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勇者猫  作者: バゲット
36/98

36.怒りと慟哭

俺は一瞬、目の前の現実を理解することができなかった。



触れれば即死だと言われた槍に貫かれ、ハルトはぐったりと倒れている。

アルクに覆いかぶさったまま、ピクリとも動かない。



アルクは頭から血を流し、朦朧としながらハルトの名前を呼んでいる。

叫びたくても力が入らず、蚊の鳴くような弱々しい声で、ハルトを呼び続けている。



「ちっ、雑魚め、邪魔しやがって。あーあ、自分の命を無駄にしちまって。」


ルードはハルトに突き刺さった槍を、片手で引き抜いた。

ハルトの体には意外にも、傷一つ付いていない。



「残念だったな、勇者。そいつはもう死んでるよ。」



まるで周囲の景色が薄れていくようだった。


ハルトが死んだ?あいつは自分で宣言した通り、こんなにもあっけなく、フラグを回収したというのか。



俺はどこかで、ハルトならきっと、この状況を覆せる何かを準備していたに違いないと思った。

自分が死んでしまっても、奇跡的に生き返れる術を、ハルトなら心得ていたかも知れない。


しかし同時に俺は分かっていた。どのような魔法を使っても、死者を蘇らせることはできない。




するとルードが、再度槍を構える。


「ったく、面倒かけんなよな。おい勇者、安心しろよ、お前もすぐそいつの元へ行けるぞ。」



俺は足を止めていなかった。

男の元にやっとたどり着いた俺は、ジャンプして身を翻し、渾身の力を込めてそいつの頭に強烈な猫キックを食らわせた。



バキィィィッ!!!!



頭蓋骨が折れたのではなかろうかという音を立て、男は地面に打ちつけられる。

反動で槍がその手から離れ、地面にガランと音を立てて落ちた。



「っっってぇ…………。な、なんだ………」


ルードは頭を押さえ、血を流しながら上体を起こした。

そして、目の前に立っている俺の姿を捉えた。



「っは、勇者の従魔かよ。なんだ、お前もこの男を殺されて怒ってんのか?


……面白い、お前の蹴りはなかなか良かったぞ。勇者の代わりに、お前が俺の相手になるか?」


ルードは槍を拾い上げ、その先端を俺に向けた。




俺は怒っていた。

これまでになく、強い怒りを感じていた。


アルクが拷問されていた時よりも、ヴァリドラの呪詛で皆が苦しんでいた時よりも、何十倍も大きくて重い怒りだ。


俺は怒りが体から溢れ、大地を揺らす音を聞いた。


地鳴りのように、それは実際の音となって、俺達の足元に響いた。



「……なんだ?魔物が暴れてんのかあ?」


ルードは地鳴りの原因を探してキョロキョロした。



「おい。何をよそ見している。」


俺はルードに向かって話しかけた。

ヴァリドラの時と同じく、こいつにも言葉は通じるようだった。


「……あ?従魔が喋って……」



バキイイィィィィッ!!!!


俺は再びジャンプし、男の顔に懇親の猫パンチを食らわせる。

ヴァリドラにしたように、左右の前足で交互に、痛烈なパンチを繰り返す。


しかしこいつは戦闘好きだけあって、ヴァリドラよりは頑丈なようだ。


再び地面に倒れ込み、やっと怒りが沸き上がった顔で、俺の事を見返した。

ペッと地面に血と唾を吐き、猟奇的な笑みを浮かべる。


面白(おもしれ)え!!やってやろうじゃねえか!!相手してやるよ!!!」



ルードは長い槍をブンブンと振り回して、俺に向けて突き刺そうとする。

非常に素早い動きだったが、俺はそれを空中でヒラリとかわし続け、槍は空を切るばかりだった。


そして俺はピョンとジャンプし、槍の柄の部分にヒラリと着地する。

ちょうどルードが、自分の目の前で高くジャンプした俺を突き刺そうと、斜め上の方向に槍を突き出した時だった。



俺はその位置からルードを見下ろすようにして言い放つ。



「………お前、何を勘違いしてるんだ。相手してやるも何もない。


お前はクソ雑魚だ。俺の相手にすらならない。ただ喚き散らすゴミ虫だ。」



俺はこの上なく冷たい目でギロリとルードを見下ろした。

無慈悲で、残忍で、冷酷な眼差しだ。


俺は続ける。


「俺はお前と違って、頭にきた奴にはたっぷり拷問を加えて殺す主義なんだ。だが残念だ、今は時間がない。だから一撃で殺してやるよ。」



呆気に取られていたルードは、しばらく絶句した後、狂ったように笑い出した。



「ははははははは!面白(おもしれ)ぇ!!!!!!従魔ごときがでかい口叩くんじゃねえよ、俺がお前を一瞬で殺し……………」



その後の言葉は続かなかった。


俺は槍の柄からジャンプして、男の喉元に嚙みついた。

ズブリと牙を食い込ませ、声帯ごとそいつの喉元の肉を引きちぎった。



カハッッッッ……………!!!!!!



男は声にならない音を漏らした。

恐怖と苦痛で目が見開き、手が無意識に喉元に伸びている。


俺は右前足を、喉に空いた穴にズブリと突っ込み貫通させる。


そのまま前足を左方向に動かし、繋がった皮膚を引きちぎる。

続いて右方向にも動かし、同じく残った肉や皮膚を切り裂く。


完全に胴体からもがれた頭は、大きく口を開けた苦痛の表情をしていた。


ボトリと地面に落ちたその頭は、ケフ、ケフと音を漏らして喘いでいる。

ギョロリと俺に向けられた眼球は、恐怖でピクピクと震えていた。



「見てんじゃねえよ。」


俺は前足で両目を潰した。ドロリとした目玉と血が頭蓋骨から飛び出してくる。


最後にはいつもの火炎魔法で、男の体と頭を消し炭にした。



俺は回復魔法の一種である浄化魔法で、手や口についた汚らしい血液を浄化した。



魔物群との攻防は、護衛部隊の方に軍配が上がっていた。

コクヨウのブレスで、魔物達の魔力を封じることができたからだ。


数が多く時間がかかったが、なんとか侵攻を鎮圧できたようだ。




そして俺は、ハルトとアルクに向き直った。


アルクはまだ弱々しく、ハルトを呼び続けている。

その目からは涙が溢れ、自分の上でぐったりとするハルトの服をぎゅっと掴み、引っ張り続ける。



「ハルトさん………ハルトさん…………ハルトさん…………」


アルクは嗚咽し、それ以上言葉を発することができなくなる。



俺は流血しているアルクの頭に回復魔法を施し、上半身を起き上がらせる。

ハルトはそれでもうつ伏せのまま、上体を起こしたアルクの足の上で、ピクリとも動かない。




俺達は、現実を受け入れるしかなかった。

ハルトは死んだのだ。



アルクはまた嗚咽を漏らし、倒れているハルトの背中に顔を付け、両手でその服をつかみ、体を震わせて激しく泣き始める。



くぐもった泣き叫び声が、周囲に響き渡る。



激しく慟哭しながら、アルクは喘ぎ喘ぎ言葉を漏らす。



「………っっ、ぼ、僕の、せいで………………………。僕が、僕が、弱いせいで、………………っっ、ハルトさんが、ハルトさんが…………………………………」



そこまで口にすると、後は堰を切ったように止めどなく、悲痛の叫びを漏らし続けた。



「ぼ、僕のせいで、僕が………僕が勇者だなんて、皆に嘘をついて……………、本当は弱いのに、つけあがって、皆を守るだなんて、ま、魔王を倒すだなんて、…………っっ、ぼ、僕が弱いせいで、ハルトさんが、ハルトさんが…………!!僕のせいだ、み、みんな、僕のせいだ………………!!!!」



アルクは叫び、右手を振り上げる。

やりどころのない感情をどうすれば良いか分からず、そのまま右手を自分の胸にドンと打ち付ける。


「僕のせいだ、僕のせいだ、みんな僕のせいだ……………………!!!!!!」


ドン、ドン、と、自分の胸を右手で激しく打ち続ける。



「いい加減にしろ!!!!」



俺は怒ってアルクに向かって叫び返す。

怒りで叫ぶなんて、生まれて初めてのことだ。



「お前、忘れたのか!!勇者はお前じゃない、俺だ!!!ハルトが死んだのは、全部俺のせいだ!!!お前はただ巻き込まれただけなんだ、分かったか!!!!」



アルクは叫びを止め、涙に濡れた目で、驚いたように俺を見つめ返す。



それだけ言ってのけると、俺は念話でコクヨウを呼びつけた。



「お前はここに残れ。俺は今から魔王領に行く。


……早すぎるなんて知ったこっちゃない、魔王が復活するその時まで、そいつの王座の前で待ち伏せしてやる。そして復活すると同時に、その魂を殲滅させてやる。」



そして俺はコクヨウに飛び乗り、上空へ高々と舞い上がった。

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