33.時は迫る
シロヤマ領全域を、不穏な空気が覆うようになった。
エド町や周辺の小さな村や集落で、魔物の被害が相次いだ。
普段は人里離れた場所にしか生息しない魔物たちが、町を襲うようになった。小さな村の住民は避難を余儀なくされ、エド町の護衛隊や冒険者は、ほぼ毎日何かしらの討伐に駆り出された。
あまりに魔物の出現頻度が増え、1日で5件もの上級魔物討伐が重なることもあった。
そういった時には町の戦力だけでは追い付かず、外部から来る冒険者や隣接する領地の護衛隊に、強力を仰ぐことになった。
魔物群の侵攻が、迫っているのだ。
いつかハルトが言っていた。その時が近づくと、町全体が不穏な空気に包まれると。
俺達はそれを経験したことがなかったので、一体どのような空気なのか、その時が来ればはっきり分かるものなのか、疑問に思っていた。
しかし実際にその時が来てみると、俺もアルクも、こういうことだったのかと納得した。
アルクは日に日に悪化していく雰囲気を見て、どんどん口数が少なくなった。
小心者なのだ、ついに魔王との対決が迫って来ていると思うと、怖くて仕方がないのだろう。
そう言う俺ですら、どこか落ち着かない気持ちで日々を過ごした。
ある日の午後遅く、俺達がその日3体目の魔物 (キングサラマンダーだ)を討伐して町へ戻ると、ハルトが俺達を呼び止めた。
「君達、少し話せるかな。」
いつになく真剣なハルトの様子に、俺達はすぐ、魔物の侵攻に関する話だと勘づいた。
兵舎の空いた一室、以前ハルトが俺とアルクに長々と講義をした部屋で、ハルトは俺達に向かって話し出した。
「気づいていると思うけど、ここ最近の騒ぎは異常だ。魔物の数が多すぎるし、変異体もかなり出ている。普段目にすることのない魔物たちが出現している。
ここだけじゃない、大陸各地で異変は起きている。もちろん最も顕著なのはシロヤマ領周辺だけどね。
……君達も感じている通り、ついに魔物の群れの侵攻が始まろうとしている。おそらく、数日以内には起こるだろう。」
部屋には五つほどの長机と、各机に6つずつ椅子が置かれている。
アルクは椅子に、俺はアルクの前の机に、ハルトはもうひとつ前の机に座っていた。椅子ではなく机に座るハルトの体は、俺達より少し高い位置にある。
ハルトは深刻な面持ちで、話を続けた。
「もちろん、いつ起こっても対処できるよう、これまで準備を進めてきた。ここ最近兵士たちは交代で24時間見張りをしているから異変があればすぐに気づける。
それに、シロヤマ領全域の護衛部隊だけじゃなく、他の領地やギルドにも書状を出した。緊急時には、すぐ呼びかけに応じて応援を寄越してくれるよう依頼した。もちろん、彼らの領地の護衛に影響が出ない範囲でだけどね。
……この時代には僕が生きているんだ。絶対に君達を守ってみせる。誰一人死なせたりしない」
いつもの調子づいたハルトとは大違いだった。
大声で笑うこともなければ、冗談を言って俺やアルクをからかうこともない。
真剣に話すその様子からは、正に勇者と呼ぶに相応しい尊厳が感じられた。
ハルトの姿に、ハジメ・シロヤマの面影が浮かぶ。
アルクは極度に緊張した様子で、足の上に置いた両手をぎゅっと握りしめる。
「ハルトさん、ぼ、僕………。僕………、魔王に、勝てるかな………」
ハルトはそこで、部屋に入ってから初めて笑みを漏らした。
「大丈夫だよ。君達は十分強い。それにアルク君には、しょこら君がついてる。しょこら君には、アルク君がついている。他にパーティーメンバーがいなくたって、信頼できる相手と一緒なら、君達は無敵だよ。」
そう言ってハルトは、にっこりと笑みを大きくした。
「それに魔物群の侵攻も、ほとんどが雑魚クラスだ。君達と護衛隊、冒険者達がいれば、問題なく一掃できるだろう。……最も油断は禁物だけどね。どんな強いやつが紛れ込んでいるかも分からない。以前も言ったように、魔王の配下も現れるかも知れない。
……大丈夫だよ、そんな不安な顔しなくても。僕たちが絶対皆を守るから。」
蒼白になっていくアルクを見て、ハルトがなだめるように言った。
「そうだ、俺も少しだが応援を呼んでおいたぞ。」
そう言うと、ハルトは意外だという顔で俺を見た。
「へえ、知り合いの冒険者か誰かかい?」
「いや、惑わずの森に生息する、キングスパイダーとその眷族達だ。俺が群れを丸ごとテイムしてるからな。最近空気がきな臭くなってきたから、応援に来いと呼びつけたんだ。
人間の目に触れないよう移動してるから多少時間はかかってるが、侵攻が起こるまでには着くと思うぞ。」
「スパイダーの群れを丸ごと……。あはは、すごいねしょこら君。ありがとう、それはすごく心強いよ。皆には、スパイダーは君達の仲間だって伝えておくよ。間違えて討伐されたりしないようにね。」
しばらく俺達は黙り込む。
俺はハルトに質問を投げかけた。
「にしても、侵攻とやらは急に始まるのか?魔王領の森を起点としているなら、もっと北上して迎え撃つんだろう。今すぐにでも出発しなくて良いのか?」
ハルトはゆっくり首を振る。
「北上は今すぐじゃなくていい。奴らが森から動き出す前に、とても分かり易い前兆があるからね。
……空が暗くなるんだ。大量の雷雲が垂れ込め、昼間でも夜のように真っ暗になる。
……黒い雲が近づいてきたら、北上を始める合図だよ。」
ハルトも俺達と一緒に、前線へ赴くとのことだ。今回の戦いにおいて、ハルトは護衛隊の指揮を名乗り出たという。
俺達は、黒い雲を見たら共に北上しようと約束した。
「もちろん僕は強くないから、ほとんど指示役だけどね。君達と一緒に行くよ。
……それにしても、黒猫に、黒髪、黒い瞳、黒いマント。黒いドラゴンに黒カラス。黒いスパイダー達。
まさに、漆黒の勇者だね。」




