45.出発
俺とアルクは出発の準備ができ次第、女神に召喚されることになっていた。
今回、神王と呼ばれる者が俺達に特別に神託を下したのには、いくつかの事情が絡んでいるらしい。
まず転移先の世界には、勇者がいない。
魔王討伐を達成する前に、命を落としてしまったというのだ。
勇者不在となった世界で、新たな勇者の誕生を待つ余裕はない。
適当な人間を選び、勇者称号を授与することも検討されたが、レベルアップには時間がかかる。それに、成長した人間に勇者スキルを付与するには、莫大な神力を必要とするらしい。
そこで、異世界から勇者を転移させてはという議論が神界で持ち上がった。
転移にも神力は必要だが、成長した人間への称号付与よりは、負担が少ない。
また異世界の勇者であれば、既にレベルも十分高い。
つまり、ちょうど俺達の世界で魔王を討伐し終えた俺達は、適任だったという訳だ。
正直、また神に良いように利用されているとは思う。
しかし少なくとも今回、神王と俺達との利害は一致していた。
神王は俺達に、異世界の魔王を討伐することを求めている。
俺達は、ハルトの魂が救われることを望んでいる。
ハルトの魂から禁忌の呪いを浄化し、輪廻転生の輪へと戻すことは可能だという。
しかしそれには莫大な神力が必要で、俺達がこの世界の魔王を討伐した見返りとしては、過分な願いだという。(本当にそうなのか、俺達に確かめる術はない)
しかし神王は、俺達が条件を呑むならば、その願いは聞き入れるに値すると考えたらしい。
異世界の魔王討伐に成功すれば、ハルトの魂を救い、次の輪廻で生まれ変わらせることを、神王自らが約束したのだ。
そして女神曰く、ハルトが二つの時代に渡り魔王討伐に尽力したことも、神王が慈悲を施す一因となったらしい。
目的のためには、背に腹は代えられない。
アルクの見合いも無事終わり、俺達は出発する日取りを決めた。
出発前夜、アルクはベッドに潜り込みながら、不安な表情を見せていた。
「ねえ、しょこら。異世界の魔王って、強いのかな……」
「さあな。行ってみなけりゃ分からないだろ。」
「そうだね。……次は、誰も犠牲になりませんように……」
アルクは手に何かをぎゅっと握りしめている。
よく見るとそれは、ハルトの遺言が込められていた魔石だった。
今は遺言の力を失い、ただの石になっている。
しかしアルクはそれを、お守りのように持ち歩いていた。
「…僕、もう絶対、大切な人を失いたくない…」
アルクは独り言のようにつぶやく。
ハルトとの別れがあってからというもの、アルクは夜にうなされる事が多くなった。
以前は一度寝たら朝まで起きなかったが、今では夜中に急に目覚める事も多い。
そんなときは俺を抱き枕にして、手にはハルトの魔石を握りしめ、なんとかまた眠りに落ちるのだった。
今日もうまく寝付けない様子のアルクだったが、しばらくすると、静かな寝息を立てだした。
翌朝、アルクは母アリゼーに、しばしの別れを告げた。
ゼノスは仕事で不在だった。
アルクの様子を見て何かを感じ取ったアリゼーは、不安そうな表情を見せる。
「……アル、また何か、危険なことをしようとしていないわよね?」
アルクは少し戸惑うが、すぐに笑顔を見せた。
「ううん、大丈夫だよ。……またすぐ戻ってくるよ。」
「……ええ、分かったわ。…ちゃんとご飯を食べるのよ。」
アリゼーはそれ以上何も言わず、アルクをぎゅっと抱きしめた。
フレデール家を出て、俺達は人目につかない森へと向かう。
「惑わずの森」だ。
「ほんの数か月前は、ここを抜けて北へ抜けようとしてたんだよね。……あの時は、数か月後にこんな事になっているなんて、想像もつかなかったよ……」
「ここで鼻水垂らして泣き喚いていた頃を思えば、成長したもんだな。」
「は、鼻水なんて垂らしてないよ!!」
話しているうちに、俺達は森に足を踏み入れた。
そして立ち止まり、その時を待つ。
するとしばらくして、周囲の景色が薄れ出した。
俺達を取り囲んでいた木々の色は薄れ、森は姿を消す。
そして俺達は、女神の前へと召喚されていた。
「勇者しょこら、そしてその従魔アルク。よくぞ参られました。此度の神王様からの神託、心して受けなさい。其方達が神の御心に従い、その責務を果たした暁には…」
「おい、そういうのもういいから、早くしろよ。」
女神は初めて召喚されるアルクの前で、やたら畏まっている。
「ちょ、ちょっとはかっこつけさせなさいよ!!」
完全に面目を潰された様子だ。
『し、しょこら、女神様って結構、フランクなんだね……』
『こいつに様なんて付けなくていいぞ』
「ちょっとあなた達!心の声も聞こえてるんだからね!!」
女神は畏まるのを完全に諦め、咳払いをした。
「オホン!!さあ、これからあなた達を、あちらの世界に送るわよ!…残念ながら私もその世界について、詳しいことは知らない。
だけどあなた達のスキルは持ち運べるし、レベル的にも十分やっていけるはずよ。
だけどあちらの世界は、私の管轄ではない。私は何があっても、あなた達をこうやって呼び出すことはできない。あなた達をこの世界へと呼び戻す、その時まではね。」
「別にお前に会えなくて困ることはないぞ」
「ちょっと、失礼ね!!……まあいいわ、とにかく心して臨んでね。
あちらの世界の命運は、あなた達にかかってる。そしてあなた達には、ハルトの魂がかかってる。これはいわば取引よ。……いいわね?」
俺がジロリと女神を睨め付けたので、最後の言葉は少し尻すぼみになった。
女神も神王から言わされてるんだろうが、それでも腹は立つ。
ハルトの魂を引き合いに出され、神に良いように使われている、という感覚は拭えないのだ。
女神は弁解するように言った。
「…私だって、あなた達には悪いと思うわよ。この世界の魔王を倒したばかりなのに、また責任を負わされるなんて。だけどこれはあなた達が選んだことでもある。
私も、うまくいくことを祈っているわ。神力云々だけではなく、私個人としてもね!」
そう言って女神は、俺達に両手をかざした。
アルクは俺を抱え上げ、ぎゅっと抱きしめる。
「さあ、しっかりやりなさい!」
女神の両手から放出された光が、俺達を包み込む。
目を開けていられないほどの、眩しい光だ。
思わず目を閉じるが、それでも目が眩むほどの、強烈な光の海だった。
そして俺達は、体がものすごい速さで移動している感覚に襲われる。
前に進んでいるのか、後ろに進んでいるのか、上に飛んでいるのか、もしくは下に落ちているのか分からない。
ただ風のように光が吹き荒れ、俺達はどこかへと飛ばされている。
どのくらいの時間が経ったか分からない。
気づけば俺達は、森の中にいた。
さっきまでの、明るい木漏れ日のさす惑わずの森ではない。
そこは真夜中だった。辺りは真っ暗で、月明かりすら通らない。
俺達はどこか知らない場所の、知らない森の中にいた。




