66.戦いの前夜
俺達が野営をした日に、獣人部隊が殲滅された。
この事実は瞬く間に広がり、猫族と他種族の溝を深める事となってしまった。
ラファエルはすぐに姿を消したので、結局俺達が獣人部隊を襲撃したように見えたのだ。
俺達の言葉を信じたのは、レナだけだった。
猫族部隊すら、今は俺達を距離を取るようになった。
「あれはどう見ても、闇魔法による殺しだ。お前らにできるわけないよ。……だけど皆今は、誰を信用していいか分からなくなってるんだ。
こないだのエレちゃんの仲間達の件だってそうだ。猫族の隊員同士でも、疑心暗鬼が広まってて……」
レナは心底疲れているようだった。
レオと離れてから、レナの気力と体力は目に見えて衰えていった。
「ごめんな、あたしがしっかりしなきゃなのに。……で、侵攻の件だ。ラファエルの奴が3日後って言ったんだな?」
アルクはこくりと頷く。
今や獣人族の部隊を統率するのは難しかった。しかし人間軍の侵攻という現実があるので、森の防衛線を敷くために他種族からは新たな隊員達が派遣され、それぞれ森の別区域で野営をしていた。
俺達の姿を見ると獣人達が刺激されるので、今や俺達は森の中を自由にうろつくことすらままならなかった。
「獣人が一致団結するのはどうにも難しそうだ。……ったく、あのラファエルの奴、状況を引っ搔き回して楽しんでやがるんじゃ……」
レナはぼりぼりと頭を掻く。
「それに兄貴だ。未だにどこに囚われてるかも分かんねえ……」
複数の獣人部隊は侵攻の話を聞いて、先制攻撃を仕掛けるべきだと主張した。
しかし何人かが偵察に行くも、ウエストリアでは全く何の動きも起きていないらしい。
おそらくあの転移魔法陣を使い、王都から直接部隊を送り込んでくるのだろう。
レナはそれを聞いて密かに偵察を送り込んだが、教会の中の魔法陣は、既に消え去っていたという。
俺達にできることはあまりなかった。
とにかく2日後の襲撃にできる限り備え、被害を最小限に抑えなければならない。
アルクは相変わらず黒曜石の腕輪をはめていて、どう引っ張っても、俺がパンチや魔法で破壊を試みても、その腕輪はびくともしなかった。
「戦いの前に、外しておきたいのに……。」
アルクは不安そうに呟いた。
そしてついに、人間軍の侵攻が翌日に迫った。
その夜アルクは落ち着かなげに、営舎のベッドに潜り込んでいた。俺達はここで睡眠を取り、日が昇る前に森へと向かうことになっていた。
いつものように俺を抱き枕にしているが、その腕がぶるぶると震えている。
「おい、落ち着けよ。ちゃんと寝ないと明日もたないぞ。」
「うん、分かってるよ……」
それでもアルクは不安そうだ。よく見るとその手にはまた、ハルトが遺した魔石が握られている。
「僕達、戦いを止めることなんて、できるのかな。……エレーナさんの仲間達が襲撃されてから、人間族の感情が高ぶっているし、獣人側だって、僕達が獣人部隊を攻撃したと思って、人間への反発を強めてる。
……このまま戦争が始まって、誰にも止められなくて、それで……しょこらがもし犠牲になったりしたら……」
「おい、だから殺すなと言ってるだろ。今は自分の身を案じろよ。ラファエルが言ってただろ。それにお前は今魔法が使えないんだ」
「うん……。でも僕は自分に何かあるよりも、しょこらに何かある方が、怖いよ……」
そう言ってアルクはギュッと腕に力を入れる。
こいつ、窒息死させる気か。
「それに僕に何かあっても、いつだってしょこらが……」
そこでアルクはふと言葉を止める。
しばらく迷う素振りを見せてから、おずおずと口を開いた。
「……しょこら、あのさ……あの忍者の姿って、いつでもなれる訳じゃないんでしょ……?」
こいつ、精神的に弱ってる時なら、俺が怒らないということを知っていやがるのだ。
「ああ。というか、なろうと思えばなれるが、残り時間はあまり残されていない。
元の世界のセイレーンの時に5分使って、こないだの妓楼の時に10分てとこか……。あと1時間半少しだな。」
「そう、なんだ……」
アルクが少ししゅんとするのが分かる。
そしてアルクは、しばらく逡巡した後、思い切って尋ねる。
「ねえ、今さ、ちょっとだけ変身してみてくれない……?」
「なんでだよ」
「えっと、なんて言うか……。ずっと心臓がさ、どきどきして、うまく眠れないんだ。だから……」
やれやれ。
まあ、猫を抱きしめるよりも、誰かに抱きしめられる方が、精神的には落ち着くかも知れない。
「戦いで何があるか分からないんだ。あまり残り時間を無駄にはできないぞ」
「分かってる。ちょっとだけだから……」
まったく我ながら根はお人好しだ。
俺は仕方なく変身し、猫耳忍者の姿になった。
アルクはキラキラした目で俺を見つめた後、にっこりと微笑む。
「しょこら、ありがとう……」
それから俺はまた、アルクの抱き枕役を務めた。
アルクは猫耳忍者になった俺の胸に顔を埋め、腰に腕を回して、すやすやと眠り込んでいる。
俺は曲げた左腕に頭を載せ、右手をアルクの体に添えたままじっとしていた。
やれやれ、いつまでこうしていればいいのだ。
明日から始まる戦いが、どれほどの犠牲を生むかは分からない。
しかし俺達は何とかそれをくぐり抜け、おそらくそろそろ、魔王との対峙を果たさなければならない。
魔王を討伐する訳ではなくとも、一度会って話せば、糸口が見つかるかも知れない。
そのうち俺も眠りに落ちる。
結局その日アルクは、俺に残された猫耳忍者の時間のうち、1時間程を使い切ってしまったのだった。




