53.猫耳忍者
俺は猫なので、犬ほど鼻は利かない。
そのためアルクの行方を、匂いだけで辿るのは困難だった。
それにもし獣人族に連れ去られたのなら、屋根と屋根を飛び越えて案外遠くまで連れて行かれたかも知れない。
相変わらず念話は応答がないし、正直あまり為す術がない。
俺はとにかく微かに匂いの残る方向へと走り出した。
そうこうしているうちに、辺りは暗くなる。
店じまいする場所も増えてきて、町の灯りはだんだんと少なくなった。
俺が相変わらず手がかりなく走り回っていると、その時突然、念話が繋がった。
『しょこらしょこらしょこらしょこらしょこらしょこらしょこら!!!!』
あまりの大音量に俺は一瞬音量を下げたくなったが、念話にそのような機能はない。
『うるせえな。お前今どこにいる。』
『わ、分からないんだよ!さっき町を歩いてて、急に変な薬みたいなの嗅がされて、眠っちゃってさ!気づいたら知らない部屋にいたんだ!!しかもその薬のせいか、体が動かないんだ!!僕このまま殺されるのかな!!?怖いよおおおぉぉぉぉ!!!』
『落ち着け。部屋に窓はないのか。外に何か見えないか?』
『ま、窓、窓ならある!ここはたぶん結構高い、他の建物が見えない……外に赤い灯が見える!!じょごらあああぁぁぁ…』
『全く、今探すから待ってろよ』
まだワーワー喚きたてているアルクを無視して、俺は手近な塀を伝って屋根の上に上がった。
そこから見渡すと、高さのある建物はそう多くない。
すると少し離れた場所に、全ての街灯が赤く灯っている通りがあった。
通常の黄色っぽい灯に比べて目立つ上に、その通りだけが夜空の下で怪しい雰囲気を醸し出している。
その通りに一つだけ、5階建ての建物があった。ほとんどが平屋か2-3階建てなのに対し、その建物だけが頭一つ抜き出ている。
俺は屋根を飛び越え、怪しげな通りへと向かった。
向かいの建物の屋根から見上げてみても、5階建ての窓の中の様子は確認できない。
俺はそのまま窓めがけてジャンプしてみたが、どうやら建物全体に結界が張られているようで、窓の数メートル手前で弾き飛ばされてしまった。
ヒラリと地面に着地して建物を正面から見て、俺は唖然とした。
ここはおそらく妓楼だ。
入り口からは着飾った猫族の女や、客と思われる獣人の男たちが出入りしている。
やれやれ。誘拐の目的を何となく察して、俺はアルクを憐れんだ。
とにかく、いかがわしい雰囲気があふれ出ているその建物に、どうにか侵入しなければならない。
しかし周囲を回ってみても結界が張られており、唯一の侵入経路は正面玄関だけのようだ。
俺は何食わぬ顔で入り口に入ろうとしたが、使用人と思われる猫族の女に止められてしまう。
「ちょっと、ここは動物禁止よ!なぜこんなところに猫がいるのかしら……」
女は俺の体を抱え上げ、ポイっと通りのほうへと放り投げた。
やれやれ。正直面倒だな。
命に関わるわけじゃなし、無理に突入しなくても……と呑気に考えていると、また急に念話が始まった。
『しょこらしょこらしょこらしょこらしょこらしょこらしょこらしょこらああああぁぁ!!!』
『うるせえな。場所は分かった、ちょっと待ってろ。』
『なんか猫族の女の人がいっぱい入って来たんだ!なにこれ怖い!殺される……!!!』
その時アルクがいる部屋には、5-6人の猫族が入り込んでいた。
皆、綺麗に着飾った遊女達だ。
部屋の扉は襖になっており、アルクはその部屋の中で、布団に仰向けに倒れている。
遊女達は襖を開け部屋に入ると、アルクを見下ろし品定めした。
「あら、この人が例の人ね?なんだか随分怯えてるみたいよ?」
「本当に黒髪だわ!強者の証よ!たぎるわね……」
「おい、アタイがこいつを見つけたんだ、まず一番はアタイだろ!」
興味津々で覗き込む女達に、アルクが震えながら問いかける。
「あ、あの、あなたたちは、一体………」
しかし女達は聞いていない。
「でもちょっと若くない?まだ子供に見えるけど…」
「いいえ、もう15歳って聞いているわ、成人よ。」
「でも見てほらここ、使い物にならなさそう……」
「問題ない、強壮剤でもぶち込んどきゃ何とかなるさ!」
だんだん状況を理解したアルクは、サーっと顔から血の気を引かせた。
「ちょ、ちょっと!!すみません!!なんでこんなことに……」
遊女達は初めてアルクの声に気付き、驚いたように目を大きくした。
そんなことは言わなくても分かるだろう、とでも言うようだ。
「あら、獣人たるもの、強者に惹かれるのは当然でしょ?」
「黒髪なんて滅多にいないのよ。その遺伝子が欲しくない獣人なんていないわ……」
「ああ。大丈夫、悪いようにはしねえから、ちょっと黙ってな!」
遊女達の手がアルクに向かって伸びる。
アルクは今や涙を浮かべて心中で絶叫していた。
『しょこらしょこらしょこらしょこらしょこらしょこら!!今どこ、早く!!!!!しょこらしょこらしょこらしょこらしょこら!!!!!』
全くうるさい奴だ。
俺は部屋の襖をスパーーンと開けた。
ちなみに言うが俺は今ものすごく不機嫌だ。
アルクに覆いかぶさらんばかりの遊女達は、一斉に驚いてこちらを振り向く。
アルクも怯えた表情のまま襖の方を見た。
「あら?あなた、見かけない顔ね。それより部屋を間違えてるんじゃなくて?」
「今ここは取り込み中よ、分かったら早く出て行って……」
俺は遊女達を無視して、部屋にずかずかと入り込む。
そして涙と鼻水を垂らして茫然としているアルクをさっと抱え上げ、女達に言い放つ。
「お前ら………。この落とし前はいつか絶対つけてもらうからな…………。」
「ヒイッ…………!!!!」
殺戮者顔負けの鋭い視線で見下ろすと、女達は一斉に息を呑んで凍り付く。
俺は固まった女達を後に残し、アルクを抱えてスタスタと部屋を出て行った。
俺は俊足で廊下を駆け抜け、正面の入り口へと向かう。
途中何人かが俺に声をかけようとするが、あまりの速さに誰も呼び止めることはできない。
アルクはまだ動けないようなので、その辺に置いて帰る訳にはいかない。
俺は妓楼を出てからも、なるべくアルクの顔を見ないようにしながら走り続ける。屋根から屋根を飛び移り、レオ達が貸してくれた営舎の一室へと戻った。
アルクは移動している間、ボーっとして俺の顔を見上げているだけだった。
俺は人目につかぬよう、窓から営舎の部屋へと入り込む。
やっとアルクをベッドに下ろすと、俺は無言で窓から出て行こうとした。変身する瞬間さえ見られなければ、まだしらばっくれる事ができるかもしれない。
「ちょっと、待って……!」
その時アルクが起き上がり、俺の右手首を掴んだ。
こいつ……。いつの間に動けるようになっていたんだ。
俺は構わず出て行こうとするが、アルクがその手を離さない。
「ね、ねえ、しょこら、だよね……?」
「人違いだろ」
俺はそう言い放ち、さっとその手を振りほどき窓から飛び出した。
アルクはそのまましばらく、窓の外を見つめていた。
しかしいつまで経っても俺が戻らないので、やがて眠気に襲われ、そのままベッドに倒れ込み、スヤスヤと寝入ってしまった。
アルクが寝静まった頃を見計らい、俺は静かに部屋へと戻った。
もちろん猫の姿に戻っている。
ベッドに飛び乗りアルクの顔を覗き込むと、涙の痕を残しながらも、穏やかな表情で眠っていた。
やれやれ、こいつはいつになったら大人になるのだろうか。
それにしてもとんだ一日だった。
そしてアルクの隣で丸まり、俺も眠りについたのだった。




