
兵士達はいとも簡単に吹き飛ばされるが、レオを捕らえた兵士と魔術師だけは、バリアによって守られている。
アルクにも同様に、兵士達からの攻撃が飛んできていた。
しかも同時に獣人からも攻撃を受けている。
アルクは今や右手に剣を持ち、左手に刀を持って戦っていた。
剣で攻撃を受け止め、何とか刀で死なない程度に相手を斬り付けるも、圧倒的な数に押されている。
複数の者から同時に攻撃を受け、アルクの手から剣と刀が弾き飛ばされる。
飛ばされた剣と刀はくるくると回り、地面にグサリと突き刺さる。そのまま兵士達と獣人達は束となり、アルクに武器を振り下ろす。
アルクは思わず、両腕で頭を覆った。
しかし、俺が瞬時にアルクに再度バリアを付与すると、攻撃を仕掛けた者達は全員弾かれた。
「あ、ありがとう、しょこら……」
アルクはほっと息をつき、また周囲を見回す。
混乱の中、レナとエレーナはひときわ派手に戦っていた。
互いに本気で相手を殺しにかかっている戦い方だ。
「だめだ、レナさん、エレーナさん……!!」
アルクの呼びかけは二人には届かない。
「一体どうすれば……もう、戦いを止められない……」
レナが大きく後方へとジャンプし、地面に着地する。
エレーナも体勢を崩し、ぐらりと揺れる。
そして二人は、また同時に動き出す。
互いに武器を向け、レナは槍を、エレーナは剣先を、互いの体に突き刺そうとした。
「だ、だめだ……!!」
二人が動き出す前に、アルクは二人の方へと走り出していた。
その時俺はまた、ほんの数秒間が不思議と長く感じられる、あの感覚に陥った。
以前それを味わったのは、元の世界での魔物群との戦いで、ルードと呼ばれる魔王の配下がアルクに死の槍を振り下ろした時だった。
アルクは二人の元へ向かうため、武器持たずに失踪する。
俺がアルクに付与したバリアは、既に消滅している。
この距離からでは、再度バリアを付与することができない。
アルクの腕には、黒曜石の腕輪がはめられている。
レナとエレーナはアルクに気付かず、互いに武器の先端を向けている。
二人の顔にはそれぞれ、憎しみと怒りが込められている。
あとほんの1秒足らずで、その先端は互いの体を突き刺そうとする。
アルクは身一つでその間に入り、自らの体を盾にしようとする。
あの時、ルードがアルクに槍を振り下ろした時、盾となったのはハルトだった。
死の槍はハルトの体を突き抜け、その体から命を一瞬で拭い去った。
俺もあの時、アルクの元へと走っていたのだ。しかし距離が遠すぎて、魔物の群れに邪魔をされ、たどり着くことができなかった。
その時俺は、最後の瞬間に気付いていたのだ。忍者の姿になれば、もっと早くアルクの元へたどり着けると。
スラシアの領主の館へと向かっていた時、走り出した瞬間には、俺の速度は優に時速100マイルを超えていた。
俺は不思議と長く感じるその時間の中、忍者の姿へと変身していた。
変身しながら、同時にアルクの元へと走った。
レナとエレーナの間に立ちはだかり、その攻撃をまさに受け止めようとするアルクを、俺は突き飛ばす。
しかし俺が自らの体にバリアを展開する前に、すでに武器の先端は、そこに届いていた。
アルクの代わりに盾となった俺の体を、前方からエレーナの剣が、後方からレナの槍が、深く貫いた。
一瞬二人は、何が起こったか分からなかった。
目の前に現れた猫耳の忍者が、前から心臓を、後ろから背中を貫かれ、口から血を流している。
レナはその姿を見てはっとする。それは以前アルクから聞いた、アルクを妓楼から救い出した忍者だと。
「し、しょこら………」
レナがその名を呼ぶと、エレーナもその正体に気付く。
二人は震えながらそれぞれの武器を握りしめ、唖然として俺の姿を見つめる。
やがて俺の体はドサリと地面に倒れ、はずみで二人はその体から槍先と剣先を引き抜く。
すると体からは、大量の血があふれ出す。
突き飛ばされたアルクが、起き上がり振り返った時、俺はちょうど二人の間に挟まれて血を流していた。
ドサリと地面に崩れ落ちる姿を見て、アルクの目から光が消える。
アルクはほとんど無意識によろよろと立ち上がり、弱々しい足取りで俺の方へと向かう。
ガクリと膝をつき、俺の体を地面から抱え上げ、その傷口に手を当てる。
目から涙をこぼしながら、アルクはレナとエレーナを見上げる。
恐怖で見開かれた漆黒の瞳は、助けを求めて二人の間を彷徨う。
「しょこら………………しょこら…………………嘘だ…………………」
アルクは震える声で言い、急いで回復魔法をかけようとする。
しかしその腕には、黒曜石の腕輪がはめられている。
「なんでだよ………………なんでだよ……………………!!!」
アルクはアイテムボックスから回復薬を取り出す。
瓶の蓋を開けて、俺の心臓の上に水色の薬を注ぐ。しかし血は止まらない。
「なんで…………………どうして……………………………………」
アルクはさらに瓶を取り出す。
しかしいくら薬を注いでも、傷口が完全に癒えることはない。
薬を使い切ったアルクは、また自分の手を俺の心臓にのせる。なんとか手で血を止めようとするが、血は止めどなく溢れ出し、アルクの両手を真っ赤に染める。
「なんでだよ………………………!!!お願い、誰か、何とかして………………!!!!」
アルクが再び顔を上げて訴える。
エレーナは凍り付いた表情で、俺達を見下ろしている。
「ど、どうして、君の猫が………」
エレーナが震えながら問うと、アルクは叫ぶ。
「早く、誰か、助けて!!!誰か、回復魔法を!!!勇者は僕じゃない、しょこらなんだ!!神様の手違いで、僕の代わりに勇者にされちゃったんだよ!!!早く、このままだとしょこらが、死んじゃう………………」
アルクがポロポロと涙を流しながら叫び続ける。
その悲痛な叫びは周囲の争いを止め、今や皆がアルクと俺に視線を注いでいる。
「お願い、誰か!!!しょこらが死んじゃう、本当は僕の役目だったのに、僕が死ぬべきだったのに……………」
するとレナがアルクの傍に膝をつく。
アルクの腕を握りしめ、俺の姿を見下ろしながら言った。
「早く。魔王様のところへ、連れて行くんだ…………」




