38.魔王との対峙
「どう……………して………………………………………」
目の前のハルトの姿を見つめ、アルクが絶句する。
「は、ハルト……………さん…………い、生きて…………………………?」
しかしその男は、生前のハルトが決して浮かべなかったような、意地の悪い残忍な笑みを浮かべている。
「あはは、どうだい?僕にまた会えて嬉しいかい?アルク君、君を救うことができて良かったよ…」
男の言い方は、残酷にもハルトにそっくりだった。
「……お前は誰だ。」
俺は男を睨みつけながら、そう呟く。
ハルトの姿をした男は、俺を見てニヤリと笑う。
「君達がお察しの通り、私は魔王だ。君達がここへ辿り着く前に、復活したんだよ。厳密に言うと、魂が復活したのは2日前だがね。」
「……それで、なぜ、ハルトの姿をしている。」
「これは単なる擬態じゃないよ、これはこの男の、本物の体だ。……戦場でこの者が命を落とし、君達がその場を離れた後、潜んでいた私の従魔が死体を私の元に運んだのさ。我が愛しの従魔はこの世で唯一、物体を転移させる魔術が使えるのだよ。
……私は二百年毎に、魂のみがこの世に復活する。そして私の魂は依り代を必要とする。
この男は今回の、格好の依り代だったと言う訳さ。」
つまり魔王の魂が、ハルトの体に憑依しているということだ。
俺はまた、沸々と怒りが沸き上がるのを感じた。
隣のアルクも恐怖と怒りで目を見開き、わなわなと体を震わせている。
「な……そんな、は、ハルトさんの体を…………」
魔王は肘掛に肘をつき、ほくそ笑んで俺達を見下ろしている。
「おっと、お怒りのところ悪いが、まず私のほうから君達に話があるんだ。君達というか、君にだよ、しょこら君。」
魔王は意外にも、俺に向かって話しかけた。
「君は、魔族の一員のはずだ。なぜ勇者の味方をしているのかな。」
俺は一瞬、こいつが何を言っているか分からなかった。
黒猫は皆、魔族だというのか?
するとその時、魔王の足の後ろ側から、巨大な黒猫が一匹現れた。
魔王に気を取られていた事と部屋が暗い事で、ずっと椅子の下に座っていたことに気付かなかったのだ。
黒猫は魔王の足にスリスリと頭を撫でつけている。
「しょこら君。君はここにいる私のかわいい従魔、シャノルが産んだ子猫だよ。そう、君は私たちの家族だ。」
俺は思わずその巨大猫を見た。
「勇者が生まれた瞬間から、魔族は勇者を抹殺するため動き始めるからね。……最も、その頃はまだ配下達も、十分な力を取り戻してはいないけれどね。
我が愛しの従魔が最初に行動した。彼女は生まれた子猫たちのうち一匹を、勇者の生まれた土地へと送り込んだんだ。
生後半年もすると子猫たちは、魔族としての使命を本能的に感じ取るからね。君は成長したら、まだ幼い赤子である勇者を、人知れず抹殺するはずだったのだよ。
……それがなぜ、勇者とともに行動するようになったのか。
私は復活してすぐその話を聞いて、少なからず驚いたよ。」
魔王はそれだけを言ってのけた。
まさかここへ来て、自分の出自を知らされるとは。
俺がフレデール家の庭先で震えていたのは、偶然ではなかったということだ。
それに今思えば、アルクが一歳の頃に鑑定の儀式で、ホーンラビットが不自然に進化した。
あのホーンラビットを用意して、王都近くの森に転移させたのも、この母猫かも知れない。
アルクはちらっと俺の様子を見た。
捨てられたも同然とはいえ、実の母猫が目の前にいるのだ。俺の心中を心配したのだろう。
魔王は右手を俺に向かって差し出す。
「さあ、しょこら君。君はこちら側の人間、いや猫だ。
自分の正体を理解したなら、来たまえ。共に勇者を倒し、我々魔族の世界を作ろうではないか。」
足下の母猫が、ミ゛ャーーーと低い鳴き声を上げた。
魔王に同調しているのだ。
「し、しょこら………」
そうか。今になって分かったが、俺が魔王の配下達と猫の姿のまま話すことができたのも、魔族の血が流れているからかも知れない。
しかし俺はフンと鼻を鳴らした。
「お前、本気で俺が寝返ることを期待しているのか。
まったく、魔王と言うからには少しは頭が切れるのかと思ったが、魔族というのはどいつもこいつも、阿呆ばかりなんだな。」
俺がそう言うと、しばらくの間魔王は何も言わなかった。
そしてしばしの沈黙の後、高笑いする。
「ははははははは!そうかい、いやなに、期待していなかった訳ではないが……
……誠に残念だ。私は黒猫が好きでね、できれば無駄な殺生はしたくなかったのだがね……」
次の瞬間、魔王は俺の目の前にいた。
瞬間移動したような速さで動き、振り上げた拳で俺をバキッと殴り飛ばす。
「しょこら!!!!!」
俺は部屋のドア近くまで吹っ飛ばされる。
飛ばされながら回復魔法を発動し、ヒラリと着地した。
すると今度は足元から風が吹き出す。
竜巻のように立ち上るそれは俺の体を旋回させ、天井まで吹き飛ばす。
俺は同じように着地したが、魔王のあまりの素早さに、反撃する間がなかった。
アルクが魔法を発動しようと、魔王に向けて手をかざす。
魔王はしかし、再び高笑いする。
「はははははは、さあ、反撃したまえよ!君達が愛したこの男の体を八つ裂きにして、跡形も残らないよう消し去りたまえ!!
……君達にそれができるならね。」
アルクはぐっと詰まる。
かざした右手からは、何も発動されない。
俺もアルクも分かっていた。
奴がハルトの本物の体を利用していると聞いた時から、その体を容赦なく攻撃して消し炭にすることなど、できないということを。
だから魔王は、ハルトの体を選んだのだ。
魔王は今度はアルクの前に移動し、振り上げた拳で思い切り右頬を殴り飛ばした。
「グアアァァッ!!」
一撃で部屋の壁まで吹っ飛んだアルクは、巨大な窓の一枚に激突し、ズルズルと床に崩れ落ちる。
窓の外では重い雨が降り、また稲妻がピシャーーンと光った。
魔王は手首を振りながら、つまらそうに言う。
「やれやれ、この体は弱いね。風魔法しか使えないようだし、戦闘能力も低い。
力こそ増大するものの、私は依り代とする体の特徴を引き継ぐからね。全くこの男は使えない。」
「………は、ハルトさんの体から、出てけ…………」
アルクが床から起き上がりながら、切れ切れに言う。
しかし魔王が、そんな願いを聞くはずもない。
魔王は拳や足で俺達を殴り飛ばし、蹴飛ばし、踏みつける。
風魔法で体を吹っ飛ばし、壁や天井に激突させる。
全てが目にも止まらぬ速さだ。
俺もアルクも、バリアや回復魔法を駆使してダメージを軽減するのが精一杯だった。
一瞬の隙に反撃に出ようとしても、ハルトの体を傷つけずに攻撃する方法がない。そして考えを巡らす間に、また次の攻撃がやってくる。
そのうち単調な攻撃に飽きた魔王は、おそらく自前で唯一使える闇魔法で、俺達を攻撃し始める。
それは単純に、対象に肉体的・精神的苦痛を与えるものだった。
状態異常無効化がある俺は平気だったが、アルクはみるみるうちに苦しみ出した。
「………っっぐあああぁぁぁっっ…………」
叫ぶことすらできないのだろう、断末魔のような声を発し、身をよじる。
体を折り曲げ、頭を抱えて床の上でもがき苦しんでいた。
俺はついに、看過することができなくなった。
魔王に向かって全速力で走り、その顔面に猫パンチを食らわせようとした。
しかし魔王は素早く、俺の攻撃をかわす。
「おっと、君には闇魔法での拷問が効かないのかね。へえ、面白い。
これまでも勇者の中には、状態異常を無効化する力を持つ者がいたが……。君にその力があって、あの勇者にないとはね。」
俺はパンチと蹴りを繰り出すも、魔王はひょいひょいと難なくかわす。
「魔法攻撃を使えば、一瞬で僕を殺められるよ。この体ごと消し飛ぶがね。
……さあどうだい、やりたまえよ。でなければ、あの勇者が先に息絶えることになる。」
俺は迷った。魔王の言う通りだった。
魔王は今この状況を心から楽しんでいるようだ。
両手を広げて、俺に向かって言い放つ。
「さあ、早くやりたまえよ!!」
魔王の攻撃が止まったので、俺はアルクの方へ走り出す。
回復魔法を施すと、ぐったりしていた体に少し力が戻った。
アルクは弱々しい声で、俺に言う。
「………しょこら………ぼ、僕には、構わないで…………。は、ハルトさんの体を、攻撃、しないで………」
しかしそれでは何も解決しない。
俺にはどのみちハルトを攻撃するという選択しか、残されていなかった。
最初から分かってはいたのだ。ただこれまで、結論を先延ばしにしてきたのだ。
するとその時、俺はふと気づく。
アイテムボックスの中で、何かが暖かく光っている。
そうだ、ハルトが出撃前、俺に手渡した魔石だ。
一体何に使うのか分からなかったが、俺はとにかく状況を打破できるものがあれば、何でも良かった。
急いでアイテムボックスからその魔石を取り出す。
取り出したその魔石は、小さな三角錐の形をしていた。
真ん中から白く発光しており、その光はどんどん大きくなる。
そして次の瞬間、白く大きな光が、俺をアルクを包み込んだ。




