37.魔王城へ
コクヨウに乗って魔王領へと飛び立った俺に、アルクが念話で叫びかける。
『ま、待って、しょこら!僕も一緒に行くから!!』
俺が見下ろすと、アルクが後方を走りながら付いて来るのが見えた。
全く、仕方ない。俺はコクヨウを一旦地面へと着地させた。
「お前、残ってハルトの傍にいなくていいのか。」
「うん、しょこらと一緒に行くよ。……ハルトさんの体は、護衛隊員の皆に、任せて来たから……」
俺達はコクヨウに跨り、再び上空へと舞い上がった。
魔王領へと向かいながら、アルクが俺に話しかける。
「……しょこら、ごめんね。さっきは取り乱して。
………僕もハルトさんの敵を討つよ。僕たちの手で、絶対に魔王を倒そう。」
アルクは初めて、怒りと悲しみによる確固たる意志を抱いていた。
小心者で、いつもどこか怯えていたアルクは、今やしっかりと前を見据えている。
「おう。」
俺はそう返事して、俺達はそれ以降は口を利かなかった。話す必要がないのだ。
無言のまま、俺達は魔王領の森を飛び越えた。
魔王領の最北端には、魔王城がある。森を超え、まっすぐ北上し続けた大陸の端っこだ。
事前にハルトから、おそらく上空から魔王城へ向かうことは難しいと告げられていた。
魔物達が森の上空を、うようよ飛び回っているからだ。
しかし今回、全てのワイバーンやドラゴンは、侵攻に加わっていたようだ。
今や森の上空はひっそりとして、垂れ込める暗雲意外は何も見えなかった。
そのうち雨が降り出した。大地に叩きつけるほどの大雨だ。
俺達はコクヨウごと包むほどの大きなバリアを展開し、濡れないように進み続けた。
雨はまるで、今は泣くことのできない俺達の代わりに泣いているようだった。
森を超えた俺達は、遠くにそびえる城を目にした。
いかにも魔王城という雰囲気の真っ黒な外観、いくつも立つ棟の先端は尖っており、上空から落下すると体がズブリと突き刺さりそうだ。
城が近づくと、アルクは背後からぎゅっと俺を抱え、俺の後頭部に自分の頭をつけた。
まるで祈りを捧げているような姿勢で、しばらくそのまま動かなかった。
意外にも俺達はすんなりと、魔王城の間近へと近づくことができた。
しかし、棟の一つに近づこうとしても、見えない何かに阻まれるように、先へ進むことができない。
「……結界が張られているようだ。仕方ない、一旦降りるぞ。」
コクヨウを降下させ、俺達は地面へと舞い降りた。
地面に立って見上げる魔王城は、上空から見るよりも大きく不気味で、俺達に圧迫感を与えた。
降り続ける雨が、より物々しい雰囲気を与えている。
地上にも結界が張られているかと思ったが、入り口は開け放たれている。
護衛するような魔族の姿も見当たらない。
入り口までは短い階段になっている。俺達はコクヨウを残し、二人で階段を上ろうとした。
その時ふと、階段下に蠢く複数の黒い影に気付いた。
魔物かと思い警戒したが、よく見るとそれは、たくさんの黒猫だった。
「ちっ、魔王が黒猫を使役してるってのは、案外ただの噂じゃなかったのかもな。」
俺は同族達を見つめ、フンと鼻を鳴らした。
猫たちは黄色い目をじっと俺達に向け、ニャーニャーと鳴いている。
俺はその言葉を理解することができた。
「お前、なぜ勇者と一緒にいる。」
「裏切者だ。」
「裏切り者には、死が待っている。」
俺は少しイラっとしたので、数匹の猫たちにバシバシッとパンチを食らわせてやった。
猫たちはニャーーーと声を上げ、その場から走り去る。
「えっ、し、しょこら、どうしたの!?」
「フン。うざいから蹴散らしてやった。」
「あはは、同じ黒猫なのに……」
アルクが笑った。ハルトが死んでしまって以降、初めて漏れた笑みだった。
俺達は階段を上り、入り口から中へと入る。
中は真っ暗で、ほぼがらんどうだ。外で降りしきる雨の音が反射して、ザアアアアと大きく響き渡っている。
そしてその時、また計ったように、ピシャーーンと雷が辺りを照らした。
「……行くぞ。おそらく魔王が復活するのは上階だ。大方、一番大きな棟の部屋だろう。」
俺達は城内の壁伝いにある螺旋階段を上り始める。
アルクが歩くコツコツという音が、城の中に響き渡った。
しかし足音と雨の音以外は、全く何の音も聞こえない。どこからか魔王の配下が現れる気配もない。
ゆっくり階段を上り、いくつかの廊下を渡り、俺達は大きな棟を目指して歩く。
やがて、ここだと思われる部屋の前にたどり着き、俺達はドアの前に立った。
正直拍子抜けするほど、城の中では何事も起こらなかった。
俺は隣に立つアルクに話しかける。
「準備はいいか、開けるぞ。」
「うん。」
俺とアルクは、一緒に扉を押し開けた。
中は大広間だった。かなり広く、左右に巨大な窓が並んでいる。
たまに窓の外で光る稲妻に、部屋の中が照らし出される。
そこは本当に何もない空間だった。
ドアから真っすぐに向かった先、部屋の一番奥のほうに短い階段があり、階段の上にはさらに床が広がり、小さな舞台のようになっている。
そしてその舞台の真ん中に、王座と思われる巨大な椅子が据え付けてあった。
おそらく魔王はここで復活するはずだ。
俺とアルクは真っすぐに歩き、部屋の奥へと近づいて行った。
稲妻の光が消えると、そこは真っ暗な部屋へと戻っていた。猫の俺の目でも、暗視することができなかった。
するとその時、部屋の奥から俺達に呼びかける声が響く。
「……やあ、君達は勇者だね。待っていたよ………。私のことを、倒しに来たんだろう。」
さっき稲妻が光った時は、その椅子は空だった。
しかし今、再度光った稲妻により、椅子に腰かける人物の二本の足が照らし出された。
上半身までは光が届かず、その顔を見ることはできない。
「わ、私のことを、って………。つ、つまり………」
アルクが震え声で囁く。
そう、そいつが魔王だった。俺達がここへ辿り着くより早く、魔王は復活していたのだ。
しかし、先ほど稲妻に照らされた足下は、人間のものだった。
もしくは、人型の魔族のものだ。
決して醜い獣とか、世にも恐ろしい怪物のような姿には見えなかった。
魔王に声をかけられたことで、俺達は部屋のちょうど真ん中あたりで立ち尽くしていた。
アルクは震えながら、剣の柄を握りしめる。
「そんなに怯えないでくれ、少し話をしようじゃあないか。………君達は、この男の友人だったんだろう?」
この男、とは誰のことを言っているのだ?
しかし次の瞬間、ひときわ大きな稲妻に全貌が照らし出されたその姿は、かつてハルトが言った通り、俺達を恐怖と絶望のどん底に突き落とした。
そこで俺達が見たのは、ハルトの姿だった。




