表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者猫  作者: バゲット
34/98

34.出撃

空に黒い雲を認めたのは、ハルトとの会話から3日後だった。



早朝、見張りをしていた護衛隊の一人が、北の空に黒い塊が浮いているのを発見した。

不吉に蠢くその塊は、黒い靄のように絶えず形を変えている。


本来は西から流れてくる雲が、北から向かってくる。しかも黒雲となると、それが前兆であることは明らかだった。


隊員はすぐに護衛隊長へと知らせ、隊長から隊全員と冒険者ギルトへ通達された。



北門へと集合した俺達に、ハルトが声をかける。


「ついに来たね。君達、準備はいいかい?」


「………」


アルクは小さくこくりと頷く。普段なら泣き喚いて俺に助けを求めるところだが、緊張のあまりそれすらできないらしい。



その日の前日までに、各地からの応援が到着していた。

他領の護衛隊員や魔物討伐部隊、冒険者たち。予想よりもずっと多くの人数がこの地に集まっていた。


そしてそこには、これまでに俺達が出会った顔ぶれも含まれている。


モントールで共にコクヨウと対峙した、冒険者ベイン達のパーティー。

治癒部隊として参加した、アルクの世話をした女医。

スラシア領主が派遣した、どの領地よりも大規模な討伐部隊。


スラシア領主からは言伝(ことづて)を預かっていると、ハルトがアルクに言った。


「ずっと保留になさっていた謝礼を、今この時にお渡しします。貴方様がかつて私共をお救いになったように、此度は私共が、貴方様のお力になりましょう。」



ベイン達のパーティーや女医も、アルクに話しかけた。


「よっ、元気にしてたか?……まさか俺のこと忘れてないよな。」

「あ、アルク様、お久しぶりです……」

「アタシが作った特製の回復薬だ、持ってきな。そこらのよりずっと性能が良いぞ。」



アルクが皆に話しかけられている間に、ハルトは俺に話しかける。


「まったく、アルク君は…これまでの旅で全然仲間ができなかったって嘆いていたけど、ちゃんとできてたじゃないか。」

「ああ。でも心を開いてる相手はお前ぐらいだろう。」


俺がそう言うと、ハルトはなぜか苦笑した。


「知ってるかい、しょこら君。僕やアルク君がいた世界の法則で言うと、僕のような人物って死亡フラグしかないんだよ。

主人公アルク君が旅先で出会った、唯一心を許せる相手。その男は元勇者で、アルク君の魔王討伐に協力を申し出る。彼らは力を合わせて魔王軍に挑むも、戦いの中で男は命を落としてしまう…。絶望に駆られたアルク君は最後の力を振り絞り、ついに魔王を討伐する。


そして死んだ男の遺志を継いで、男の妹は未来の護衛隊員となることを誓う………。


全く、我ながら完璧なフラグだよ。」


「おい、間違ってもあいつにそんなこと言うんじゃねえぞ。ただでさえ緊張してるんだ、本気にして動揺するだろうよ。」


「ああ、分かってるよ。でもしょこら君、戦いでは何が起こるか分からない。それだけは心しておいてね。

あ、そうだ。ちょっと個人的な持ち物なんだけど、落っことしたらまずいから、君のアイテムボックスに入れておいてくれるかい?」


そう言ってハルトは、手のひらに収まるサイズの魔石のような物を俺に差し出した。


「後でちゃんと僕に返してね。」



俺が呼びつけたスパイダー達は、北門の外側にズラリと待機していた。

皆事前に知らされていたのでそれが俺達の仲間だとは知っていたが、人々はビクビクしながら遠巻きにその黒蜘蛛の群れを眺めていた。


キングスパイダーが俺に挨拶をする。


「お、お久しぶりですお猫様、いや、しょこら様……。ま、マントはお気に召していただけたようで……」

その巨体に似合わず気の小さい奴だ。


「おう。ここまでご苦労だったな。これから戦いだ、お前らもくれぐれも気を付けろよ。」


「は、はい、お気遣い感謝します……」




いよいよ出発の時だった。


俺達は北上し、第一防衛線へと向かう。その後方に第二防衛線が、そして黒霧の森の手前に第三防衛線が張られる。


第一防衛線でほぼ全ての魔物を一掃し、取りこぼした魔物を第二防衛線が叩く。第三防衛線は町の護衛を担い、万が一ここまで魔物が到達した場合の最終防衛ラインだ。



今回参加する兵士達や冒険者は皆、黒いマントを纏っていた。


俺がキングスパイダーに量産させておいたのだ。通常の防具の上から纏うと防御効果が上がり、速度も上がる。


この世界で忌み嫌われていた黒色は、今や勇者の象徴となり、人々の心を一つにした。



俺とアルクはコクヨウに乗り、先陣を切った。俺達が飛び立つと、後方から大きな声援が届く。


「アルク様!!どうかこの世界をお救いください!!」

「歴代最強勇者、アルク様万歳!!」

「アルク様、どうぞご無事で!!」



緊張した面持ちのアルクは、声援が届かない距離まで来ると、体中から力が抜けるようにはあっと大きなため息をついた。


「しょこら、今更だけど勇者って、すごく責任を負わされているんだね。

……もし失敗したら……魔王を倒せなかったら、この世界の人達は……」


「おいお前。俺が失敗するとでも思っているのか。」


アルクは少し驚いて俺を見る。


「えっ、ううん、もちろんしょこらは失敗しない……。そ、そうか、僕にはしょこらがいるんだもんね。本当の最強勇者が……。


ありがとう、しょこら。僕の代わりにこんな、過酷な運命を背負ってくれて……」


俺はフンと鼻を鳴らした。


「お前、感傷に浸るのは魔王を倒してからにしろ。」



地上では第一防衛線を担う部隊が、俺達の遥か後方に続いている。


空を飛ぶ手段はないため、馬を走らせて地上を走行する者や、騎馬ができず馬車に乗っている者、数は少ないが魔獣に乗っている者もいる。おそらくテイマースキルのある者達だ。


そして自前の移動手段を持たない者達は、スパイダーの眷族達によって運ばれている。遠くてよく見えないが、皆怯えて表情が硬直しているようだ。

人を乗せていないスパイダーの群れも、キングスパイダーを先頭に突進している。


ハルトは全員の先頭で、馬を走らせていた。



当然、第一防衛線に最初にたどり着くのは俺達だ。

それでも魔物群が押し寄せるまでには、全員が前線に到着している計算だった。



地上に降り立った俺達は、周囲を見渡した。


俺達の遥か前方に、広大な森が広がっている。

惑わずの森や黒霧の森とは違う、森全体が紫がかった黒で、まるで巨大な腐ったブロッコリーが並んでいるようだ。


空は完全に真っ黒で、辺りは夜のように暗い。弱い風が吹き、不気味な静けさに包まれている。


「おい、武器を準備しておけよ。」

「う、うん……」


アルクは最近手に入れた、新しい鞘から剣を取り出した。

リーンと共に訪れた武具店で見つけた珍しい魔道具で、複数の剣や刀を納めることができ、重さも感じさせない代物だ。



暫くの沈黙の後、俺達は遠い地鳴りのような音を耳にする。

森の方向から伝わってくるその重い響きは徐々に大きくなり、やがて地響きとなって足下を揺らす。



「……どうやら思ったより早く始まりそうだな。もうすぐ他の奴らも着くだろうが、先に俺達でできる限り仕留めるぞ。」


「……う、うん………」


アルクはギュッと、手にした剣を握りしめる。




そして森の中から、蠢く巨大な群れが現れた。


確かにハルトの言う通り、ざっと見るだけでほとんどが雑魚なのが分かる。

ゴブリンやコボルト、オーク、トロール、ヘルハウンドにホーンラビット、グリズリー……統一感のない雑多な魔物達が、一斉に南に向けて押し寄せてくる。



どいつも雑魚だが、その数は圧倒的だった。



俺達は魔法攻撃から開始した。できるだけ遠くから攻撃して、接近戦を回避するのだ。

俺は両前足を、アルクは左手を前方にかざし、上級火炎魔法を発射する。



ギェアアアァアアアアアアア!!!


最前線の雑魚どもが苦痛の悲鳴を上げ、炎上する。


その後ろから引き続き突進してくる魔物達に、俺とアルクは手分けして魔法を放ち続けた。

それをも搔い潜ってくる魔物は、猫パンチや剣で応酬する。


数分の後、大半の魔物は焼き尽くされ、地面で燻ぶる灰となっていた。

しかしまだ地鳴りは続いている。どうやら群れの数は相当なものらしい。



そこへやっと、ハルト含む第一防衛線の部隊が到着した。


「やあ、悪い、まさかこんなに早く始まるとは……。し、しかし大丈夫そうだね、第一群はほぼ片付いたようだし……」


ハルトは少し唖然として、荒野に広がる焼死体や灰の山を見渡した。



「気を付けて……また来ている」



その言葉通り、次の群れが森の中から現れた。

先ほどのような雑魚たちに加え、フェンリルやヒポグリフ、オーガ等の上級魔物も混じっている。

そして何と上空には、ワイバーンやドラゴンの群れも出現した。



ハルトは上空を見上げて言った。



「やれやれ……。前例に縛られてはいけないのは、どこの世界でも同じか……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ