48.双子
俺達はミッド・フォレストを、西に向けて進んだ。
依頼書によれば、獣人達の陣地はちょうど森の真ん中付近に位置している。
森には魔族領と人間領の境界はなく、魔王が復活してからというもの、獣人と人間のいざこざが頻発しているらしい。
俺達のいた世界と違って、雑多な魔物に襲われることがないので、森を歩くのは簡単だった。
「しょこら……。こうやて森を歩いてると、ハルトさんのこと、思い出すね。」
アルクが足元を見ながら呟く。
俺はハルトや護衛隊員と一緒に、黒霧の森で実地訓練を行ったことを思い出した。
三人で行動した日の夜、俺達はハルトの前世、勇者ハジメ・シロヤマの生い立ちについて聞いたのだ。
「僕達、ハルトさんの魂を救うために、この世界の魔王を、討伐しないといけないよね……」
アルクは自分に言い聞かせるようにそう言った。
そう、俺達は何としても、魔王を倒さなければならない。
自らの命を賭して俺達を導き、献身してくれたハルトのためにも。
しばらく無言で歩いていると、俺の耳に何かがコソコソと動き回る音が聞こえた。
俺はピタリと立ち止まり、周囲を警戒する。
「しょこら?どうし……」
アルクの質問が終わる前に、周囲の茂みが一斉にガサガサと揺れた。
そして次の瞬間、数十人の獣人が飛び出し、俺達を取り囲んでいた。全員猫耳と尻尾が生えている。
「動くな!!」
獣人の一人が俺達に向けて怒鳴った。
全員槍を持っている。俺達が最初の夜に遭遇した女の獣人が持っていたものと同じだ。
俺はふと、同じ猫耳を持つ者同士、言葉が通じるかも知れないと思った。
「……落ち着け、俺達に戦う意思はない。」
試しにそう言ってみると、獣人達がざわめいた。
どうやら言葉は通じたようだ。
「な、あの猫、言葉を話せるのか……?」
「どういうことだ、獣人族ではないのに……」
しかし、最初に怒号を上げた獣人が、仲間達を戒める。
「みんな、騙されるな!猫を連れていようが、こいつは人間だ。奴らは獣人族をただの獣としか思っていない!さあ、捕らえるんだ!!」
その言葉に呼応して、うおおおおおと雄叫びが広がる。
獣人達が一斉に、ジャンプして槍を振りかざした。
「「「うわっっ!!!」」」
最初に攻撃を仕掛けた数人の獣人達が、バリアに弾き飛ばされる。
数人は尻もちをつき、数人はグラリと体のバランスを崩した。
その後も立て続けに槍が降り下ろされ、中には火炎魔法を発射する者もいたが、全てはバリアによって弾かれた。
「な、なんだあいつの結界、ビクともしねえ……」
攻撃手段を考えあぐねている獣人達に、アルクが弱々しく叫び返す。
「あ、あの、だから僕達は、戦いに来たんじゃなくて……!」
「うるせえ!人間はいつもそうやって、俺達を騙すんだ!」
「どうせあたし達を丸め込んで、奴隷にでもするつもりだろ!!」
「みんな怯むな、とっとと奴を殺……」
「皆、待て!!」
猛る獣人達の声が飛び交う中、ひときわ大きな声が響き渡る。
その声を聴いて、獣人達は一斉に口をつぐんだ。
そこにいたのは、茶色い猫耳と尻尾を持つ、若い男の獣人だった。
耳と同じ濃い茶色の髪を生やし、顔は小さく顎が尖っている。男は無表情に、青い瞳をこちらに向けている。
その顔は性別こそ違えど、俺達が最初に見た女の獣人にそっくりだった。
「…君達、一昨日の夜、僕に似た女の獣人に遇わなかったか?」
男は落ち着いた声で俺達に問いかける。
「え、は、はい、遇いました……み、道を教えてもらって……」
アルクがおずおずと答えると、男は頷いた。
「やっぱり。黒髪に黒猫と聞いていたから、もしかしてと思ったんだ。……手荒なことをして済まない。案内する、少し話をしよう。」
アルクよりも少し年下に見えるその獣人は、他の誰よりも大人びた表情をしていた。
男の言葉を聞いて、獣人達は皆構えていた槍を下ろした。
『しょ、しょこら、これ、ついて行って大丈夫だよね…?』
『ああ。もし罠なら反撃すりゃいい。』
俺達は男に案内され、獣人達と一緒に歩き続ける。
数分後、おそらく陣地と思われる野営地へと到着した。
そこには複数のテントが張ってあり、それぞれ作戦所や休憩所、飯を作る場所などに分かれているらしい。
男は俺達を、そのうちの一つのテントへと誘った。
「お、おじゃま、します……」
アルクが落ち着かなげにそう言うと、男は少し目を大きくした。
「……妹から聞いたとおり、君はやはり変わっているようだね。……そして、そこの黒猫君も、どうやら言葉が話せるらしいね。」
「おう。よろしくな。」
俺が答えると、男は初めて無表情を崩し、口角を気持ち上向きに上げた。
「あ!あんた、おとといの奴じゃん!!」
突然の大声に驚いて振り向くと、テントの中に、例の女の獣人が入り込んできていた。
「兄貴、よくこいつら見つけてきたな!」
思ったとおり、二人は双子らしい。
顔はそっくりだが、男は青い目、女は赤い目を持っていた。
髪の色や長さは同じ(濃いめの茶色、顔の周りを覆う短髪)だが、兄が直毛なのに対し、妹はくせっ毛だった。
妹は今日もタンクトップに短パンだが、兄のほうは白い兵服を着ている。
「僕はレオン、妹はレナンだ。レオとレナって呼んでくれ。」
レオはアルクに右手を差し出した。
その手は人間の手と同じだが少し毛深く(ここも毛は茶色だ)、爪は猫のように長く尖っていた。
アルクはその手を握り返す。
レナのほうはしゃがみこみ、興味津々で俺を眺めまわし、クンクン匂いを嗅いでいる。
そしてハイタッチするように手のひらを俺に向けたので、俺は肉球で応えてやった。
「へへ、やっぱあんたら、変わってんな。」
レナは二カッと笑った。
真顔で淡々と話す兄とは違い、妹は表情豊かだった。
「え、えっと、あ、アルクです。こっちはしょこら……」
アルクはまだ緊張している。
「アルクさん、しょこらさん。仲間達が手荒な真似をして、申し訳なかった。」
レオが改めて謝罪する。
「最も、僕ももし妹から話を聞いていなければ、君達を攻撃していたかも知れない。
……しかしおそらく、君達は僕ら獣人族に対して、偏見を持っていないね?」
レオは青い目で、俺達をじっと見つめた。
アルクはためらいながら、こくりと頷く。
「えっと、はい……。ぼ、僕達事情があって、すごく遠くから来たので、よく分からないんですけと……。どうして、人間と獣人族は……」
「そんなの、決まってんじゃん!人間はいつだってあたしらをただの獣だと思ってんだ、自分達が一番偉い種族だと思ってやがんのさ!!」
レナが怒ったように声を荒立てる。
人間のことを考えただけで虫唾が走るようだ。
レオもこくりと頷く。
「ああ。僕ら獣人族と、人間族は歴史的にずっと戦いを繰り返している。過去には和平協定のようなものが交わされたこともあったようだけど、互いに交流が増えると、人間は獣人を奴隷扱いするようになった。
もちろん人間全員がそうだった訳じゃない。
だけど獣人族のほうでも、反発して人を襲ったり殺めたりするものだから、結局お互いに憎み合う存在になってしまうんだ。それに……」
「それに!!人間はいつだって、獣人族の王を殺そうとするんだ!魔王討伐だか何だかほざきやがって!!」
レナのその言葉を聞いて、アルクは蒼白になった。
それはまさに、自分達がしようとしていたことなのだ。
「おい。獣人族の王ってのは、復活するもんなのか?」
俺の問いかけに、レオは頷く。
「ああ。本来獣人族の王は不死身だ。たとえ人間から“討伐”されても、王の魂は百年後には復活するんだ。人間でいう、生まれ変わりみたいなものだ。
だけど人間は獣王を恐れて、復活する度に討伐しようとする。いや、恐れてというより、人間には人間の大義名分がある。
いわゆる魔王を討伐して、自分達の世界を作り上げた神に力を捧げるのさ。」
アルクは完全に無言になった。
レオはそんなアルクをじっと見つめながら、呟く。
「……君はやはり、あの勇者にとても似ているね。」




