57.過激派の影
「そういえばお前達は、魔王というのがどこにいるか知っているのか?」
町を散策した翌日、テント内でエレーナが俺達に尋ねた。
その日はエレーナと、他数人の仲間の人間達がテントを訪れていた。
なぜかエレーナの仲間は、男が多かった。
「いいや。俺達も魔王の居場所は知らない。」
俺が答える。俺はエレーナ以外の人間をテイムしていないので、他の人間達は俺とエレーナが会話のようなことをしている様子を不思議そうに眺めていた。
「俺達もレオとレナに会った日、尋ねてみた。しかし居場所は誰にも教えられないらしい。」
そう、最初にレオ達に会った日、もちろん俺達は魔王の所在を尋ねた。
レオ達の話を聞いた後だったので、魔王を討伐するつもりはなかったが、ただ純粋に疑問だったのだ。
しかしレオは首を振って答えた。
「申し訳ない。獣王様の居場所については、僕達は話すことを禁じられている。しかしいずれ、時が来たら話せるかも知れない。」
そのような訳で俺達は、二年前に復活したという獣王が一体どこにいて、何をしているのか知らないままだった。
「そうか……。その獣王というのは、話の通じる奴なのだろうか……」
その時エレーナは俺を抱えており、無意識にもふもふと体を撫でながら言った。
余程の猫好きらしく(獣人は嫌いだったようだが)、一度捕まるとなかなか離してくれない。
まったく、リーンの時と言い、なぜこうも気に入られるのだ。
アルクはというと、またもや自分のおもちゃを取られたような顔でちらちらとエレーナと俺を見ていた。
するとエレーナの仲間の冒険者達が、口々にエレーナに声をかける。
「あ、あのエレーナさん、俺達にもちょっと触らせてください……」
これ以上野郎どもに次々触られるのは御免だったので、俺はエレーナの腕からジャンプして抜け出し、男の一人の顔を踏み台にして、ストンと床に着地した。
「ああ、肉球が顔面に……」
なぜか男は嬉しそうだった。
エレーナ達と協力関係を築いてからというもの、俺達は共に森でのいざこざの鎮圧に奔走していた。
レオが宣言した通り、猫族の部隊は人間が危害を加えてこない限り、人間を攻撃することはしなかった。
しかし森にいるのは猫族の部隊だけではない。
獣人達の間にも、人間でいう冒険者稼業のようなものは存在する。それは「探検家」と呼ばれ、冒険者と同じく様々な依頼を引き受けているのだ。
人間の冒険者が獣人の討伐依頼を受けるように、獣人の探検家も、人間の「討伐」依頼を受けている。
そのような探検家達は、常に森の中をうろついている。
また、猫族以外の種族の部隊が森に入り込むこともある。
その上獣人の子供たちにとって、本来森は恰好の遊び場で、面白半分に近づいて危険な目に遭うこともある。
俺達は森を巡回しては子供たちを保護したり、獣人と人間の間で起こる小さな抗争を地道に制したりした。
エレーナが人間と獣人の仲裁に入る姿は、多くの冒険者達を驚かせた。
どうやらエレーナはウエストリアの町でも顔が広いらしく、そのエレーナが今や和平に向けて動いていることで、感情を揺さぶられた者も多いようだ。
ある者は怒り、ある者は嘆き、ある者は聞く耳を持とうとした。
「てめえ、その黒髪野郎と同じく洗脳されやがったのか!!」
その日俺達とエレーナは一緒に森を巡回していた。
すると攻撃を止められた人間の冒険者は、エレーナに向けて暴言を吐いた。
アルクが獣人族に協力していることは、今やウエストリア中に広まっているらしい。
「ついこの間まで、黒髪野郎を制裁するっていきり立ってたじゃねえか!なんで急に寝返っちまったんだよ!!」
暴言を吐く冒険者に、エレーナは冷静に低い声で答えた。
「私は間違っていたのだ。憎しみに我を忘れ、現実を見ようとしなかった。……頼む、私達の話を聞いてくれ。共に協力して、この戦いを……」
「黙れ!!俺がお前の目を覚ましてやるよ!!」
冒険者の男は、手にした大きな剣を振りかざした。
そこへアルクがすかさず、双方にバリアを付与する。
「うわっ!!」
バリアで弾かれた冒険者は、よろけて尻もちをついた。
冒険者と争っていた犬族は、ポカンとそのやり取りを見つめていた。
「お前ら、人間のくせに、なぜ戦いを止めるんだ……?」
このようにして俺達は、少しずつ獣人や人間の説得に力を尽くしていた。
「しかしこれではいつまで経っても埒が明かない。いっそ獣王と人間の国王が会合でも開けたらいいんだが。」
その夜、森から営舎へと戻りながら、俺は呟いた。
「ああ、それができれば良いのだけど。今すぐには難しいね。」
レオも一緒に歩きながら、返答する。
「獣王様については申し訳ないが、今は何も言えない。そして人間の国王はもちろん反獣人派だ。王族領というのは人間領の、最東端にあるようだけどね。
それにどうも、最近不審な動きをする者達もいるようだから。そちらを解決するのが先かも知れない。」
レオは相変わらずの無表情ながらも、どこか気難しい顔でそう言った。
「それは例の兎人族の件か?」
「…ああ。しかしどうやら、兎人族だけじゃない。調べたところ複数の種族の獣人達が徒党を組み、人間と内通しているようだ。その組織は“獣神協会”と呼ばれている。」
「じ、じゅうしん……?」
アルクが恐る恐る繰り返す。
「ああ。自分達は獣人族の神の意思に従い行動していると謳っている。彼らはいわゆる過激派だ。人間を見境なく殺そうとする。十数年前に、ウエストリアの町で大量虐殺を行ったのも、奴らの先駆けとなる組織だ。」
「そ、そんな……。でもそんな過激派が、どうして人間と取引なんか……」
「元々は単に、人間に復讐を誓った奴らが集まった組織だった。僕達もその組織の存在については聞いたことがあった。
…だけどここ最近は、自分達の利益になるならば人間と手を組むことも厭わないようだ。いわゆる闇商売なんかに手を出し、人間に獣人の奴隷を売り払っては高額な利益を得たり、人間から高額の報酬を得る代わりに獣人暗殺を企てたり、逆に獣人からの依頼で人間を襲撃したりもする。利益になるならどちらの側からの依頼も受けるようだ。
この間の誘拐事件も彼らの仕業だ。自分達の足が付かないよう、まずは人間に獣人の子供を捕らえさせる。それを奴らが買い取り、より遠くの人間族の町へと高値で売りさばくんだ。」
「そ、そんな………」
「やれやれ。和平だ何だよりも、先にそいつらを何とかした方が良さそうだな。」
「ああ。これ以上被害を拡大させる訳にはいかない。しかし奴らは狡猾だからね、巧みに姿を隠していて、その素性を知る者はいない。」
俺とアルクは誘拐事件の時、奴らのフードをめくって兎人族の顔を覗き見た。
しかしそのマスクを引き剥がすことはできなかった。
しかしそういえば、あの誘拐事件の時、人間側にはあのハゲがいた。あいつを監視したら、奴らの手がかりを掴めるだろうか。
「おい、明日、あのハゲを探しに行くぞ。」
「ええっ!?あ、あのハゲ……?ああ、あの時の……」
アルクも思い出したようだ。
そして俺達は翌日、獣神協会とやらの手がかりを掴むべく、再度ウエストリアへと向かう事となった。




