42.弔いと決意
魔王討伐の後、俺達はエド町へと戻った。
戦いに勝利した勇者として華々しい帰還を遂げた訳ではない。
ハルトの死は護衛隊員や冒険者、民衆たちを悲しませ、諸手を上げて魔王討伐を祝福できる者はいなかった。
戦闘力こそ高くないものの、その人柄や博識さ、指導力により、ハルトは町の人々から敬意を集めていた。護衛隊長ですら一目置く存在だったのだ。
しかし人々はアルクを暖かく迎え入れた。
誰も、ハルトの死についてアルクを責め立てるようなことはしなかった。
人々はアルクの手を取り、心から感謝の言葉を述べ、励まし、その功労をねぎらってくれた。
そしてそれは、リーンも同じだった。
あれだけ兄好きだったリーンは、涙すら見せず毅然として、ハルトの体が横たえられた棺の前に立ち尽くしていた。
リーンは俺達の姿を見つけると、ゆっくりと歩いてきて、ペコリと頭を下げた。
「ありがとうございました。」
それだけ言うと、リーンはくるりと向きを変えて去って行った。
町全体を、弔いの空気が包んでいた。
今回の犠牲者はハルトただ一人だったが、その不在は、人々の心に大きな穴を開けた。
ハルトの墓は町中の墓地に建てられた。
町全体がアルクの言う「時代劇みたい」なエド町だが、墓だけはこの世界の様式で、その小さな墓石は四角ではなく丸い形をして地面に立っている。
その日、俺達はずいぶん長い間、墓の前に佇んでいた。
墓地には多くの木や花が植えられており、吹き抜ける風が心地よい草と土の匂いを運んだ。
どのくらいの時間が経っただろうか。
太陽は既に俺達の真上を通り過ぎ、西へと傾きかけている。
アルクが口を開く。
「しょこら。これから………」
これから先どうするか。しかしアルクが尋ねるまでもなく、俺達の心は既に決まっていた。
あの日、魔王を倒し、ハルトと最後の言葉を交わした後、俺は女神の元へと召喚された。
女神はまず俺を見て、魔王を討伐したことへの祝福と賛辞を述べた。もちそんそんな堅苦しいものではない。
「偉大なる勇者よ、本当にありがとう。見事に魔王を討伐してくれて。これで私の首の皮もつながっ………オホン。
それはそうと、倒された魔王が発散する膨大な魔力は浄化され、私たち神の力となる。つまり神力に少し余裕ができたから、神からの恩恵として、私はあなたの願いを一つ聞き入れることができる。
………もちろん何でもかんでもできる訳じゃないわよ、神力は節約が必要だし、できる範囲でだけどね!何か欲しいスキルとかはない?」
俺はその時、ハルトの命が尽きるのを見届けたばかりだったので、女神に元気よく反抗する気力すらなかった。
俺は投げやりに言う。
「なら、ハルトを生き返らせてくれ。」
案の定女神は、とんでもないとばかり両手をブンブン振る。
「とんでもない!あなたも分かってるでしょうけど、死んだ人間をそのまま生き返らせることはできない。たとえ無限の神力があったとしても、そもそも不可能よ。
……それにあの人は前世で禁忌を犯した。今回のことは全て、神の領域に手を出した罰とも言え……」
「罰だと?」
激しい怒りが、再度俺の中で首をもたげた。
「馬鹿かお前は!!よくそんなことが言えるな!!!
勝手に過酷な運命を背負わせて、節約だ何だと言ってロクな力も与えず、魔王に関する何の知識も授けず、はい討伐してくださいってこの世界に放り出しておいて、お前らのほうが余程罪深いだろ!!!
俺達はハルトがいなけりゃ、絶対に魔王を倒すことなんてできなかった!!!あいつは自らの命を犠牲にして、二つの時代でこの世界を魔王から救ったんだ、これ以上の功労者がいるかよ!!!!」
俺の怒りには、ほぼ八つ当たりも含まれていた。
俺は純粋に女神だけに怒っているのではない。自分の不甲斐なさ、理不尽な死、この世界の仕組みそのもの、全てに腹を立てていたのだ。
今は誰かに怒りをぶつけなければ、頭がおかしくなりそうだった。
女神はさすがに俺の心中を察したようだ。
「そ、そうね、ごめんなさい。言葉を間違えたわ。……あの人は確かに、すごく良く尽力してくれたわよ。
だけどやはり、死者を生き返らせることはできない。だから、何か別の願いを言って。できる限り叶えてあげるから……。で、できる限りでね!」
俺はフンと鼻を鳴らした。
「……お前、さっき、死んだ人間をそのまま生き返らせることはできない、と言ったな。そのままじゃなければ、生き返らせることはできるのか?」
言葉の端々を覚えている俺に、女神は驚いたようだ。
「えっと、そういう意味では……。そ、そう、あのハルトという人を、生きていた状態そのままに、蘇らせることはできないわ。
だけど……、その魂を救う術はある。
死んだ人の魂はすぐに消える訳じゃない。しばらくの間神界に留まり、やがて消滅して、次の輪廻へと向かう。最も彼は禁忌を犯したから、本来であれば、もはや輪廻転生はできない。
だけど彼の魂はまだ完全に消滅していないし、魔王のように粉々に破壊された訳じゃない。
修復して、禁忌による呪いを浄化してあげて、まっさらな状態で、また輪廻の輪に戻してあげることは、できるわ。
……ちなみにできると言っても、理論的に可能というだけで、私にそこまでの力がある訳ではないわよ!それは私の一存ではできないし、膨大な神力を必要とする。それに………」
女神は少し言い淀んだ。
「それに………、この世界において、人の魂が転生するには四百年以上を要する。例え彼の魂を救ってあげたとしても、すぐに生まれ変わる訳じゃない。
あなた達が生きている間に、彼の魂と再会することはできないわ。」
するとそこで突然女神が言葉を止め、誰かと話し出した。
俺にはその誰かの声は聞こえない。だがおそらく、俺が勇者の称号を与えられ、初めて女神の前に召喚された時と同じだ。
女神は、神王と呼ばれる者と話をしている。
やがて話を終えた女神が、くるりと俺に向き直った。
「……勇者しょこら、そしてその従魔アルク。………あなた達に今、新たな神託が下ったわ。」
俺が女神に召喚されていることに、アルクは気づかなかったらしい。
気づけば俺はまた、目の前で横たわるハルトの体を見つめ、隣ではアルクが静かに泣き続けていた。
俺はアルクに、たった今起きたことを説明した。
アルクは話を聞いて、茫然としていた。
しかしすぐに、意を決したようにこくりと首を縦に振ったのだ。
そして今、ハルトの墓の前に立つ俺達の心は、既に決まっていた。
俺達はまた、行かなければならない。勇者として、ここではない別の世界へ。ハルトの魂を、その呪いから救うために。
次から、第二章に入ります。
ここまでお読みいただいた方、ありがとうございました。




