40.決着
俺達を包んだ白い光が消え、周囲はまた暗闇に包まれた。
それはほんの一瞬の出来事だったようだ。魔王は不思議な顔で、片方の眉を上げる。
「なんだい、今の光は。……まあいい、君達、覚悟はできているかな?」
もちろん俺達の覚悟は決まっていた。
もはや躊躇う必要はなかった。
だから俺は光が消えた瞬間、魔王が動き出す前に、すでに魔法を発動していた。
俺はかつてノルテーラを椅子に縛り付けたように、植物の蔓を作り出して魔王の体を縛り付けた。
ちょうど魔王がその素早さで、アルクの目の前に現れた時だった。
床から伸びるその蔓は、魔王の手足を絡め取り、動きを封じた。
先手を越されていたことに、魔王は少し面食らったようだった。
しかし手足を固定するその蔓は、少し力を込めるだけで簡単に引きちぎることができる。
だが、すでにアルクも動いていた。
アルクは光が消えた瞬間に刀を引き抜いていた。
蔓が魔王の手足に巻き付くのとほぼ同時に、アルクは手にした刀を、ズブリとその心臓に突き立てた。
「………なっっ………ん、だと………」
ハルトの顔をしたそれは、苦痛で表情を歪める。
その場で震えながら俯き沈黙した後、顔を上げた。
心から悲しみ、苦痛に喘いでいる表情だった。
「………アルク、君………。ぼ、ぼくの魂はまだ、この体に残っているんだ。
……お願いだ、これ以上、傷付けないでくれ…………」
それはハルトの声、ハルトの話し方そのものだった。
「………………………っっ………………………」
アルクは言葉に詰まる。
しかしそれは、ハルトの声を聴いて動揺したからではなかった。
魔王がこの期に及んでハルトを模倣し、ハルトが絶対に言わないであろう台詞を使い、狡猾にも攻撃の手を逃れようとしていることに、震えるほどの怒りを感じているからだった。
アルクはこれまでにない冷酷な目を魔王に向けた。
そして突き刺した刀を、より深くズブリとその心臓へと押し込んだ。
「ぐあああぁぁぁぁっっ!!………、お、おのれ………」
ハルトの顔は、先ほどとは打って変わって残忍な表情を浮かべた。しかし次の瞬間、その体はぐたりと床にうつ伏せに倒れ込んだ。
ハルトの体から飛び出した黒光りする魔王の魂は、依り代を求めて彷徨い出す。その動きは速く、闇に溶け込んで見失いそうになる。
俺かアルクに乗り移るには、俺達を殺めなければならないはずだ。
もしくはそのまま無理矢理、憑依しようとするだろうか。
魔王の魂は俺達に向かって飛んで来る。
しかし俺が事前に展開していたバリアにより、その魂は弾き返される。
そして魔王の魂は、この部屋の中で唯一の、俺達以外の生き物へと向かった。
もちろんそれは、俺の母猫だ。
しかし母猫は、自らの体を魔王へ明け渡す意志はないようだ。
腐っても猫なのだ。猫にとって、主人はただの下僕だ。
業を煮やした魔王は、次の瞬間、無理矢理その魂を母猫の体にねじ込んだ。
ギャアァアァアアアアアア!!!
それは母猫と魔王の悲鳴だった。
どうやら生きている者の体をそのまま乗っ取ることは、魔王にとっても苦痛を伴うらしい。
その猫に近づいた俺は、悲鳴が止むのをじっと待った。
母猫の命が尽き、魔王の魂がその体に馴染み、くるりと振り返ったその瞬間………
パーーーーーーン!!!
俺は母猫の顔を思いっきり引っぱたき、アルクの足元まで吹っ飛ばした。
渾身の力を込めた猫パンチだ。
床に投げ出された母猫の体に、立ち上がる間も与えず、アルクが剣を突き立てる。
刀より刀身の太いその剣は、ほぼ猫の体を真っ二つに切り裂く。
一旦剣を抜き取り、間髪入れず、再度振り下ろす。
アルクはこれ以上ない冷酷な目でその猫を見下ろし、無慈悲にその体を八つ裂きにした。
苦痛に顔を歪め喘ぎながら、猫はなんとか前足をアルクの方に向けようとする。
アルクの元に戻った俺は魔法で石錐を作り出し、その四肢にズブリと突き立て串刺しにする。
床に磔にされた猫の体を、アルクは剣で突き刺し続ける。
やがてその体から、真っ黒な何か、煙と液体の間のようなものが放出される。
苦痛の叫び声とともにその煙は天井へと昇り、やがて消え失せた。
ついにその体ごと、魔王の魂は完全に破壊されたのだ。
アルクはガランと剣を床に落とす。
俺とアルクは同時に、傍で倒れているハルトの体へと駆け寄る。
アルクはそっと、うつ伏せになった体を抱え、仰向けにする。
そして床に座り込み、自分の膝の上にその上体をそっと下ろした。
「……………………………」
何も言葉が出てこなかった。
アルクは今度は泣き喚くことなく、静かにその目から涙を滴らせている。
ハルトが歩んだ人生は、あまりに過酷だった。
にも拘わらずハルトは自らその手を差し伸べ、俺達を救ってくれたのだ。
その時、俺はまたふと思い出す。あの時ハルトはこう言っていた。
「後でちゃんと僕に返してね。」
俺は床に落ちていた魔石を拾い上げる。
それは遺言を伝え終えた今も、まだ鈍く白い光を放っていた。
返すというのがどういうことかは分からなかった。
しかし俺はハルトの体を見て、刀が貫通したその胸に、三角形の先のほうから魔石をはめ込んだ。
鈍く発せられる白い光が、魔石の先端からハルトの体へと血液のように流れ込み出す。
やがてその光は全身をめぐり、ハルトの体を包み込む。
そしてハルトが、薄く目を開けた。




