54.女戦士
「あはははははは!あはははははは!!」
アルクから昨夜の騒動を聞くと、レナは笑い転げた。
「あはははは!おっかし!!ほんとヤバかったな、操を奪われるところで……あははははは!!」
「おいレナ、笑いすぎだ。アルクさんにとっては恐ろしかっただろう、遊女というのは欲深いから…」
腹を抱えて笑い転げるレナを、レオが無表情のままたしなめた。
アルクは恥ずかしさで死にそうになりながら、俺に念話で呟く。
『しょこら……。なんでこの二人、13歳なのに、こんなに平気なんだろう……』
『知るか。獣人は早熟なんじゃねえのか。』
アルクはレナから町の散策はどうだったかと聞かれ、ついはずみで昨夜の騒動についても触れてしまったのだ。
レナは笑い涙を拭いながら、アルクに問いかける。
「あはは、で、そのあんたを助けたっていう黒い猫耳忍者ってのは……」
レナが俺の方を見るが、俺はしらばっくれて視線を逸らし続けた。
俺の様子を見て、レナがニヤニヤしながら言う。
「ま、言いたくない事もあるよな!おい、そう落ち込むなって、またいつか会えるさきっと!でももう花街のほうには近づくなよ、また狙われるぞ!」
レナは快活に笑ってアルクの背中をパアンと叩いた。
俺達が獣人の町に来て、今日で3日目だ。
その日は朝から森でいざこざが起こり、俺達は猫族が森に敷いている陣地のテントで話をしていた。
「さて、余談はさておき、人間達がまた森に侵入して、隊員達を襲っている。そしてどうやら、人間達はある人物を探しているようなんだけど…」
『余談……』
貞操の危機を余談で片付けられたアルクは、頭の中で情けなさそうに呟いた。
「……で、その人物というのがどうも、しょこらさんとアルクさんらしい。おそらく一昨日、誘拐された子供たちの後を追う姿を目撃されていたようだ。」
レオが俺達に向かって説明する。
確かに俺達は何人かの冒険者を蹴飛ばして森を駆け抜けていた。その後もウエストリアで聞き込みしていたので、おそらく怪しまれたのだろう。
「問題ない。俺達を探してるなら、こっちから出向くまでだ。」
俺がそう言うと、レオはこくりと頷いた。
「申し訳ない。ありがとう。だけどくれぐれも気を付けて。」
俺とアルクはテントを出て、森を東の方向へと向かった。
途中あちこちで、小競り合いをしている獣人族と人間達を見つけた。
俺とアルクはそんな小競り合いを見つけるたび、一人一人にバリアを付与し、互いの攻撃が届かないようにした。
「な、なんだ、急に、何が起きたんだ…?」
バリアで弾かれた者達は、キョロキョロ辺りを見回している。
「け、喧嘩しちゃだめだよ!!」
アルクが大声で声をかけると、その者達はポカンと口を開けて俺達を見送った。
バリアはそのうち消えるから、あくまで一時的に戦闘を止めさせるにすぎない。
おそらく何の効果もないだろうが、無駄な犠牲者は出したくないし、皆しばらく頭を冷やせば冷静になるかも知れない。
東へと走り続け、もうすぐ森を抜けウエストリアが見えてくるだろう場所まで来たとき、俺達の前に数人の人間達が立ちはだかった。
「動くな。」
リーダーと思われる若い女が、俺達に剣先を向けて言った。
鎧を纏い、太い剣を向ける姿は屈強な戦士のようだ。長い髪は深い紫色で、腰の辺りまで達している。
女は切れ長の鋭い目で、俺達を見つめていた。
俺とアルクは足を止め、その人物を見つめ返す。
「お前に聞きたいことがある。私達と一緒に来てもらうぞ。」
そこにいるのは女を含めて4人。他3人は全員男だった。
アルクは俺をちらりと見た。
俺は頷き、俺達は女戦士達に連れられ、ウエストリアの町へと入って行った。
女が俺達を連れて行ったのは、大通りから外れて裏道を抜けた場所にある、薄暗い倉庫のような場所だった。
男の一人が扉を閉めると中は薄暗く、鉄格子のついた唯一の小さな窓から僅かに光が入るだけだった。
やれやれ、もっとましな場所はなかったのか。
先に倉庫へ入っていた女は、男が扉を閉めると、くるりと俺達の方へ振り返った。
しばらくアルクと俺を見つめた後、やっと口を開く。
「ここ数日、獣人族に協力している人間がいるとの噂が立っている。黒猫を連れた黒髪の男だ。……それはお前で間違いないか?」
女は低い声音でアルクに向かって問いかける。
アルクは無言のまま、こくりと頷く。
「……そうか。」
ガキイイィィン!!
女はそう言うと同時に、剣をアルクに向けて振り下ろしていた。
アルクが反射的に剣を抜き受け止めると、さっと後方へ飛び退く。
「……今の攻撃を受け止めるか。やはり只者ではないのだな。
よかろう、では言い訳を聞いてやろう。なぜ獣人族に協力している。……奴らのこれまでの所業を知ってのことなのか。」
女の声は落ち着いているが、その奥には激しい怒りが込められていることが分かる。
アルクは動揺して、答えに窮している。
しかし俺は人間と会話できないので、答えるのはアルクしかいない。
「え、えっと……。ぼ、僕は獣人と人間の、和解を望んでいる。獣人達もひどいことをしてきたようだけど、人間側だって同じだ。……憎しみの連鎖を断ち切らないと、人間も獣人も、もっと、犠牲者が出てしまう……」
たどたどしくはあるが、よくこの状況で話せたものだ。
そういえば最近はコミュ障も少しましになっていたな。
しかし女には、ただの戯言としか聞こえなかったようだ。
「ふん。笑止千万だ。お前は獣人による被害に遭っていないから、そんなことが言えるんだろう。過去に獣人との対話を試みて、どれほどの人間が犠牲になったか知っているのか?
和平交渉だ何だとほざいても、奴らの根底にあるのは獣の魂だ!私達は根本的に相容れない存在なのだ、和解の道などありえない!」
女は話ながら興奮し、最後には声を張り上げた。
そして再び剣を振りかざし、アルクに向けて斬りかかる。
「でやああああああああ!」
他の3人も同時に動き、それぞれアルクを取り囲み攻撃を仕掛けようとする。
女はアルクに任せる事とし、俺は両手を広げてアルクの左右にいる男二人に風魔法を発射した。
「「うわああああっ!」」
吹き飛ばされたうちの一人は壁に激突し、ズルズルと床に伸びる。
もう一人は壁に頭がめり込んでしまった。
ここまでで一秒もかかっていない。
残り一人、アルクの背後から迫っていた男は、風魔法の出どころが分からず一瞬怯んだ。
その隙に俺はジャンプして、男の顔面に猫キックを食らわせた。
バシーーーーン!!
男は地面に投げ飛ばされて気絶する。
アルクはというと、あらゆる角度から飛んで来る女騎士の剣をかわし、受け止め、弾き返している。
おそらく傷付けたくないのだろう、アルクは反撃をしていない。
「ぼ、ぼくは人間とも、獣人とも、戦いたくないんです……!」
「たわけ!そのような綺麗ごとで片が付くほど、我々の因縁は浅くない!!」
「で、でも、獣人族にだって、和平を望んでいる人達はいます!!」
「お前、過去に同じような主張をして、勇者マルニスがどうなったか知っているだろう!!」
「り、リューキさんのことは、獣人族から聞いてます!でもそれは誤解で……!!」
女戦士は攻撃を止め、再びさっと後方へ飛び退いた。
しばし無言でアルクを見つめた後、静かな声で聴いた。
「……お前、マルニスがリューキと呼ばれていたことを、なぜ知っている。」
「え……」
アルクは少し息を切らしながら、女戦士を見返した。
「り、リューキさんと、お知り合いだったんですか……?」
女戦士は構えていた剣を僅かに下ろし、答える。その声は僅かに震えていた。
「……私は、リューキとパーティーを組んでいた。」




