47.対立
「魔王はとっくに復活している」
女性の言葉に俺達は、しばらく茫然と立ち尽くした。
女神からはそんな話は一切聞かされていない。
もしかしたら、あのへっぽこ女神も、神王とやらから何も聞かされていなかったのかも知れない。
とにかく俺達は、魔王についてもっと知る必要があった。
「え、えっと、それじゃ勇者は……」
勇者は命を落としたと聞かされている。
魔王が復活し、その戦いの中で命を落としたのだろうか?
「勇者のことも知らないのかい。あんた、今まで家に引きこもってでもいたのかい?
勇者はね、何というか、魔王に取り込まれたんだよ。魔王が復活してから魔王領に乗り込んだはいいが、そのあと洗脳されたか何だかで、魔王との闘いを放棄しちまった。
それから呆気なく、魔族に殺されたって話だよ。全く、勇者ともあろう者が、聞いて呆れるよ。」
ふと気が付くと、周囲にいる他の冒険者達が、不穏な目で俺達を見つめていた。
勇者の話が出た途端、ギルド内の空気の色が変わったようだ。
すると一人の粗削りな冒険者が、アルクに向かって怒号を上げる。
「おい、てめえ!ここで勇者の話なんかしてんじゃねえよ!」
スキンヘッドのその男は、その背に巨大な剣を背負っている。
その柄に手を伸ばして、今にも剣を引き抜こうとせんばかりの勢いだ。
『ひいっ!!しょ、しょこら、なんであの人怒ってるの!??』
『知るか。無視しとけよあんなハゲ。』
アルクは心中かなり動揺しているものの、緊張しすぎて顔は例のごとく硬直していた。
念話では焦って話すくせに、実際に声は出てこない。
それが余裕ぶった態度に見えたのか、ハゲはペッと床に唾を吐いた。
(汚いので俺が密かに浄化魔法で消し去った)
「てめえ、まさかあの勇者の仲間だったのか!?」
ついにハゲは剣を引き抜き、大きく振りかぶる。
ガキイイイイィィィィィィン!!!
この世界に来て二度目の、刃物が触れ合う音が響いた。
全くどいつもこいつも、喧嘩っ早い奴らばかりだ。
怯えていても体だけは反射的に反応するアルクは、剣でハゲの大剣を受け止めていた。
そして屈強なハゲは押し返され、床にドサリと尻もちをつく。
「ちっ、覚えとけよ!!」
ありきたりな捨て台詞を吐いて、ハゲはギルドから出て行った。
一部始終を見ていた冒険者達は、アルクに不審な目を注ぐのを止め、そそくさと視線を逸らした。
「まあ、あんた強いんだね。……でも気を付けな、魔王討伐に失敗してから、皆勇者に腹を立てているからね。あまりその話題を持ち出すんじゃないよ。」
受付の女性は、小声でアルクに忠告した。
ギルドを後にしながら、俺達は考えを巡らせていた。
「まさか魔王が、もう復活してたなんて…。てことは僕達は、すぐにでも魔王領に向かわなきゃいけないってこと……?」
「いや、もう少し情報収集してからの方がいいだろう。この世界の魔族とやらがどんな奴らなのか、どんな力を使うのか、何も分からないんだ。」
「そ、そうだね……」
俺は話しながら考えていた。
あの森で出会った獣人は、「人間の町」という言葉を使っていた。あの獣人は、魔族側なのだろうか。
どうやらこの世界は、俺達がいた世界とは様相が異なるらしい。
なかなか厄介なことになりそうな予感がした。
とにかく俺達は、当面の間の金を稼ぐ必要があった。
この世界の通貨は、俺達の世界のものとは異なるからだ。
ギルドから手渡された複数の依頼書に、俺達は目を通す。
Sランク向けの依頼を受けられる者は多くないらしい。ギルドはアルクに複数の依頼書を手渡し、できる範囲で遂行してくれと頼んだのだ。
それはほとんどが、町の外にある森 (ミッド・フォレストだ)に関するものだった。
しかし内容は、単なる魔物討伐ではない。
ここ最近、魔族領に生息する獣人達が、森を徐々に侵攻している。
依頼の一つは、森の中にある獣人達の陣地を襲撃し、一掃するというものだった。
他の依頼も似たような内容で、大半が獣人を「討伐」するというものだ。
中には獣人の子供を数人、奴隷用に捕らえるというものまである。
ひととおり目を通したアルクが、驚愕して俺を見る。
「これ、すごくひどい内容ばかりだ!ぼ、僕、こんな依頼引き受けられないよ……。
獣人って言っても、相手はちゃんと心を持った人たちだよね!?昨日見たあの人も、普通の人間みたいだった……」
全くその通りだった。
どうやらこの世界の魔族は、俺達の世界にいるような、本能的に人間を攻撃する魔物ではない。
魔王の配下のように、ただ人間を虐げることに喜びを感じるような奴らでもない。
おそらく、単に種族が異なるというだけで、この世界では人間と魔族が対立しているのだ。
「…ちっ、神王とやらは、全部知ってるに違いない。だから俺達に、事前に情報を与えなかったんだ。」
俺はここへ来て、やはり都合よく利用されていたのだという思いを強くした。
しかし異世界に来てしまった以上、魔王を討伐しなければ、俺達は元の世界へは帰れない。
アルクの家族やリーンに会えなくなるし、ハルトの魂も救えなくなる。
つまり、まんまと神王の思惑にはまってしまったのだ。
とにかく俺達は宿代だけでも稼ぐため、獣人に関係のない依頼からこなすことにした。
森に生息する植物系魔物によって張り巡らされた罠を取り除くというものだ。
ここ数日爆発的に増殖しているらしく、同じ依頼に向かう冒険者も多かった。
森の中で罠を焼き払いながら、俺達は他の冒険者達の様子を探った。
「ちっ、あちこちに罠を張ってやがる。何だってこんなに増えたんだ…」
「獣人達の仕業じゃないの?最近この辺りで目撃されてるって話だし」
「くそ、あの蛮族め、俺が見かけたら叩き殺してやる!」
どの冒険者も、一様に獣人を毛嫌いしているようだ。
アルクは、罠を火炎魔法で焼き払いながら、しょんぼりとため息をつく。
『ここの人達、みんな獣人が嫌いみたいだ……。誰か、違う考えを持つ人はいないのかな…』
『いたとしても、大っぴらに反論できないだろうよ。そんなことしたら、袋叩きにされるのがオチだ』
多数派と争うのは厄介なのだ。
獣人に関係のない依頼を全て遂行した俺達は、当面の旅費を手に入れた。
夜、宿屋のベッドに横たわりながら、俺達はまた今後について考える。
「他の依頼は、獣人関係ばかりだ。とてもできそうにないね…。明日、ギルドに返そうか?」
アルクは仰向けに寝そべり、残った依頼書を顔の前にかざして眺めている。
「しかし、このまま他の依頼ばかり受けていても埒が明かない。…ちょっと紙を見せろ。」
俺はアルクの顔の横に座り、依頼書を見上げる。
どさくさに紛れて俺の尻尾をつかもうとする手を、俺は尻尾でパーーンとはたく。
「獣人達の陣地に乗り込むって依頼だが、これを受けてみるか。」
「ええっ、でもそれじゃ獣人と戦うってこと…?」
「いや、ここには奴らの陣地を一掃しろと書いてある。皆殺しにしろとは書いていない。話し合って平和的に退いてくれりゃ一番いいだろ。
……まあ、そううまくはいかないと思うが、少なくとも獣人側の話を聞けるかも知れない。
正直今の俺達はまだ、獣人について何も知らない。奴らがもし本当に蛮族で、無差別に人間を殺すような奴らなら、俺達だって容赦する必要はないだろう。そうでないなら……俺達は戦い方を考える必要がある。」
正直、獣人の意見を聞いたところで、状況が改善するとは思えない。
しかしこのまま避け続けても、得るものがないのも確かだ。
「……そ、そうだね。まず行ってみないと、獣人達のこと、何も分からないしね……」
翌日俺達は、獣人達に会うべく、森を西に向けて進んだ。




