49.亡き勇者
「ゆ、勇者って……。」
アルクの問いかけに応えたのはレナだった。
「勇者だよ!魔王討伐の運命を背負わされてるっていう人間さ!あいつも初めて会った時、あたしに敬語を使ったんだぜ!!」
さっきまでの怒りを忘れたように、レナが楽しそうに話し出した。
「あたしが襲い掛かったら防がれてさ、反動で怪我しちまったんだけど、そいつ回復魔法であたしの怪我を癒したんだ!!まじで目からウロコだったよ……」
レナが話しているのは、魔王に取り入られ命を落としたという、あの勇者のことだろうか。
「で、その勇者ってのは……」
俺が問いかけると、とたんにレナは暗い顔になった、
「……死んじまったよ。いい奴だったのに……」
レオも隣で頷いた。
「……ああ。彼は君達と同じように、獣人に対する偏見を持っていなかった。魔王…いや獣王に会って話がしたい、何とか戦いを終わらせたいって、僕達に言ったんだ。
……だけど人間は、勇者が魔王から洗脳されたと思ったらしい。人間達は表向き、勇者は魔族、つまり獣人族に殺されたと公言しているけど、違う。
今から半年ほど前のことだ。獣人族の領地に侵攻してきた人間達が、勇者を袋叩きにしたんだ。勇者が魔族に寝返ったと思い込んだんだよ。
勇者は本来、普通の人間に殺されるほど弱くない。
だけど彼は優しいから、反撃して人を傷つけることを恐れたし、長引く戦争状態に疲れ果て、半ば諦めてしまったんだ。
そのまま人間達によって、殺されてしまったよ。」
「そ、そんな………」
アルクは驚愕して目を見開いていた。
これでは人間達のほうが、余程蛮族ではないか。
「お前たちのその話、信じていいんだな?」
俺が尋ねると、レオはまた少し口角を上げた。
「ああ。少なくとも僕達にとっては、それが真実だ。人間側が真実を、どう解釈しているかは知らない。おそらく人間のほうにも事情はあるんだろう。
……僕達獣人族だって、完全なる被害者という訳でもないんだ。
過去には獣人族が逆に、人間の領地に侵攻したという記録もある。大量虐殺が行われたと聞いてるよ。
どちらがこの戦いを始めたのかは、もはや分からない。
ただはっきりしているのは、互いに加害者であり、被害者であるということだ」
俺達はしばらく黙り込んだ。
人間と獣人の確執は、相当根深い。
そして今俺達が獣王を討伐することは、その確執をさらに深めるだけだった。
全く、人間の神というのは一体何なのだ。
神力だか何だかのために見境なく魔王討伐を目論み、勇者にその責務を負わせ、魔族側の生き物には一切の慈悲を施さない。
本当の蛮族というのは、神ではないのか。
魔王が魔族たちにとって神のような存在ならば、人間と魔族の対立とは神と神の対立であり、神が世界をそう定める限り、戦いは永遠に終結しないのではないか。
そこでレオがまた口を開いた。
「今は亡きその勇者は、名をマルニスと言った。君と同じ黒髪の男だったよ。…だけど彼には、別の世界で生きた記憶があったようだ。僕達は彼をリューキと呼んだ。彼がその名で呼ばれることを望んだからだ。」
「リューキ……さん……」
アルクがその名を呟く。
その男もハジメ・シロヤマのように、元居た世界での名で呼ばれることを望んだのだろう。
「君のことは、アルクさんと呼んでいいのかな?」
レオはおそらく、アルクにも前世の記憶があると感づいているようだ。
アルクは少し驚いた顔をするが、静かにこくりと頷いた。
「僕は、この名前が好きだから。アルクでいいよ……」
ハジメ・シロヤマや、おそらくリューキとも違って、アルクの前世ユウトは、幸せな人生を送れなかったのだ。
アルクは前世の名で呼ばれることを望まなかった。
レオはそれを聞いて、また静かに頷く。
「ではアルクさん。あなたももしかして、魔王討伐の責務を負わされているのではないかな?」
下を向いていたアルクは、驚いて目を上げた。
リューキと同じ黒髪を持ち、獣人族に偏見がなく、おそらく前世の記憶があるアルクだ。レオにとってアルクが、リューキと同じ運命を背負っていると推測するのは簡単だったようだ。
アルクはまた目線を下に落とし、念話で俺に向かって話しかけた。
『しょこら……。僕達のこと、どこまで話してもいいのかな……』
俺もそれを考えていた。
出会ったばかりの相手を信用して、全てをさらけ出すには時期尚早かも知れない。
しかし隠すまでもなく既にレオとレナは、俺達の目的に気付いている。
俺達を騙そうとしているとは思えないし、異世界から転移してきたという突拍子もない話も、おそらく受け入れるだろう。
それで俺達は、この世界に来た経緯について、二人に説明した。
ある男の協力により、元の世界の魔王を討伐したこと。
しかしその男が戦いの中で命を落としたこと。
その男の魂を救うことと引き換えに、この世界の魔王討伐を引き受けたこと。
しかし元の世界と異なり、この世界の魔王は単なる邪悪な存在ではないことを、ここへ来て初めて気づいたこと。
俺達が話し終わると、二人はしばらく何も話さなかった。
沈黙を破ったのはレナだった。
「仲間の体を乗っ取るなんて、まったく、あんた達の世界の魔王ってのはひどかったんだな!そんな奴がいるから、こっちまでとばっちり食らってるみたいなもんだ!!」
レナがフーッと猫みたいに唸ると、体の産毛が少し逆立った。
レオも続けて口を開く。
「ああ。仲間を攻撃しなければならないなんて、……すごく辛いことだ。
君達がこの世界の魔王討伐を決意したことを、責める気は一切ないよ。君達には君達の事情があるんだ。それに神から、何も聞かされていなかったんだろう。」
アルクより小さい体をしているのに、二人は大人だった。
俺達の心情を一番に考え、責めることなく気遣ってくれているのだ。
「………ご、ごめん、なさい……例え知らなかったと言っても、僕、よく知りもしないで、ただ独りよがりな願いを抱いてて……」
アルクはぽろぽろと目から涙をこぼした。
「……だけど僕、今は、この世界の魔王を倒したいだなんて、思わないよ……」
そう言いながらも、アルクの脳裏にはハルトの姿が浮かんでいることが、手に取るように分かる。
魔王を倒さなければ、ハルトの魂は救えない。
それに、元の世界へ戻り、家族と再会することもできなくなるのだ。
おそらくそんなアルクの心中を察して、レナは明るい声で言った。
「まっ、今考えたって仕方ないじゃん!それよりさ、あたしらの町に来ない?リューキもすっげえ楽しんでたよ!あんた達にとって、獣人って珍しいんだろ?」
レナはバァンとアルクの背中を叩いた。
「めそめそすんなって!!」
アルクは弱々しく笑い、意見を求めるように、俺の方を見つめた。
「ああ。とりあえず俺達の目で町を見てみるぞ。正直俺達がどうあがいても、今すぐに問題の根幹を解決できる訳じゃない。
それよりは目の前の問題を片付けながら、解決の糸口を探っていくしかない。」
俺がそう言うと、アルクは少し元気を取り戻し、こくりと頷いた。
レオは興味深そうな目で、俺達を見つめた。
「面白い。僕は君のような猫を初めて見たよ。…それに君達はとても良いパートナーだね、お互いを信頼し合っている。」
アルクはそれを聞いて、小さく微笑んだ。




