63.狐族の兄弟
狐族の男はにっこりと笑って、俺達を見つめていた。
いや、笑っているのかどうか分からない。
ただ目が常に笑っているように細められているのだ。
「目開いてんのかあいつ……」
レナがぼそっと呟いた。
男は壇上に腰かけ、自らの膝の上で頬杖をついている。ロベルトと同じ黄金色の長い耳と尻尾を持ち、同じ色の髪は背中辺りまで伸びている。
男はその細い目で俺達を見つめながら言った。
「君達を待っていたんだよ。でも思ったより早く来てくれて嬉しいなあ。」
「おいお前、兄貴をどこにやったんだよ!!」
レナがどかどかと講壇の方へと歩きながら、男に突っかかった。
「まあそう慌てないでくれたまえ。君のお兄さんは大丈夫、生きているよ。今のところはね。」
男はそのにっこりした顔を崩さずに言った。
「これは君達が招いたことでもあるんだよ。僕らのことを嗅ぎまわって、活動を邪魔しようとするからさ。それに獣人と人間の和平を求めるだなんて……君達は本当に愚かだよ。」
男は不気味に優しい話し方をした。
「獣人と人間との戦いは、それぞれの神によって定められている。……僕は神が嫌いだからね、別に神に従うべきだなんて思っていないよ。ただ獣人と人間が仲良くなってしまうと、僕らにとっては都合が悪いんだ。……だからちょっと見せしめにね、昨夜テントを襲撃させてもらったよ。」
「お前……。一体何がしたいんだ、なぜ兄貴を攫ったんだ!!」
レナがギリギリと歯を食いしばる。
「やだなあ、そう熱くならないでよ。獣人は嫌だね、血気盛んで。最も僕も獣人だけどね。
僕ら獣神協会は、世界の理を壊したいんだ。僕らは魔王が勝とうが、人間の神が勝とうが興味はない。ただそいつらに振り回されるのは御免なんだよ。
理が気に入らないなら、壊してしまえばいい。そう思わないかい?」
「で、でも、そんなこと、どうやって……」
アルクが尋ねると、男はアルクのほうに視線を向ける。
最も目はほとんど開いていないので、そのような気配がしただけだ。
「君は、勇者だね。君だって、神に良いように扱われるのは御免だろう。僕らはね、この世界ごと破壊したいんだ。
魔王を殺し、この世界を司る人間の神を殺す。そうするとこの世界から神はいなくなり、世界は滅びる。
最も魔王は死んでも復活してしまうが、この世界から魔族を一掃した上で、魔王を殺すんだ。そうすれば魔王の魂はこの世界へと生まれ変わる理由を失い、消滅する。
そして人間達も同じく、一人残らずこの世から殲滅する。
だけど神がいる限り、人間は輪廻転生するからね、人間の神も殺してしまう必要がある。
だけど残念ながら、人間の神に直接手出しはできない。ならばその力を奪ってしまえばいい。
人間達は気づいていないようだけど、勇者以外の人間が魔王を殺したところで、魔王の力が人間の神の力へと昇華されることはないんだよ。つまり勇者以外の者が魔王を殺せば、人間の神が力を得ることはない。
力のない神の下では人間の輪廻は機能せず、新たに生まれ変わることはない。」
「そんな……そんなこと、できるわけ……」
アルクが震えながら呟く。
「できるできないではない、やるのだよ。僕達協会は獣人と人間を世界から駆逐し、魔王の首を取る。そして最後に皆で命を絶つのさ。そうすれば魔王は復活しないし、人間の神が力を得ることもない。
この馬鹿馬鹿しい世界から、皆開放されるんだ。これが世界に取っての唯一の救いではないかな。」
男は相変わらず、にっこり微笑んでいる。
「だからね、獣人と人間には、できるだけ殺し合ってほしいのだよ。僕らだけで全ての者を手にかけるのは、大変だからね。
人間達はおそらく近々、魔王を討つために進軍してくるだろう。…ありがたいね、それが自分達の神に取って、何の得にもならないことも知らずにさ。その進軍だけでどれだけの命を減らせるかな。」
「てめえ、黙って聞いてりゃ、さっきから訳の分からねぇことぬかしやがって!!んなことできる訳ねえだろ!ってかさせねぇよ!!」
レナが槍を構えながら、男に向かって言い放つ。
「つべこべ言わず兄貴を返せ!!」
しかし男はそこで、少し笑みを深めた。
「やだなあ君、分かってるくせに。僕が君のお兄さんを捕らえたのは、獣王の居場所を知るためだよ。君達兄妹は知っているんだろう?獣王がどこにいるのかを。」
「レナさん……」
アルクがレナの方を見る。
以前レオ達から聞いた話からして、二人は実際獣王の居場所を知っているのだろう。
「それを教えてくれたら、君のお兄さんは返してあげるよ。あ、でも、そこの勇者はだめだなあ。君が何かの手違いで魔王を倒しちゃうと、人間の神に力を与えてしまうからね。君はここで死んでおいてほしいな……」
そう言うと男は右手の人差し指を上げ、アルクの方へと向けた。
指先から信じ難い勢いで、細く鋭い炎の槍が発射される。
ガイイイィィィィン!!
俺が瞬時にアルクにバリアを付与すると、炎の槍は大音量を上げて跳ね返り、天井へと激突した。
炎は天井を貫通し、大きな穴を開けている。
「な、なんて、威力なんだ……」
アルクはガクガクと震えながら、天井を見上げる。
「あれ、弾かれた。なかなか反応が速いね。おかしいな、でも、それ黒曜石の腕輪だよね……」
男は顎を触りながら考える。
「まあいいか。次はこれで……」
男が再度人差し指をアルクに向けようとしたその時、アルクの後ろから、ロベルトが顔を出した。
「お兄ちゃん……」
「な…………!!!べ、ベルじゃないか!!」
男は度肝を抜かれた様子で、攻撃を中止する。
そしてさっきまでとコロッと態度が変わり、駆け寄ってくる弟を抱きしめた。
「無事だったのかあ~~~~~!僕の可愛いベル!!お兄ちゃんずっと必死だったんだよ、ベルを助けるためにたくさん悪いことしちゃったんだからぁ~~~~」
男はロベルトにスリスリと頬ずりしている。
俺達は全員、呆気に取られていた。
「あ、あの野郎、極度のブラコンだな……」
レナが顔を引きつらせながら言う。
「あたしも人のこと言えないけどさ、あそこまでじゃないぜ……」
「ほら、もう一回お兄ちゃんって呼んで!ラファエルお兄ちゃんって呼んで!!」
「ラファエル、お兄ちゃん……」
「ああ~~~僕の可愛いベル~~~~」
「えっと、あの……」
アルクが思わず声をかける。
「と、とにかく、レオさんを返して……ほしいのですが……」
どうやらラファエルという名らしいその男は、パッとアルクの方を見る。
「君がベルを見つけてくれたのかい!?やだなあ、早く言ってくれよ!!今日のところはベルに免じて殺さないであげるよ、今日のところはね!」
まだ弟をスリスリしながら、ラファエルは言った。
「は、はあ……」
「おい、ついでにレオも返せよ。レナもお前と同じブラコンなんだ、気持ちは分かるだろ。」
「な、何言ってんだお前!!」
俺がラファエルに向かってそう言うと、レナは赤くなって俺に抗議した。
「あたしはあそこまでじゃないって言っただろ!!」
ラファエルは顎に手を当てて少し考えていた。
「うーん、そうだね。ベルと勇者じゃ等価交換にはならないか。ベルはこの世の全ての命を束にしても敵わないほどの価値があるからね、ここは君のお兄さんも返してあげるかなあ……」
こいつ、そんな適当なのかよ。
「うーん、でもだめだね、君のお兄さんは他にも使い道があるからさ。とにかくさ、痛めつけたり殺したりしないことは約束するよ。今日のところはそれで帰ってくれない?」
「な、お前、ふざけんな!兄貴を何に使うつもりだよ!!」
しかしラファエルは答えなかった。ロベルトを抱きかかえ、優しく話しかける。
「さあ、お兄ちゃんとお家に帰ろうか。あの人達を送り返してあげて?」
ロベルトは兄を見返して言う。
「でも、お兄ちゃん、あのひとたち、ぼくを助けてくれた……」
「ああ、そうだね。でも大丈夫だよ、お兄ちゃん約束は守るから。」
ロベルトは頷いた。
そして俺達に向けて、その小さな手のひらをかざす。
「な、何を……」
ロベルトからは、さっきまでと比べ物にならない程の魔力が感じられた。
その小さな手が俺達に向けられると、一瞬で俺達全員の足元に、転移魔法陣が展開される。
「てめえ、兄貴はどこに……」
レナの叫びも虚しく、俺達は強制的に転送されてしまったのだった。




