46.異世界
俺達はどこか知らない場所の、知らない森の中にいた。
辺りは真っ暗で、物音ひとつ聞こえない。
ただどこからかホーホーという、フクロウのような鳴き声が聞こえるだけだ。
そこが惑わずの森ではないことは分かる。匂いが違うのだ。
おそらく植物の種類が違うのだろう。
気づけばアルクは俺を地面に下ろしていた。
そして気分が悪そうに、両手で顔を覆っている。
「おい、大丈夫か。」
「う、うん、なんかちょっと酔ったみたい……。これって転移酔いっていうのかな……」
アルクが落ち着いた頃、ようやく俺達は、周囲を警戒しながら少しずつ歩き始めた。
アルクは念のため、手に剣を握りしめている。
辺りは本当に真っ暗だ。
猫の俺は暗視できるが、人間の目では何も見えない。
アルクは光魔法をランプのようにかざし、周囲を照らしながら進んだ。
「しょ、しょこら……。どっちに行けばいいんだろ。町の灯りみたいなのも、全然見えないね……」
「ああ。少し歩いて、無理そうなら適当に野営するぞ。明るくなってから出直すしかないだろ。」
「そ、そうだね……って、うわっ!!」
その時、俺達の背後の茂みがガサガサッと揺れた。
アルクは思わずビクっと飛び上がり、振り返る。
「な、なに今の音……!?」
すると次の瞬間、茂みの中から急に何かが飛び出した。
アルクは怯えながらも反射的に剣をかざし、その何かを迎え撃つ。
ガキイイイイィィィィン!!!
真夜中の森に、刃物が触れ合う音が鳴り響いた。
それは人間か、もしくは人型の魔族のようだった。そいつが降り下ろした槍の先端を、アルクの剣が受け止めている。
反動で跳ね返された相手は、ぐらりと体制を崩した。
「ちっ!」
女の声だ。そいつはすぐさま次の攻撃を仕掛けようとする。
しかし俺がジャンプして、その腹に猫キックを食らわせた。
「ゲホッ……!!」
突き飛ばされた相手は地面にドスンと尻もちをつく。その手は槍を取り落とした。
アルクが剣先を向けると、そいつは両手を上げて降参の姿勢を取った。
「…ちっ、分かったよ。あたしの負けだ。焼くなり食うなり好きにしろ。」
アルクが剣を下げ、光魔法を近づけると、その姿が照らし出された。
そいつは角を持っていない。つまり魔族ではない。
しかし代わりにその頭には、茶色い耳がついていた。俺が変身した時のような、猫耳だ。
よく見ると尻からは、茶色い尻尾が生えている。
耳と尻尾を除けば、見た目は人間と同じだった。
服も同じで、タンクトップに短パンという動きやすさ重視といった恰好だ。
『しょ、しょこら、これってもしかして、獣人……?』
アルクが唖然として、念話で俺に問いかけた。
動かない俺達を見て、その獣人は怪訝な顔をした。
「…おい、殺すならさっさと殺せよ!」
しかしアルクはもちろん、殺すつもりはない。
代わりに獣人に向かって、おずおずと尋ねた。
「あ、あの……。こ、この近くで、一番近い町って、どこですか……」
質問されて、しばらくその獣人はきょとんとした顔をした。
「…お前、あたしに話しかけてるのか?」
「え?は、はい……」
「………」
しばらくアルクの顔を見つめた後、獣人は首を振りながら立ち上がった。
「全く、変な人間だな。で、近くの町ってのは、人間の町ってことで良いんだな?」
「は、はい……」
「それならこの森をまっすぐ東に抜けろ。そしたら見つかるだろうよ。」
「あ、ありがとう、ございます……」
獣人はまだアルクを見ていたが、ちっと舌打ちして槍を拾い上げた。
そしてその後は振り返りもせず、さっさとその場を去ってしまった。
さすが獣人だけあって、生い茂る木々の枝から枝へとジャンプしていた。
その姿を見送りながら、アルクが呟く。
「しょこら……。僕、獣人って初めて見たよ……。この世界には、いるんだね……」
「ああ。とにかく今日はこの辺で野営して、明日東に向かうとするぞ。」
「う、うん、そうだね……」
獣人を見たことで俺達は、異世界に来たのだという実感を強くした。
俺達は結界を張り、アイテムボックスからテントを取り出し、その日は森の中で眠りについた。
翌朝、俺達は東へと向かって出発した。
太陽の位置を頼りに、真っすぐ進み続ける。
途中で魔物に遭遇するだろうと思っていたが、意外にも何事も起こらなかった。
たまに植物系魔物の罠を見つけたが、俺達を襲ってくるゴブリンやホーンラビットなんかはいなかった。
やがて太陽が真上に上った頃、俺達はやっと、森から抜け出すことができた。
森を抜けるとそこは小高い丘のようになっていた。
その先の平地は、左右を大きな山に挟まれている。
そしてその平地に、町が広がっていた。異世界の町だ。
コクヨウがいないので、俺達はそこまで歩くしかない。
歩きながらアルクは、はっと思い出して言う。
「そういえばさ、僕、この世界の冒険者カード持ってないよね……。み、身分証になるものないけど、大丈夫なのかな……」
アルクは念のため、自分のカードを取り出す。
すると、ランク欄に記載されていた「勇者」の文字は消え、代わりにランクはSと表示されていた。
もともとランクアップすると自動的に表示が変わる仕様だ。
この世界の本来の勇者ではないため、代わりに対応するランクが表示されているのだろうか。
「で、でもこれで、通用するかも……」
俺達が門に近づくと、門衛は怪訝な顔をした。
「…君、あの森を抜けて来たのかね?」
門衛は不審な目でアルクを見て、ちらりと俺に視線を向けた。
「え、えっと……。」
アルクは言い淀む。どこから来たと言えばいいのだろう。
「身分証を見せてもらおう。」
そう言われてアルクはおずおずと、冒険者カードを提示した。
すると門衛は、Sランクの表示を見て驚いた表情を見せた。
しかしそれからは何も言わず、さっと脇に避け、俺達を町へと通してくれた。
「よ、よかった。町に入れないかと思ったよ……」
その町では、全ての建物が濃い灰色の石造りでできていた。
まるでその辺の石をそのまま使用したような色合いで、壁には植物の蔓や蔦なんかが絡んでいる。
町全体が暗い色調で覆われていたが、決して暗い雰囲気ではない。
あたかも自然と共生しているかのような町だ。
元の世界とは異なる雰囲気に、俺達は再度、ここは異世界だと実感する。
俺達は最初にもちろん、冒険者ギルドを探した。
冒険者カードが身分証として使用できたなら、この世界にも冒険者ギルドはあるはずだ。
俺達がまずすべきなのは、この世界に関する情報収集だ。
今の俺達には正直言って、必要な知識が何もない。
ここはどこなのか。この大陸は何と呼ばれ、どのような形をしているのか。この町はどこに位置しているのか。
魔王復活までに残された時間は、どのくらいなのか。
この世界にも、魔王領というものがあり、魔王はそこで復活するのか。
その他、この世界に関する基本的な情報を、俺達は得る必要がある。
幸い言葉や文字は分かるので、すぐにギルドを見つけることができた。
アルクは怪しまれない程度に、受付の女性に対して、この世界に関する質問をする。
受付の女性はふくよかで愛想の良いおばさんだ。
アルクにこの世界の地図をくれ、この町が大陸のどこにあるかを教えてくれる。
「あんた、本当に何も知らないんだね。地図を見たことないのかい?クラウド大陸は大きく東と西に分かれていて、西は魔族領、東は人間の領域だ。
真ん中の森で分断されていて、その森ってのがこの町の外にあるミッドフォレストだよ。つまりここ、ウエストリア町は、人間が住む土地の一番西の端っこにある。」
女性は地図の真ん中に広がる森のあたりを指さしながら説明した。
魔族領が既に大陸の半分を支配しているという事実は、俺達を少なからず驚愕させる。
「じ、じゃあ、もし魔王が復活したら……」
この町は一番に襲われるのではないか。アルクはそう考えたのだ。
しかしそう言ったアルクを、女性は怪訝な顔で見つめた。
「何言ってるんだい、魔王は二年前に、とっくに復活してるじゃないか!」
衝撃の事実に、俺達はしばらく茫然と立ち尽くすだけだった。




