65.奇襲と予告
それからもラファエルは、事あるごとに俺達の前に姿を現した。
ある時は営舎の部屋へ、またある時はガエルダの町中へ、俺とアルクが二人の時を狙ってやって来た。
しかも変装ができるらしく、町中に現れる時は狐ではなく猫の耳と尻尾を生やしていた。
「だからお前、何なんだよ!毎回毎回、一体何しに来るんだ!」
あまりに頻繁に現れるラファエルにうんざりして、俺は奴に言い放つ。
その日も俺とアルクがガエルダで昼飯を食べていると、テーブルの向かいに腰かけたのだ。
「なんだい、本当につれないなあ。もう何度も会ってるんだ、僕達すでにお友達だろう?」
「友達になった覚えはない。お前実は暇なんじゃないのか。」
「やだなあ、僕はとっても忙しいよ。わざわざ合間を縫って君達に会いに来ているんじゃないか。」
ラファエルはにっこりと笑っているが、その細い目から奴の真意を推し量ることはできなかった。
ラファエルが去った後、俺達は森のテントへと向かった。
「あの人、本当に何なんだろう……僕達に会って、何か目的があるのかな……」
「分からん。考えても仕方ない。とにかく今はテントに戻るぞ。」
俺達は猫族部隊と協力し、人間軍の侵攻に対する準備を進めていた。
猫族以外の種族へも通知し、森の中に防衛線を張ることにしたのだ。
「できれば戦いたくないけど……でも、侵攻を止める方法なんて、ないよね……」
「お前の話によると、人間の国王ってのは頭固いオッサンみたいだしな。神の運命に従うことしか考えてねえ。その意味ではあの変人ラファエルって奴のほうが、まだ柔軟だよな……」
レナが槍を肩に担ぎながら現れて、そう言った。
その日はレオがいなくなってから3日目だった。レナは明るく振舞っているものの、いつもの覇気が薄れ、どこか元気がなくなっていた。
エレーナもあの夜以降、俺達の前に姿を現さなくなった。
ウエストリアまで探しに行きたいが、俺達は王宮から指名手配されている可能性が高いし、今や簡単に人間の町へは行けない。本来は領地の境界がない森の中をうろつくのも危険なのだ。
「でも、エレーナさんも、指名手配されているんじゃ…。大丈夫、なのかな……」
俺達には、それを確かめる術はない。
俺が念話で話しかけてみても、エレーナからの応答はなかった。
その日俺達は陣地の見張りを引き受け、テントで夜を明かす事にした。
それは静かな夜だった。周囲をうろつく怪しい人影もなく、俺達はテントの前に座り込み、ただ焚火を眺めていた。
こんな風に野営するとき、大抵アルクは俺を抱えながら座る。
アルクは終始ボーっとして、何事かを考えているようだった。
するとしばらくして、俺の耳に何かが動く音が聞こえた。
ゆっくりだが草を踏み鳴らし、テントの方向へと向かってくる。
俺はアルクの腕から飛び降り、周囲を警戒した。
アルクも異変に気付き、剣を取り出して周りを見回す。その腕にはまだ、取り外せない黒曜石の腕輪がはめられている。
しかししばらくして、俺達の前に姿を現したのは、猫族と共に森の防衛の任を担う事となった獣人部隊の者達だった。犬族、狸族、狼族からそれぞれ派遣された隊員達だ。
隊員達はその手に武器を持ち、俺達の前に立ちはだかっている。
「何だお前ら。何か用か。」
俺が尋ねると。奴らはそれぞれ手にした剣や槍を構える。
そして狼族の一人が口を開いた。
「俺達は猫族の奴らみたいに、お前達を信用していない。お前達は獣人に取り入って、獣王様の居場所を突き止めるつもりだろう。
……お前達がいなくなれば、猫族の奴らだって目を覚ますはずだ。人間なんかと協力することは愚かだと。」
すると突然背後から、複数の兎人族が俺達に攻撃をしかけた。
ガキイイィィィン!!
アルクが反射的に振り向き剣で受け止めるが、その数は十数人、次々にアルクに向かって攻撃を仕掛けてくる。
俺はさっと右前足を上げ、兎人族達に向けて風魔法を発射し空へと巻き上げた。
「「「うわああああああっ!!」」」
竜巻で飛ばされた兎人族達は地面にぐしゃりと倒れ込む。
「くそ、なんだあの猫!魔法使いやがるのか……!」
俺達に話しかけてきた犬族や狼族も一斉に、武器を振りかざし突進してくる。
俺が右前足を上げて奴らを一掃しようとすると、背後で伸びていた兎人族の一人が起き上がり、後ろからガバっと俺の体を捕らえた。力ずくで俺の体を絞り上げ、窒息させようとする。
「この猫、俺が始末してやる!!」
「しょこら!!!」
俺の方に気を取られたアルクの頭に、狼族の一人が鈍器を勢いよく降り下ろした。
「うわぁっ!!」
不意を突かれたアルクは地面に投げ出され、頭からは血が流れ出る。
くそ、面倒な奴らだ。
俺は体を絞り上げている兎人族の腕に噛みつき、その腕の肉を引きちぎる。
苦痛に喘ぎそいつが俺を取り落とした瞬間、俺はアルクに向かってバリアを付与した。
「ええい、叩きのめしてやれ!!勇者を殺すんだ!!!」
また一斉に攻撃を仕掛けてくる獣人達に向け、俺が応戦しようとしたその時だった。
「あれ、君達、僕のお友達に何してるのかな?」
あのにっこりと笑ったような声が聞こえた。
獣人達が驚いて背後を振り返ると、そこには細い目で笑うラファエルが立っていた。
「やだなあ、それだから蛮族なんて呼ばれるんだよ。少しは僕達を見習ってほしいよ……まあ、それは無理な相談か。」
ラファエルは人差し指を上げる。すると獣人達全員が武器を取り落とし、苦痛に喘ぎ地面を転がり出す。
「僕ね、全ての属性の魔法が使えるんだ。これは闇魔法だよ。勇者が唯一使えない魔法だね。」
ラファエルは心から楽しむようなうっとりした声で、獣人達を拷問し続ける。
「おい、そいつらを殺すなよ!」
俺がそう言うと、ラファエルは俺の方に首を向けた。
「そうかい?でも残念だね、僕にはこいつらを生かしておく理由がない。いずれ皆死ぬんだ、今死のうが後で死のうが、同じことさ。」
そう言ってラファエルが人差し指をくいっと引っ張るような動きを見せると、獣人達は喉元を締め上げられるような呻き声を上げ、一瞬で全員が窒息死してしまった。
俺はアルクの頭に回復魔法をかけながら、ラファエルを見る。
「お前……。一体何の目的で……」
「やだなあ、お友達を助けるのは当然だろ?だって僕がせっかく君達に会いに来たのにさ、奴らが邪魔してるんだもん。だから死んでもらっただけさ。」
頭の血が止まり、アルクが起き上がる。
「しょ、しょこら、大丈夫……?」
ラファエルは俺達を見ながら、相変わらずにっこりと話す。
「気を付けるんだね、勇者は神に背くと死ぬ運命にあるっていうけど、この世界で勇者として認知されているのは君だ、アルク君。
君が本当の勇者じゃなくても、勇者として認知されている者は勇者としての運命を歩む。ただの凡人が人々から神と称えられて、本当に神のように振舞い出すのと同じさ。」
ラファエルの言葉に、アルクは驚いて顔を上げる。
「ど、どうして、僕が勇者じゃないって、知って…」
「君達をよく観察しててね、何となく分かったよ。しょこら君は勇者の従魔にしては、女神の加護が強すぎるし……アルク君のほうはその腕輪のせいで魔力がよく見えなかったから、判断するのに時間がかかったけどね。
それに君達、何か違うんだよねぇ。もしかしてさ、君に勇者の加護を与えたのは、別の世界の神かい?」
俺達が否定しないのを見て、ラファエルは合点がいったというようにさらに微笑んだ。
「なるほど。やはりそうか。面白いね…。そうか、ということは、この世界で勇者が魔王を倒しても、その力はこの世界の神ではなく、その神を統括する上位の神によって吸収されるということかな。そして上位の神は一つの世界ではなく、あらゆる世界を支配している……。
まったくもう、じゃあこの世界の神から力を奪おうにも、結局その上位にいる神がこの世界に力を充てがえば、人間の輪廻は続くということか。面倒だね……」
ラファエルはぶつぶつと一人で呟いている。
こいつの推測はおそらく正しい。この世界の神というのが女神で、上位の神というのがすなわち神王だ。
「まあいい、僕のやる事は同じだ。この世界の命を一掃し、魔王を殺す。そして本来魔王討伐によって得られるはずの力を、人間の神は得ることができない。命がなくなり灰になった世界など、その上位の神だって見捨てるだろう。」
「おいお前。そんな話をするためにここに来たのかよ」
するとラファエルは顔を上げ、俺を見て言った。
「うん、お話しに来たんだよ。あ、それと、もうすぐ人間軍が侵攻してくるよ。3日後の朝だ。ちゃんと獣人の軍隊で迎え撃つんだよ、なるべく数は多いほうがいい。できる限りお互い殺し合いをしてね。」




