50.獣人の町
「そういえば、何で森に陣地なんて張ってるんだ?」
町へと向かう道すがら、俺はレオに問いかけた。
するとレオは無表情ながらも、気持ち暗い表情をして言った。
「ああ。最近森を抜けて獣人を襲ったり、獣人の子供たちを攫ったりする人間が増えたんだ。だから僕らは森に陣地を敷いて見張りを立てている。
……本来は獣人の領地への侵入を防ぐのが目的だけど、中には見境なく森で人間を襲ってしまう者達もいるから、人間側を刺激してしまっていることは分かってる。隊員の中にも差別的な者はたくさんいるし、全員を統率するのは難しい。」
「そういや、おとといは悪かったな!あんな夜中にうろついてるなんて、絶対怪しい奴だと思ってさ!」
レナが俺とアルクに向かって謝罪した。
「でも、僕は人間だけど、領地に入って大丈夫なの……?」
『僕、町に入った途端に襲われるんじゃ……』
アルクは心の中でビクビクしていた。
ずっと念話を繋げたままなので、心の声が漏れてくる。
「大丈夫だって!あたしらと一緒なら誰も文句言わねえから!リューキの時も平気だったしよ!」
レナは頭の後ろで手を組みながら、ニカッと笑った。
やがて森を抜け、俺達はついに獣人の町へと足を踏み入れる。
すると目の前に開けたのは、人間の町とは全く異なる、色彩豊かな街並みだった。
人間領地の最西端の町、ウエストリアは、全ての建物が石造りでできた灰色の町だった。
その石を植物の葉が覆い、町全体が灰色と緑に彩られている、自然豊かな町だ。
しかし獣人領地の最東端、ガエルダという町は、薄い肌色のレンガでできた建物に、赤青緑などの色とりどりの屋根が乗っかっている。
獣人達は町中を走り回ったり、屋根から屋根を飛び越えたり、縦横無尽に動き回っていた。
一目見て、非常に活気のある町だと分かる。
また、獣人族は猫だけではないらしい。
犬、うさぎ、狸……たくさんの種類の耳が、街中に溢れていた。
「わ、わあ、すごい……」
アルクの目は、色鮮やかな景色を見て輝いていた。
「ここは猫族の町で、さらに西に進めば他の種族の町もある。だけど見ての通り、町を訪れる他種族も多い。
森の護衛は主に猫族の担当だから、君達は他種族を見るのは初めてかな。」
レオが淡々と説明する。
町を歩いていると、獣人達が俺やアルクを見て、ひそひそ話す声が聞こえた。
「おい、人間だぞ。レオ様達と一緒ってことは客人か。」
「見ろよ、黒猫なんて初めて見たぜ!」
「あの黒髪、一瞬あの勇者かと思ったわ…」
アルクは視線を感じて落ち着かなげに、キョロキョロ周りを見回している。
「あはは、黒髪や黒猫ってのは、この世界じゃすっげー珍しいんだよ!ここじゃ毛の色が濃い奴ほど強いって言われててさ、あんたら最強かもよ!」
「そ、そう、なんだ……」
アルクはまだ、獣人達から石を投げられはしまいかとビクビクしているようだ。
俺達はその日から数日間、ガエルダの町に滞在することにした。
レオが衛兵隊の営舎の一室を特別に貸してくれたので、宿代は必要なかった。
レオとレナは年齢こそ13歳と若いが、猫族の衛兵隊長と副隊長を務めているとのことだ。
「君達に獣人族のことを知ってもらって、この戦いにどう終止符を打つか、一緒に考えてほしい」
レオはそう言った。
もちろんすぐに戦いを終わらせるなんてことはできないが、そこへ向けての第一歩を踏み出したいのだ。
俺もアルクも、もちろん同じ気持ちだった。こうなったら魔王の件をどうするかは、成り行き次第で考えるしかない。
営舎に案内された俺達は、レオとレナによって隊員達に紹介された。
最初こそ疑いの目を向けられた俺達だったが、レナが「こいつはリューキと同じ意思を持つものだ」と説明しただけで、隊員達の雰囲気は一変した。
「まさに救世主だ!リューキがいなくなって、また振り出しに戻っちまってさ…」
「ほんと同じ黒髪なんだな、リューキの生まれ変わりじゃないよな?」
「ちょっとその黒猫、もふもふしたい……」
ワイワイと俺達の周りに集まる隊員に気圧されながら、アルクが念話で話しかけてくる。
『なんか僕以外の勇者たちって、ハルトさんもそうだけどリューキさんという人も、本当に皆から慕われてたんだね……僕だと力不足なんじゃ……』
『お前な、俺達の世界ではお前だって十分尊敬されてただろうが』
『え、そうだっけ……』
アルクは身に覚えがないという顔をした。
俺達はそこで猫族の兵士達から、現在の戦闘状況について聞かされた。
魔王、いや獣王が二年前に復活してからというもの、人間達はガエルダへの侵攻を何度も企てた。
最初に侵攻してきたのはリューキだったが、その目的は戦闘ではなく対話だった。
そこでリューキは11歳のレオとレナと出会い、獣人族と人間族の和平に向けて協力をすることを誓う。
リューキはガエルダに滞在し、人間に対して獣人との和解を訴え始めた。
同じ心を持つ者同士、対話によって和平を結ぶべきだと。
しかしそれを聞いた人間達は激怒し、魔王により勇者が洗脳されたとの噂が瞬く間に広がる。
獣人達の間にも、リューキは人間の密偵だと訴える者が多かった。
その後も人間族との攻防を繰り返したが、半年前ついに、勇者リューキは命を落としてしまう。
それから状況は悪化の一途を辿っている。
勇者不在となった人間達はさらに猛り、自らが勇者の代わりに魔王を打つと表明する者もいた。
何度も侵攻を企て、獣人を見つけては襲い、捕らえた者を奴隷として虐げる。
獣人達も呼応するように好戦派が激増し、同じく人間を見境なく襲い出す。
今や毎日どこかしらで小さな争いが起きている。
このままではいずれ、大戦争に発展しそうな勢いだという。
「そ、そんな……」
大戦争と聞いて、アルクは戸惑う。
もしそうなったら俺達も戦闘は避けられないし、人や獣人を殺めてしまう可能性だってある。
俺もアルクも、純粋に邪悪な魔物や魔族しか殺したことがないのだ。
心ある者を殺めることはもちろんしたくない。
「そうならないためにさ、あたし達が協力すんじゃんかよ!」
レナはまた、アルクの背中をパアンと叩いた。
「ああ。ここにいる兵士達だって、最初はリューキを信じなかった。長い時間説得して、やっと受け入れてくれたんだ。最も、まだ反対派もいるけどね。
だから僕は人間族にだって、僕達の考えに共鳴してくれる人はいると信じている。ただ声を上げることができないだけで。」
レオが相変わらず無表情に言った。
「おう。人間側の仲間を増やしたほうが、人間族の説得も捗るだろうな。俺達のほうで見込みのある人間を探してみるか。」
俺が話すと、途端に兵士達がざわめいた。
「しゃ、喋った!!あの猫喋ったぞ!!」
「やっぱ黒猫ってすげえんだな……」
「ああ、もふもふしたい……」
その時、部屋に一人の隊員が慌てて走り込んできた。
「た、大変だ!!また子供が二人攫われちまった、今すぐ来てくれ!森に人間達が押し寄せて、後を追えないんだ!!」
やれやれ、本当に毎日、こんなことが起きているのか。
アルクは恐怖の表情を浮かべて固まっていた。
とにかく行くしかない。
俺達は兵士達と一緒に、急いで森へと走り戻った。




