67.開戦
夜明け前、俺達は猫族部隊のテントにいた。
ラファエルは「3日後の朝」と言ったのだ。朝というのが何時を指すのか分からないので、俺達を含む猫族部隊は、日が昇る前には自分達の配置につくことになっていた。
「おはよ!あれ、意外とスッキリした顔してんじゃん!良く眠れた?」
レナが俺とアルクに声をかける。
アルクは緊張しながらも、笑ってこくりと頷いた。
「そう言うお前は大丈夫か。あまり顔色が良くないぞ」
「ああ、あたしは大丈夫。……あの狐野郎、兄貴のこと使うって言ってたけど、この戦いでなんか仕掛けてくるかも知れない。てことは今日兄貴を見つけられるかもしれねえんだ、気合い入れねーと……」
レナは顔をパンと叩いた。
「おや、結構勘が良いんだねえ。まさに野生の勘ってやつかな?」
俺達が驚いて振り向くと、そこにはラファエルが立っていた。
「おはよう諸君。戦いの準備は万全かい?」
「貴様、よくノコノコここまで来やがったな!!兄貴はどこだ!!」
「やだなあ、まだ教えるわけないじゃないか。それより君達頼むよ、できるだけ多くの犠牲者を出してね。僕はとりあえず高みの見物とするからさ……」
そう言ってラファエルは姿を消した。
「おい、そろそろ準備した方がいい。」
俺が言うと、ラファエルが消えた辺りをギリギリ歯を食いしばり見つめていたレナは、諦めたようにため息をついた。
「ああ、行こう。おい皆時間だ、配置に着け!!今回は被害を最小限に抑えるんだ、人間はできるだけ殺さず戦闘不能にしろ!最優先事項は兄貴の奪還だ、見つけ次第あたしに知らせろ!分かったか!!」
レナが隊員達に向けて声を張り上げた。
おおっとレナに応える隊員達だったが、どうも気乗りしない様子だ。おそらく皆、人間を殺さないことはもはや不可能だと思っているようだ。
他種族の部隊も配置につき、獣人達はその時が来るのを待った。
部隊だけではなく、獣人族の探検家達も数多く参加している。
探検家たちの中には先制攻撃を仕掛けると言い、既に森を抜けてウエストリアへと近づいている者達もいた。
すると東の方向がざわざわと騒がしくなり、その喧噪は徐々に近づいて来る。
おそらく始まったのだ。
「いくぞ、お前ら……。全員、生き延びろよ。」
レナが俺達に向かって言う。
アルクが剣を握りしめた手に、ぎゅっと力を入れた。
やがて、最初の波が訪れる。
武装した人間達、町の衛兵隊や冒険者達の群れが、森の中を進んでくる。
先制して森の外へと出ていた獣人部隊や探検家達が応戦し、そこかしこで武器の触れ合う音が響いている。
そして俺達も応戦する。
アルクは元の世界で手に入れた魔道具、剣と刀の両方を納める鞘を身に着けていた。
剣で冒険者達の武器を跳ね飛ばし、稀に飛んで来る魔法攻撃をかわし、刀で兵士達の足元を払って地面に倒していく。
俺は風魔法で、広範囲の人間軍を一気に上空へと吹き飛ばした。
魔法の出どころが猫だと気づかない人間達は慌ててキョロキョロと周囲を見回す。
魔法が使える人間が少ないので、応戦は難しくはなかった。
しかし俺達の周囲では、既に何人もの犠牲者が出ていた。
獣人族の部隊は人間達を構わず槍で突き刺し、剣で斬り付けている。人間側ももちろん同じだ。
そしてレナ率いる猫族部隊までもが、人間を容赦なく槍や鈍器で叩きのめしていた。
「しょこら……。もう、これ、被害を抑えるなんて、言ってられないね……」
アルクが恐怖を浮かべた顔で、周囲の惨状を見回していた。
人間側は国王が予告した通り、かなりの軍勢を揃えて侵攻を開始したらしい。
全く連携の取れていない獣人達はみるみる押され、森での防衛線は崩れつつあった。
するとその時、森の向こうから、新たな軍勢が近づいて来るのが見えた。
その一軍は森を駆け抜けず、ゆっくりと歩くような速度でこちらへと近づいて来る。
先頭で率いている人影は鎧を纏い、太い大剣を肩に担ぎ、紫の長い髪を風になびかせている。
エレーナだった。
アルクは遠目にその姿を見て、一瞬戦いの手を止めた。
俺はアルクの周囲にバリアを展開し、攻撃を受けるのを防ぐ。
やがて近づいて来たエレーナは、俺達の数メートル手前で立ち止まった。
周りにいた獣人達がその一軍に向けて攻撃を仕掛けるが、エレーナを取り囲む兵士達により、槍は虚しく弾かれる。
エレーナは俺達を、そして近くで戦っているレナに目をやる。
「エ、エレーナさん………」
アルクが思わず声をかける。
エレーナが率いているのは、王族の旗を掲げた部隊だ。
どうやらエレーナはウエストリアではなく、すぐに国王の元へと引き返したらしい。
あの夜、犠牲になった仲間達を見て、獣人達と戦う意思を固めたのだ。
「エレーナさん、あれは、誤解なんだ……!」
アルクが大声でエレーナに向かって呼びかける。
レナも戦いつつ、エレーナの様子を伺っている。
しかしエレーナは口を開き、あの落ち着いた低音で話し出した。
「そんなことは分かっている。私の仲間達を殺したのは、お前達猫族ではないことぐらいはな。」
「じ、じゃあ、どうして……」
アルクが問いかけると、エレーナはアルクを真っ直ぐに見た。
「私はあの惨状を見て、心を決めたのだ。戦いは終わらない。獣人と人間に和平の道はない。そして運命に抗う限り、勇者であるお前は命を落とす。それならば……」
エレーナはゆっくりと大剣を構える。
「それならば勇者に代わり、私が魔王の首を取るのだ。そうすることでしか、お前の命は守れないだろう。……言っただろう、私はもう、リューキの二の舞は見たくないのだ。」
「そんな、でも……」
「お前達も戦うがいい。遠慮はするな、それが定めだ。……そしてレナ、お前には、私達を魔王の元へ案内してもらうぞ。」
「な、何言ってんだ、んなことするわけ……」
しかしレナは、ピタリと口をつぐんだ。
エレーナの後方、人間の兵士の一人が、縛り付けられた獣人を連れて、その喉元に剣を突き付けている。
「な、あ、兄貴……なんで、お前らが……」
「手荒な真似をして済まない。しかしお前達は魔王の居所について口を割ろうとしない。それならば力づくで吐かせるしかないのだ。」
エレーナは冷静だった。
まるで感情を全て失ったような話し方だ。
兵士に囚われているレオはぐったりとして、意識が朦朧としている。
傷付けられた様子はないが、一人では立っていられないようだ。
「て、てめぇら………兄貴に、何しやがったんだ………」
レナは体をわなわなと震わせた。
怒りに我を忘れ、今にもエレーナに襲い掛かりそうだ。
「死んではいない。お前達が今すぐ魔王の元へと案内してくれたなら、こいつは解放してやろう。しかし拒否するならばその時は、残念だが兄の命はないと思え。」
エレーナを睨みつけながら、レナは槍をぐっと構えた。
体中に怒りを漲らせて震えている。
「レ、レナさん、だめだ……」
その時どこからか、ラファエルが囁く声が聞こえた。
「そうそう、怒りに身を任せ、人間を殺すんだ。それがこの世界の理だよ。ほら、力を解放して、人間達を殲滅するんだよ。」
ラファエルの声はまるで空耳のように、風に吹かれて消えていった。




