59.国王と、世界の理
人間の国王は、クラウドリア国王と呼ばれている。
俺達が連れてこられたのは、その国王の現前だった。
信じられないが、その姿はまさに王そのものだ。
頭に冠を載せ、豪華な刺繍の入った長いローブを纏い、同じく豪華で重そうなマントを纏う年老いた男だ。
そしておそらく、俺達をここまで連れてきた兵士達は王族の親衛隊だ。
兵士達はアルクとエレーナを国王の前に跪かせる。
しばらくは二人とも驚いて、ただ国王を見つめるだけだった。
『しょ、しょこら、でも国王って、王族領は、人間の領地の、最東端にあるって……確かレオさんが……』
『ああ。ここが本当に王宮なら、俺達はおそらく空間転移したんだろう。』
『く、空間転移!?そんなことできるの!?』
おそらくそうとしか考えられない。
袋に入れられていた時、突然周囲が光り体が浮いたような感覚がしたあの時に、おそらく俺達は転移させられたのだろう。
国王はしばらく、俺達の様子を観察していた。
やがて、その重々しい口を開く。
「其方達が、人間領の最西端の町ウエストリアで、親獣人派と噂になっている人物で間違いないか。」
誰も答えない。アルクもエレーナも、王の前に委縮していた。
「おい、答えるんだ。」
兵士達が槍を二人に向けて突き出す。
「……その通りです。」
応えたのはエレーナだった。緊張しているが、落ち着いた低音の声だ。
王はエレーナの答えを聞いて頷いた。
「そうか。手荒な真似をしたことは謝ろう。しかしこの国の王として、其方達のような強者が、獣人側に付くことを見過ごす訳にはいかん。」
たったそれだけで、王はこの二人を呼び出したのだろうか。
それほど人間の国では、獣人と協力することが重罪とされているのだろうか。
俺の問いに答えるように、国王は話を続けた。
「其方達も知っての通り、人間と獣人の因縁は深い。しかしそれは、単に種族が異なるからというだけではない。人間と獣人は、そもそも相容れない存在だ。互いに争うことを運命づけられている。それは誰にも変えられない。
……分かっているだろうが、この国では獣人と協力することは、本来国家反逆罪に等しいのだ。」
「は、はん、ぎゃく……」
アルクは思わず息を呑む。
「もちろん、直ちに其方達を処刑したりはしない。今後獣人達との交流を断ち、人間軍による獣人領地への侵攻、および魔王討伐に協力するならば、これまでの所業は不問に付す事は可能だ。」
「そ、そんな……、でも……」
国王は非常に落ち着いていた。特にアルクとエレーナを咎めるような話し方ではない。ただ淡々と事実を述べているだけ、というような調子だ。
返事をしない二人を、国王はしばらく見つめた。
そしてその視線をアルクの上に落とし、しばらく動かさなかった。
「……そこの黒髪の者。其方の名は何と言う」
「えっ!え、えっと、あの……あ、アルク、です……」
処罰されるのではと思い、アルクはビクビク体を震わせている。
しかし次の国王の言葉でアルクはパッと顔を上げ、思わず息を呑む。
「……アルク。其方は、勇者であろう。」
エレーナが驚いてアルクを見る。
アルクは目を見開き、国王をじっと見つめている。
「王宮の神殿は、神による啓示を受け取る役割を担っている。前勇者マルニスが亡き者となり、勇者不在となったこの世界で、我々は新たな啓示を受けたのだ。マルニスに代わる勇者が、最西端の町ウエストリアに現れると。」
どうやらこの世界でも、王宮が神の啓示を受け取るという仕組みは同じのようだ。
「本来勇者が生まれる際は、それは民へと事前に告知される。…しかし今回のような事例は、過去に前例がない。勇者が亡くなり新たな勇者が現れるなど、人間の歴史始まって以来のことだ。
まして前勇者に対する国民の感情が最悪の状態だった時に、我々は新たな勇者の到来を告知することはできなかった。」
アルクは何も言わなかった。何を言えばよいか分からないのだ。
「この世界の人間で、勇者以外に黒髪を持つ者はいない。だから其方の噂が王宮に届いた時、余はすぐに分かった。其方が啓示された勇者であると。」
エレーナはまだアルクを見つめている。
その顔には驚愕の表情が貼り付いている。
「余は単に、其方達に罰を与えるためにここへ連れてきたのではない。ただ事実を伝えるためだ。勇者と、勇者に協力しているという隣の戦士にもな。其方は前勇者マルニスの仲間だったのであろう。」
王はエレーナに視線を向ける。
「人間と獣人に和解の道はない。なぜならそれは、神が定めたことであり、この世界の理だからだ。そして……」
王はまたその視線を、アルクに向ける。
「勇者というのは神によりこの世界に使わされる者だ。神の意志に背く行為をした時、その者の末路がどうなるか……」
アルクの目に、恐怖の表情が浮かんだ。
「…そう、勇者が神の意志に背き、魔族との戦いを放棄した時、神は勇者に罰を与える。前勇者マルニスがそうだったように。
……君が魔王討伐に背を向け続けると、いずれその命を落とすこととなる。それは決まっていることで、どう抗おうと変えられない。」
アルクは驚愕して、俺の方を見た。
本当の勇者は俺なのだ。ということは、俺はこのままだと死ぬ運命にあるということになる。
エレーナは言葉を失い、アルクを、そして国王を見つめた。
「そ、そんな……でも……リューキ、いや、マルニスは、神に殺されたのではない。ただ、戦いに巻き込まれて……」
「それが、神による罰なのだ。それは起こるべくして起こったことなのだ。」
王は感情を込めずにそう言った。
俺達を脅す訳ではない、ただ本当に事実を伝えているだけなのだ。
「今ここで答えを出す必要はない。ただ一晩じっくり考えるのだ。明日改めて問おう、其方達が我が人間軍に協力する意思があるかを。
我々は今、獣人領地への侵攻の準備を進めている。そう遠くないうちに魔王の首を打ち取るべく、侵攻を開始するだろう。
もし協力ができないと言うなら、その時は……残念だがこのまま帰す訳にはいかない。其方達をこの地に幽閉するしかない。」
「………ふ、ふざけるな………」
エレーナが静かに言った。体をわなわなと震わせている。
「ふざけるな!!何が神の意思だ、勇者をまるで奴隷のように扱いやがって!!勇者に人権はないのか!!
魔王討伐など神の勝手な都合だろう、なぜ人間が神に振り回されなければならないんだ!!」
「貴様、無礼だぞ!!」
兵士達がエレーナに向かって再度槍を突き付ける。
王は右手を上げて、兵士達を制した。
「其方達がそう感じるのは無理もない。しかし、それがこの世界の理なのだ。」
そして王は俺達に向けて、その理について説明を始める。
「……人間の命を創造し、それを維持するのが神の役目だ。神が力を失えば、人間は滅びる。
そして同じ世界で、全く異なる魂の構造を持つ種族、それが魔族だ。我々はたまたま同じ世界に生きているだけで、その成り立ちは全くの別物だ。
人間の命は輪廻転生により数百年毎に生まれ変わる。輪廻を司るのは神だ。
一方魔族は、魔王自身がすなわち神だ。魔王は魔族たちと同じようにこの世界に生を受け、全ての魔族の命は、魔王の命の小さな分身のようなものだ。
魔族達には人間のような輪廻は存在しない。彼らは人間より遥かに長命だが、死ぬと生き返らない。その魂は一度きりのものだ。しかし魔王がいれば、また新たな魂が生み出される。
魔王は本来不死身だが、人間により討伐されるとその魂は壊れ、時間をかけて復活する。
……異なる魂を持つ人間と魔族は、互いに取って脅威だ。
魔王が力を増し、魔族の魂が増大すると、人間の神の力を侵食する。
神の力が弱まれば人間の魂は脆くなり、輪廻が機能しなくなる。つまり人間は生き返らずいずれ滅びる。
人間の神が力を増すと、逆に魔王の魂が侵食される。新たに生み出される命が減り、いずれ滅びる。
だから人間は魔王を討伐し続けるのだ。神の力を維持し、人間の世界を守るために。
そして魔族は本能的に人間を攻撃する。自分達の命を危うくする存在だからだ。
たとえ近年の魔族が、人間に対する敵対心を薄めていようと、この世界の理は変えられない。
魔王をそのまま生かしておくことはすなわち、人間の滅亡を意味する。つまり我々には、戦うという選択肢しかないのだ。」
国王が話し終わっても、誰も一言も口を利かなかった。




