61.決断
「ねえ、この腕輪、全然取れないよ……」
部屋を出て廊下を歩きながら、アルクがヒソヒソと囁いた。
腕にはめられた黒曜石の腕輪を引っ張って外そうとしているが、ビクともしない。
「エレーナさんのもだ。取り付けた人じゃないと、外せないのかなあ…」
「私は元々、魔術は得意ではない。剣はあるんだ、今は魔法が使えなくとも何とかなるだろう。幸いしょこら君が、私の剣もアイテムボックスに隠しておいてくれたからな。
腕輪については、とにかく脱出してから、外す方法を考えよう……」
俺達は廊下を曲がり、その先にある階段を目指す。
見回りの兵士達に遭遇すると、一旦身を隠すか、隠れる場所がなければ気絶させた。
ドスッ!!
俺は二回目の猫キックを繰り出し、二人目の兵士を気絶させた。
「ほ、本当にすごいな君は……」
エレーナがまた関心して呟く。
俺達は階段を降り、地下牢のある階へと向かう。
階段はそこで一旦途切れていた。おそらく地下牢を進んだ先に、別の階段があるはずだ。
地下牢にはもちろん見張りの兵がいる。
等間隔に数人配置されており、全員手には例の高そうな槍を持っていた。
俺達は地下牢を突っ切り、突き当りにある地下への階段へと向かわなければならない。
『ちっ、簡単に眠らせる魔法でもあれば良かったんだが。仕方ない、追われないよう全員気絶させるしかない。』
アルクとエレーナが、こくりと頷く。
二人とも剣を構えている。
そして俺達は走り出した。
一番手前の兵士が最初に気付くが、俺が瞬時に猫キックする。
兵士はドサリと倒れるが、音に気付いた他の兵士達が一斉に俺達の方へと向かってきた。
「や、奴ら逃亡するぞ!ひっ捕らえろ!!」
数人の兵士が槍を突き出し、攻撃を仕掛ける。
アルクとエレーナはぞれぞれ迎え撃ち、剣で受け止め槍を弾き飛ばす。
俺は武器を落とした兵士達の後頭部に順にキックを食らわせる。
しかし奥からはまだ何人かの兵士が走って来る。
そのうちの一人がおそらく魔術師で、こちらに向けて手をかざし、何かを呟いている。
俺は面倒なので、風魔法で竜巻を起こし、残りの兵士達を地面から天井へと巻き上げた。
「うわああああっ!!」
天井に激突した兵士達は床に落下し、地面に伸びた。
「す、すごい、本当に何者なんだ君は……」
エレーナは感心しながらも軽く引いている。
とにかく兵士達が片付いたので、俺達は走って地下牢を突っ切った。
するとアルクが急に俺達に向かって声を張り上げる。
「ま、待って、誰か呼んでる……!」
「囚人だろ、構うなよ!」
「で、でも、子供の声が……」
やれやれ。
足を止めて声の方へ耳を澄ますと、子供が俺達を呼ぶ声が聞こえた。
「こ、ここから、だして……」
俺達が声のする牢へと向かうと、そこには獣人の子供が一人、鉄格子を握りしめて立っていた。
「ぼ、ぼくも、つれていって……」
「じ、獣人族……。なぜここに囚われているんだ?王族も獣人を奴隷として扱うのか……?」
エレーナが驚いて言う。
それは5歳ぐらいの狐族の男の子だった。黄金色の長い耳と尻尾を生やし、俺達に訴えかけている。
「おねがい、だして……」
「……ねえ、どうしよう……」
アルクが俺に問いかける。
この子供は何か罪を犯したのだろうか。
こいつを解放すればそれこそ、反逆罪で捕まるかも知れない。しかしいずれにせよ俺達は既に罪人だ。こいつを解放しようとしなかろうと、今後捕まれば処刑は免れない。
考えている暇はない。上階の兵士達が異変に気付いて追いかけてくる前に、俺達は転移装置を見つけなければならない。
「お前、妙な真似したらすぐ始末するからな。」
俺は子供にそう言い放つ。
アルクはほっとしたように、近くで倒れている兵士の腰から鍵を抜き取る。
アルクが解錠し、鉄格子の扉を開ける。
男の子は大人しく出てきて、アルクの服の裾をつかんだ。
「よし、行くぞ。」
俺達は一斉に走り出した。
階段を降り、袋に入っていた時の感覚を頼りに廊下を曲がる。
そして俺達は廊下の奥の小部屋に、紫色に輝く転移魔法陣を見つけたのだ。
それは床の上で怪しい光を放っていた。
その上に立てば魔法陣が起動し、俺達はウエストリアの近くへ戻れるはずだ。……おそらく。
「こ、これで本当に、戻れるのかな……」
アルクがごくりと唾を飲み込む。
「分からん。だが行くしかない。」
俺がそう言い、俺達は魔法陣へと足を踏み入れようとした。
「待て!!」
俺達を呼び止めたのは、エレーナだった。
ぐっと拳を握りしめて下を向いている。
「エレーナさん、どうし……」
アルクがおずおずと尋ねるとエレーナは顔を上げた。
「お前達は、本当にこれで良いのか?……王の話を聞いただろう、お前は獣人に協力する限り、いずれ命を落とすんだ。今抗ったところで何の意味がある?……ここで大人しく、人間の側に付いた方が、身のためなのではないか?
……お前までリューキの二の舞になる姿は、私は見たくない………」
エレーナは声を震わせた。
「それが運命だと言うのなら、自らが生き延びる道を、選んでほしい……」
アルクは動揺して俺を見た。
俺は念話でアルクに問いかける。
『俺のことはいい。お前はどうしたいんだ。』
『ぼ、僕は………僕はしょこらに死んでほしくない。でも、ここに残って、獣人達と戦いたくもない。僕は……僕はしょこらと一緒に行くよ。』
『なら行くぞ。』
俺はエレーナに向かって言う。
「俺達は行くが、お前が残りたいなら、ここに残っても良い。それはお前が決めろ。」
エレーナはぐっと言葉に詰まった。
俺を見つめ、アルクを見つめ、また下を向く。
しかしやがて決心したように顔を上げた。
「……私も行こう。」
そして俺達は一緒に、魔法陣の上に足を踏み入れた。
全員がその上に乗ると、魔法陣から放たれる光が強くなる。
そしてその光は俺達を包み込み、またあの宙を浮いている感覚が襲った。
しばらくするとその感覚は収まり、やがて光がだんだん薄れる。
俺達は別の建物の中の、緑色の魔法陣の上に立っていた。
急いで全員、魔法陣から離れた。
それは鈍い緑の光を発し、真っ暗な建物の中で怪しく光っている。
「こ、ここ、どこだろう……ウエストリアかな……」
アルクは腕輪のせいで、魔法が使えない。
俺が光魔法で辺りを照らすと、そこは教会のようだった。
「とにかく、外に出よう…」
エレーナが中を見回しながらそう言った。
俺達が教会の扉を開けて外に出ると、辺りは真っ暗だった。
建物を出て見上げるとそこは森の中で、周囲には教会以外に何もない。
その教会はまるで隠されるかのように、ひっそりと立っていた。
「わ、私は、聞いたことがある。王族のみが所有する転移装置が、全ての町のどこかに仕掛けられていると。これがおそらく、そのうちの一つだろう……」
エレーナが教会を見上げながら言った。
「おそらくここは、ウエストリアの東側にある小さな森だ。この森を東に抜けると別の町があり、西へ行くとウエストリアだ。さあ、行こう……」
そして俺達は歩き出す。
その森からウエストリアへと出るのに、時間はかからなかった。
しかし俺達はウエストリアの東門から中には入らず、門の外側をぐるっと南に回り、そこから西へ向けて歩いた。
既に王宮がウエストリアへ、俺達が逃亡したことを知らせているかも知れないからだ。転移魔法があるぐらいだ、情報伝達もおそらく早いだろう。
俺達が助けた狐族の子供は、ずっと大人しくしていた。
あまりに静かなので、一瞬そこにいることを忘れてしまうほどだった。
「き、君も一緒にガエルダに行くってことで、いいんだよね……?」
アルクが男の子に尋ねると、男の子はアルクの服の裾をつかんだまま、こくりと頷いた。
「で、お前は何なんだ。」
一瞬、猫族以外には俺の言葉が通じないかと思ったが、どうやら通じたようだ。
俺は一応魔族出身らしいので、元の世界でも魔族と話ができた。だからおそらくこの世界でもできるのだろう。
「ぼくは……ロベルト。お、お兄ちゃんに、あいに……」
お兄ちゃんと言うのは、同じ狐族だろう。
いずれ狐族の町に届けることができるだろうか。
「えっと、よろしくね、ロベルト君……」
「ベル、でいい……」
アルクが挨拶すると、ロベルトはそう言った。
俺達は西に向かって歩き続けた。
そして何とか夜明け前には、ミッド・フォレストへと到着することができた。
しかし俺達はそこで、信じ難い惨状を目にすることになる。




