56.エレーナの意思
その女戦士の名は、エレーナといった。
最初の訪問以降、エレーナは仲間を引き連れて、もしくは一人で、度々テントを訪れるようになっていた。
エレーナは人間の冒険者達から厚い信頼を得ており、あの日エレーナが引き連れてきた人間達は、皆エレーナの判断に従っているという。
「おっ、エレちゃん!今日も美人だね、調子はどうよ!」
レナがエレーナの肩に手を回し、陽気に挨拶をした。
「お前、そのエレちゃんというのは止めないか。……そもそも初対面の時から馴れ馴れしすぎるぞ。」
あの日、エレーナは右手を差し出し、自ら名乗った。
レオはもちろんその手を握ったが、レナは突然ガバっとエレーナに抱き付いて言ったのだ。
「やったね!よろしくな、エレちゃん!!」
一瞬前まで緊張状態だった場の空気が、レナのその一言で一気に崩れた。
レナには自然に人を打ち解けさせる能力があるらしい。
そして今やレナは、エレーナを見るたび嬉しそうに話しかけている。
「いいじゃんか、そんなかしこまる必要ないじゃん!てかさ、エレーナの名前も短くしたらレナって呼べるよな!どうせならレナちゃんて呼ぼっか?あたしとお揃い!」
レナは二カッと笑って言った。
そんなレナを見て、エレーナも徐々に態度を崩して行った。
レオはやれやれという態度で見ていたが、やがて口を開いた。
「そろそろエレーナさんにも、獣人達の町を見てもらってもいいかも知れない。……無論、念のため耳は付けておいた方がいいが……」
そう言ってレオは、アルクに渡したものと同じようなカチューシャを取り出した。
エレーナの髪色と同じ、紫の猫耳が付いている。
「なっ……私はそんなものを……」
猫耳を見て、エレーナは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
そんなエレーナを見て、レナはまるで目の前にご馳走があるかのように嬉しそうな顔をする。
「恥ずかしがんなよ、エレちゃん美人だから絶対似合うって!ほらほら、あたしがやってあげるよ!」
「ちょ、ちょっと、止めないか……」
振り払おうとするエレーナに、レナは無理矢理猫耳を取り付けた。
「おお……」
その時、たまたまテントの中にいた数人の隊員達は、エレーナを見て感嘆の声を上げた。
「やっべ、エレちゃん、超美人!!気を付けなよ、それでガエルダの町を歩いたら、アルクみたいに誘拐され……」
「ちょ、ちょっとレナさん、その話はやめて!!」
アルクが慌てて制した。
そしてもう一つ、俺はエレーナと話ができるようになった。
俺は人間族と話せないので、エレーナをテイムしたのだ。
アルクが俺のスキルについて説明し(もちろん勇者とは言っていない)、エレーナは驚きながらもそれを受け入れた。
「おう、俺の言葉は分かるか。」
「あ、ああ、分かるが……。信じられない、こんな力を持つ猫がいるなんて……。」
『ど、どうしよう、めちゃくちゃ触りたい……』
「おい。念話もできるんだ、心の声が漏れてるぞ。」
「な、何っ!?そ、それはすまない。……オホン。ちなみに、いいか……?」
そう言うとエレーナは、俺の頭を不器用に撫でた。
『も、もふもふ~~~……』
また心の声が漏れている。
どうやらこいつ、表面上の態度と実際の性格が異なるようだ。
おそらく普段は仲間に威厳を見せるため、男勝りの女戦士を装っているのだろう。
その日俺達は、エレーナを連れてガエルダを案内することにした。
「い、いや、私一人で大丈夫だ。案内は不要だ……」
レオが俺達に案内役を頼んだ時、なぜかエレーナは慌てて断ろうとした。
「しかし何が起こるか分からない。念のため単独行動は避けた方がいい。人間だと露見しなくても、アルクさんのように危険な目に遭うことだってある。」
レオがそう言うと、アルクはまた顔を赤くした。
俺とアルクが先を歩き、俺達三人は森を抜けてガエルダへと向かった。
アルクはこのような状況ではまた人見知りを発動している。
『ね、ねえ、女の人と歩くのなんて、リーンの時以来だよ……。こ、こういう時って何を話すべきなの……?』
『知るか。無理に話す必要もないだろ。』
『で、でも、沈黙が気まずい……』
俺がフンと鼻を鳴らしエレーナのほうを見ると、なぜかエレーナもガチガチに緊張していた。
そしてこちらも切り忘れた念話から、心の声が聞こえてくる。
『ど、どうしよう、リューキ以外の男の人と、こんな風に町を歩いたことなんて、ない……。いえ、落ち着いて、相手は7つも年下よ、何も緊張することは……』
やれやれ。どいつもこいつも。
俺は気を利かせた会話などする気がないので、二人を無視して歩き続けた。
ギクシャクしながらもエレーナは、獣人の町を興味深げに見て回った。
「す、すごいな。人間の町とは違って、何というか、強い生命力に溢れている。……当たり前だが、彼らも立派な文明を持っているんだな……」
エレーナは独り言のように呟く。
「そ、そう、ですね……」
自分に言われたのか分からないアルクは、ぎこちなく相槌を打った。
エレーナが最も喜んだのは、以前俺とアルクが訪れた飯屋で、給仕の猫族からリューキの話を聞いた時だった。
「リューキさん、私達とても仲良しで、何度もお店に来てくれたんですよ。本当の名前を教えてくれたのは、何十回も来店した後でしたけど……」
エレーナは、リューキの思いが届いている獣人がいる事に、心を打たれた様子だった。
僅かに涙を見せながら、給仕係の女性と握手を交わした。
そのうち日は陰ってくる。
アルクはまた攫われることを恐れて、暗くなる前に営舎に戻ろうと言った。
歩きながらエレーナは、アルクに向かって話しかけた。
「……すまなかった。私は初めてお前に会った時、ただ憎しみの心しか持っていなかった。急に襲ったりして、本当に悪かった。」
「い、いえ、そんな……」
しばらく黙り込んだ後、エレーナは再び口を開いた。
「……私は幼い頃、両親を獣人達に殺されたんだ。」
「えっ……」
アルクは驚いてエレーナを見る。エレーナは下を向きながら歩を進めた。
「まだ3歳だった。私はウエストリアの南側、町の中心部から離れた郊外に住んでいた。
…あの日、獣人達の群れがウエストリアの町を襲い、人間達の大量虐殺を行ったんだ。私の両親は獣人達の槍で串刺しにされた。
私はたまたま裏庭で遊んでいて、咄嗟に物置の中に隠れた。奴らは私に気付かず去って行った……」
エレーナは辛い光景を思い出し、苦痛の表情を浮かべて立ち止まる。
「それから私は、獣人達に復讐することだけを考えて生きてきた。だから初めてリューキに会った時も、私は反発したものだ。何度も言い争ったよ。
だけどリューキは、互いに憎しみ合っても何も生まれないと言った。これ以上犠牲者を出さないために和解の道を選ぶべきだと言った。私はだんだんリューキに説得され、やがてリューキを信じるようになった。だけど……
リューキが獣人達に殺されたと聞いて、私の中の何かが崩れた。私はその時から、また獣人達への憎しみだけを糧に生きて来たんだ。」
エレーナはそう言って、一筋の涙を頬に流した。
しばらく無言で目を閉じていたエレーナだが、急にズルズルッと大きな音が聞こえて、ぱっと目を開けた。
エレーナが隣を見ると、アルクがエレーナ以上に泣きじゃくりながら、鼻をすすり上げている。
「お、おいお前、どうし……」
エレーナが慌ててアルクに尋ねる。
「……っ、………っっ、だって………」
アルクは何も言えず、ただ涙を流し続けるだけだった。
たった3歳で両親を失い、失意の中生きてきたエレーナの姿が、同じく3歳で両親を失った自らの前世、ユウトの姿に重なったのだろう。
「……僕、絶対に………もう誰も犠牲になってほしくない………」
アルクがしゃくり上げながらそう言うと、エレーナはふっと笑みを漏らした。
「君は優しいんだな。……ああ、これ以上犠牲を出さないためにも、共に協力しよう。」
アルクはそのまま、営舎に着くまで涙を流し続けた。




