52.散策
「だからさ、今すぐ兎人族の町に乗り込もうぜ!」
「早まるなよ、証拠もないんだぞ、どうせしらばっくれるだろ!」
「でも実際目撃されてんだ、このまま黙ってる訳には……」
翌日、報告を受けた猫族の衛兵隊員達はいきり立っていた。
人間との内通者がいると分かった途端、大半の者はすぐに兎人族の元へ乗り込もうと主張した。
「皆、落ち着いて。今すぐ乗り込んだところで、内通者が尻尾を出すはずがない。ここは冷静に行動しなければ…」
「でもレオ様、じっとしてなんていられねえ!それに裏切者は兎人族だけじゃないかもしれないんだろ、俺達の中にだってもしかしたら……」
「そういやお前、こないだ兎人族の奴らと会ってたよな!?」
「というか、本当にその黒髪は兎人族を見たのかよ?俺達を分断させようって魂胆じゃ……」
「あああもうてめえら、静かにしろ!!」
業を煮やしたレナが、大声で全員を制した。
「互いを疑ったらますます人間の思うつぼだろ!仲間を信じなくてどうすんだよ!!」
レナの一言で、隊員達は皆黙り込んだ。
「ああ、レナの言う通りだ。僕はここにいる皆を信じている。もちろんアルクさんと、しょこらさんもね。」
レオが表情を変えず俺達を見る。
「この目で確かめるまでは、誰のことも疑ったりしない。いいね。兎人族の件は僕達で調べるから、皆は仕事に専念してくれ。昨日の今日で人間達がまだ興奮しているかも知れない、森の護衛はしっかり頼む。」
レオの言葉を最後に、隊員達は解散した。
「本当に申し訳ない。何というか獣人族は、好戦的な種族でもあるからね。皆感情に任せて動いてしまうんだ。」
レオが俺達に向けて謝罪する。
「おう。それで兎人族を調べるって、どうするんだ。」
「それは僕達に任せて。君達はまだ、他の種族の町へは行かない方がいい。何があるか分からないからね。あ、そうだ……」
レオは思い出したように、兵服のポケットから何かを取り出した。
「この町の中でも、君達だけで歩くときは、念のためこれを付けておいて。まだ猫族にも、人間に対して反感を持つものは多いし、最近は事件続きで皆感情が高ぶっているから。」
そう言ってレオが手渡したのは、黒い猫耳が付いたカチューシャのようなものだった。
「最も君達は、黒猫に黒髪というだけで、ある程度は目立ってしまうけどね。」
アルクはそれを受け取り、恥ずかしそうに見つめた。
「こ、これって、猫耳……」
「良かったじゃないか。猫耳好きだって散々言ってただろ。」
「そ、それはあの、夢で見た女の子の話で……自分が付けるのが好きな訳じゃ……」
レオとレナは、俺達のやり取りを面白そうに聞いていた。
最も、レオは無表情のままだったが。
「今更なんだけどさ、あんたら二人が会話するときだけ、猫語になるのが面白えよな!ま、あたし達はどっちで話されても分かるんだけどさ!」
レナがケラケラと笑った。
猫語のことをすっかり忘れていたアルクは、さらに恥ずかしそうにしながら、おずおずとカチューシャを被った。
自然な作りの猫耳で、アルクの黒髪に馴染んでいる。
「尻尾はないが、一見するとマントで隠れているようにも見えるし、大丈夫だろう。」
「ははっ、似合ってんじゃん!」
レオとレナが続けて言った。
その日俺達は二人に勧められて、町中を見て回ることになった。
昨日は結局誘拐事件のせいで、町の見物ができなかったからだ。
町を歩くとやはり、俺達を指さして何やら話す声がちらほら聞こえた。
しかしそれは黒い毛に関するもので、人間に対する反感を口にする者はいない。
どうやらカチューシャの効果はあるようだ。
「ぼ、ぼくこんな姿、誰にも見られたくない……。」
「安心しろ、異世界に人間の知り合いはいない。」
「そ、そうだね……。ここにハルトさんがいたら、大笑いされただろうな……」
ハルトのことを考えて、アルクの心にまた少し不安がよぎったようだった。
俺達は町を見物しながら、それとなく獣人達の会話に耳を澄ませていた。
毎日何かしらの事件があるので、そこかしこで人間に対する不平の声が聞こえた。
昼時に入った飯屋の椅子に腰かけながら、アルクが言った。
「やっぱり隊の皆と違って、町の猫族達は、人間に敵対してる人が多いね…」
「まあ仕方ないだろ。事件続きだと反発もするさ。」
「うん…。皆を説得するのって、思ったよりずっと大変そうだ……」
アルクと俺が魚料理を食べていると、接客係の女の猫族が話しかけてきた。
「あの、もしかしてあなた、人間族では……?」
アルクは思わず喉を詰まらせ、苦しそうにゲホゲホとむせ返る。
「あ、いえ、すみません。悪気があった訳では……。
この店にはリューキさんもよく来られてまして、その、同じような黒髪で、あの人も町中では猫耳を付けてらっしゃって……。
そ、それに昨日、レオ様達が黒髪の人間族と歩いてたって、聞いてたものですから…」
水をごくりと飲んだアルクは、少なくとも店から蹴り出される様子はないので、ほっとしたようだ。
「あ、はい、すみません……」
「いえ、謝らないでください。…この店で働く者は皆、リューキさんと仲良しでした。私達も、人間族と和解できることを、望んでいます。」
アルクの目はそれを聞いて、ぱっと光を帯びた。
店を後にしながら、アルクは僅かに希望を見出したように言う。
「リューキさんはちゃんと、皆の心を動かしてたんだね…。どのくらい時間がかかるか分からないけど、僕も頑張らないと…」
俺達はその後も情報収集がてら、町を歩き回った。
どうやら猫族の中には、人間との和解を望む者達も一定数いるようだ。
しかしレオが忠告した通り、他種族達は、まだ人間に対して根強い恨みを持っている様子だ。
そのためガエルダの町中で、たまに獣人同士のいざこざも起こっている。
俺達がそれを目にしたのは、夕方になりそろそろ戻ろうかという頃だった。
犬族と猫族が数人、互いにいがみ合い、胸ぐらを掴み合っている。
「最近の猫族ってのは、人間に媚びる奴が増えたんだな!お前ら奴らと内通してんじゃねえだろうな!!」
「ふざけんな、お前らが見境なく人間を襲うせいで、こっちにまでとばっちりが来てんじゃねえか!!」
獣人達は互いに殴り合いを始めた。
慌てたアルクが、怯えながらも急いで仲裁に入る。
「ちょ、ちょっと、喧嘩しないで…!」
弱々しい言葉と裏腹に、アルクは左右から飛んで来るパンチや蹴りをかわし、周囲にバリアを展開して、獣人達に距離を取らせた。
「ちっ、なんだお前!見慣れない顔だな……」
「お前ら、覚えとけよ!!」
獣人達はそれで散り散りになった。
アルクは騒動が収まり、ほっと胸を撫で下ろす。
「よ、よかった……。というか、獣人同士でも争ってるなんて……なんかまた無理な気がしてきた……」
言いながらアルクは頭を抱える。
「まあそう簡単にはいかないだろう。とにかく獣人達の現状は大体分かった。次は人間族の中にも話が分かる奴がいないか探してみるか…」
俺が話しながら見上げると、そこにアルクの姿はなかった。
いつの間にか忽然と姿を消していたのだ。
もしや獣人達に攫われたのか?全く、町中でそんな堂々と誘拐されることがあるか?
俺は念話でアルクに話しかけてみたが、応答はなかった。
仕方ない、僅かな匂いを頼りに探すしかないか。
その時俺はまだ知らなかったが、アルクは確かに連れ去られていた。
しかしそれは人間を敵視する者達の仕業でもなければ、命の危険があるものでもなかった。
単に馬鹿げた事態に巻き込まれ、そのせいで俺は、また猫耳忍者になる羽目になるのだった。




