55.第一歩
「……私は、リューキとパーティーを組んでいた。」
そう言うと女戦士は剣を下ろし、その目からは一筋の涙がこぼれた。
「リューキはいつも言っていた。獣人達と分かり合うべきだと。彼らも人間と同じ心を持っていると。
……私は信じなかった。ただのリューキの夢物語だと思っていた。だけどあいつの言葉を聞いていると、本当にそれも可能なのかも知れないと思った。なのに……」
女戦士は再び、剣をぎゅっと握りしめる。
「……なのに、一人で獣人領へ乗り込んだあいつは、呆気なく獣人達に殺されてしまった。あいつは騙されていたんだ、あの獣達に!!」
女は剣を振りかざす。
「獣人達に協力しようという奴は、たとえ人間でも我々の敵だ!お前はここで成敗してくれる!!」
しかしアルクは、女戦士が剣を振り下ろす前に、剣を振った。
アルクの剣は女戦士の剣をその手から払い飛ばし、宙を舞った剣はやがてガイイィィンと大きな音を立てて床に落ちた。
「くそっ!!」
反動で尻もちをついた女戦士は、すぐに剣の元へ走ろうとする。
しかし俺は落ちた剣の上にピョンと飛び乗り、女をじっと見た。
「な、なんだ、この猫は……」
女は困惑した表情で俺を見つめ、そして再びアルクを見る。
するとアルクが、まだ床にいる女戦士に右手を差し出した。
「な、なんのつもりだ…」
「え、えっと……。あの、僕が知っていることを、お話、させてください。り、リューキさんのことです……」
女戦士はアルクの手を見つめ、恐る恐るそれを握る。
アルクはその手をぐっと引っ張り、女戦士を立ち上がらせた。
アルクは、レオやレナから聞いたことを女戦士に話して聞かせた。
そしてリューキがいかに、隊員達や一部の町人から慕われているかについても。
じっと話を聞いていた女戦士は、少し混乱している。
「……そんな、リューキを殺したのは、人間達だなんて。そんな話は到底、信じられない……。それはただの、獣人によるでっち上げではないのか。あいつはただ獣人達に取り入られて、騙されて……」
女戦士は独り言のように続ける。
「しかし……。あいつがマルニスではなく、リューキと名乗っていたというのは……」
どうやら勇者マルニスは、心から信頼した相手にしかリューキという名を明かさなかったらしい。
そのことが何よりも、女戦士の心を動かしたようだ。
「えっと、あの、僕達と一緒に、獣人族の町に行ってみませんか……?」
アルクがおずおずと尋ねる。
女戦士は迷っているようだ。
まだアルクのことを信用しきっていないのだろう。
『おい。いきなり町に行くのはハードルが高いだろう。どこか別の場所で落ち合うのはどうだ。』
『そ、そうだね。どこがいいかな……』
結局俺達は、猫族が森に敷いている陣地を指定した。
女戦士からすると飛んで火に入る夏の虫状態に思われる気もするが、それ以外に都合の良い場所がないからだ。
気が向いたら今日夕刻にそこへ来てくれとだけ伝え、俺達は倉庫を後にした。
結局男たちは全員気絶したままだった。
「あの人、来てくれるかな……。な、仲間を連れてきて、陣地を襲撃されたらどうしよう……」
「その時はその時だ。なるべく犠牲者を出さず片付けるしかない。」
「う、うん……」
俺達は先に陣地のテントへと戻り、レオ達に事情を説明した。
話を聞いたレナは、目を輝かせて嬉しそうな声を上げる。
「リューキの仲間!?やるじゃん、そいつが仲間になってくれりゃ、他の人間達も取り込めるかもだぜ!」
「レナ、楽観的すぎるのは良くないぞ。しょこらさんの言う通り、話を聞きに来る代わりに襲撃される可能性だって十分考えられる。」
「望むところだ、そんときゃ受けて立ってやるぜ!!」
血気盛んなレナを見て、レオは真顔のまま小さくため息をついた。
やがて約束の時刻が近づいた。
俺とアルクはテントの外に立ち、辺りを見回した。
女戦士が身構えないよう、猫族の隊員達はテント内で待機し、外には俺達だけが立っている。
しかし約束の時間を過ぎても、女戦士の姿は見えなかった。
夕刻が過ぎ、辺りはだんだんと薄暗くなってくる。
「や、やっぱり、来てくれないかな……」
アルクが諦めかけたその時、木々の向こうからこちらに向かって歩く人影が見えた。
しかし人影は一人ではなく、どうやら複数人いるようだ。
「あ、あれって、あの女の人、だよね。あとは、あの人の仲間……?」
そこには合計十数人近くの人間達がいた。女戦士を先頭にぞろぞろと歩き、やがて俺達の数メートル手前で足を止める。
女戦士以外の者達は、皆武器を構えていた。
「話を聞かせてもらおう。だがもし罠であればこちらも容赦しない。」
女戦士はアルクに向かって声を張り上げた。
アルクはこくりと頷き、振り返ってテントに目配せをする。
その合図を受けて、レオとレナがテントから姿を現した。
大勢の人間達を見て、レナがヒューっと口笛を吹いた。
「めっちゃいんじゃん!すげえな!そんで、リューキの仲間ってどいつだ?あ、あの女か!」
レナは腰に手を当て、槍を肩に担ぎながら、女戦士を品定めした。
「うわ、めっちゃ美人じゃん!リューキの奴、やるなあ!」
「おいレナ、不謹慎だぞ。」
レオがたしなめるが、レナはどこ吹く風だった。
「堅苦しいこと言っててもしょうがないじゃん!ねえ、あんたら!あたしらはリューキと友達だったんだ!ちょっと腹割って話そうぜ!」
レナの言葉を聞いて、女戦士はぐっと身構える。
しかしやがて口を開き、低い声で問いかけた。
「……勇者マルニスが、リューキという名をお前達に明かしたのだな。」
レナはまるで世間話をしているように答える。
「ああ、そうだよ!自慢じゃないが、あたしらすっげー仲良しだったんだぜ!」
そしてレオとレナは、リューキと初めて出会った頃から、命を落とすまでの経緯を話して聞かせた。
「…………人間族はリューキが魔王に洗脳されたと信じて、勇者を亡き者にしようとした。もちろん、人間族だけが悪い訳じゃない。あの頃は君達の方でも、獣人達に襲われて多大な被害が出ていた。
リューキはいわば、僕ら獣人族と人間族の抗争が原因で亡くなったんだ。僕達だけが、言い逃れをするつもりはない。
だけど僕達は、獣人族にも人間族にも、これ以上の被害が出ることを望まない。リューキのような犠牲をこれ以上出さないためにも、僕達と協力してくれないか。」
レオは話の最後をそう締めくくった。
レオの話し方はとても落ち着いていて、誠意に満ちている。
その言葉を聞いて、直ちに反論できる人間はいなかった。皆判断に迷い、答えに窮している。
「……お前のその言葉を、信じるに足る証拠はあるのか。」
女戦士がレオに問いかける。しかしレオは首を振った。
「いいや。僕は自らが真実だと信じることを話している。しかし君達の方では、異なる真実を信じる者もいるだろう。僕には僕だけが正しいと証明する術はない。ただ、行動で示していくことしかできない。」
「その行動とは、具体的にどういうことだ。」
「全ての獣人族を統率することは難しい。だけど少なくとも僕の管轄である猫族の部隊は、君達が攻撃してこない限りは、今後一切人間に危害を加えない。」
それは難しいことだった。
猫族の隊員にも、人間族に敵意を持つ者はまだいるからだ。
しかしレオがそう言うからには、どうにか算段を付けるのだろう。
「猫族だけではない。僕達はこれからも他種族への説得を続ける。もちろんすぐに獣人達による攻撃を止めることはできない。だけど信じてほしい、僕達は本気で人間族との共生を望んでいる。
僕達はリューキの意思まで、死なせる訳にはいかないから。」
レオの最後の言葉を聞いて、女戦士は意を決したようだ。
静かに前へと進み出て、レオとレナの前に立つ。
そしてその右手を、二人の前へと差し出した。




