32.リーンとの休日
「リーン!やっぱり君達と一緒だったのか!」
俺達を乗せたコクヨウがエド町の北門外に降り立つと、ハルトが駆け寄って来た。
「お前、こないだも二人に迷惑かけたばかりだろう!いい加減に……」
「ま、まあまあハルトさん、無事ワイバーンは討伐したし……」
アルクがそう言うと、ハルトは驚いた様子でリーンを見た。
「ワイバーンって、お前……だから二人について行ったのか?」
リーンはツンとしたまま、下を向き黙っている。
ハルトはため息をつき、やれやれと言うように首を振った。
「でもとにかく、皆無事で良かったよ……」
その日の夕暮れ、ギルドに討伐報告をした後、俺達はまた川原に座り込んでいた。仕事を終えたハルトと、リーンも一緒だ。
「それで?ワイバーンは二人が討伐してくれたし、もう両親の敵は討てただろう?これからは絶対に、一人で町の外を出歩いたり、二人に勝手に付いていくんじゃないぞ。……まったく、何も起こらなかったのは奇跡だよ……」
ハルトは改めてリーンをたしなめた。
リーンは相変わらず黙っている。ハルトはまたため息をつき、俺達に向き直った。
「本当にすまない、ここのところ君達には迷惑をかけっぱなしだ……。
……それで、一緒にワイバーン討伐に出かけて、少しはお互い仲良くなれたかい?」
ハルトが声の調子を変えて問いかけた。
誰も答えなかったが、リーンがその時、スッと立ち上がった。
俺とアルクの正面にやってきて、座っている俺達を見下ろしている。
「………えっと………」
アルクが言葉に窮していると、リーンがすっと手を伸ばす。そして座っている俺を抱え上げた。
「え………」
アルクの方には目もくれず、リーンは俺の体に顔を埋め、アルクがたまにやる「猫吸い」をし始めた。
「ちょ、ちょっと……」
アルクはどこか、自分のおもちゃを取られた子供のような顔をしている。
リーンはお構いなしにぐりぐりと俺に頬をこすりつけた。
……アルクだったら速攻猫パンチしてやるのだが、さすがの俺もまだ10歳の少女にそこまで無慈悲な真似はできない。
「あははは、リーンはしょこら君が気に入ったみたいだね!」
ハルトが可笑しそうに笑う。
するとやっとリーンが口を開いた。
「この猫のおかげで、ワイバーンが死んだ。やっと、お父さまとお母さまの、無念を晴らせた。………この子すごく強くて、かっこいい。」
リーンはいまだに頬をこすりつけている。やけに気に入られたようだ。
「まあ、でも、あなたもトドメを刺してくれたし、感謝してる。ありがとう。あと、ただのコミュ障ってことも何となく分かった。」
リーンがツンとしてアルクに言い放った。
「そ、それは、どうも……」
『ただのコミュ障……』
アルクは頭の中で絶望的に繰り返した。
しかしその日から、リーンのアルクに対する印象は、少しは好転したようだった。
翌日俺達は、また休息を取ることにした。
ここのところリーンの訓練や失踪事件、ワイバーン討伐で働き詰めだったからだ。
朝、一日何をして過ごそうかと考えている俺達の元に、突如リーンがやって来た。
突然の訪問に狼狽えるアルクを余所に、リーンが口を開く。
「……しょこらと、お出かけしたい。」
「え……」
リーンも今日は休息日のようだ。やれやれ、なぜここまで気に入られてしまったんだ。
「あ。あなたも来たかったら来ていいですよ。」
あくまでついでですけどね。リーンの顔はそう語っていた。
「は、はい……」
結局俺達は一緒に、町へと出歩くことになった。
とは言うものの、リーンと俺は会話ができないので、リーンの相手をするのはアルクだ。
リーンは町中を歩きながらも、剣の振り方についてアルクにあれこれ問いかけた。どうやら両親の敵を取れた今でも、強くなる意思は変わっていないらしい。
「…だから、ちゃんと言葉で説明してください。見てるだけじゃ分からないこともあるんです。」
「そ、そう言われても……説明は難しいんだよ、感覚で覚えるしか……」
「その感覚を説明してくださいと言ってるんです。」
「感覚を……。えっと、体の重心を、こう……えいって感じで……」
「あなた、本当に説明が下手ですね。」
リーンは正直に物を言うが、悪気がある訳ではない。
それでもアルクはどこか気圧されている様子だ。
「……ねえ、せっかくの休みだし、訓練の話はまた、明日でいいんじゃ…ないかな…」
アルクは弱々しくそう訴える。
「……そうですね。分かりました。休息は体調管理の基本ですもんね。」
「は、はあ……そうだね………」
『ねえしょこら、はっきり言って、すごく地獄なんだけど……。こ、これから何すればいいんだろう……』
『知るか。適当にぶらぶらして帰ればいいだろ。』
ちなみに俺は、リーンの両腕にがっちりと抱えられている。
正直降りたくてたまらないが、絶対離すまいとする意志がその腕から感じられた。
「で、えっと、これからどこに……」
アルクの質問が聞こえていないリーンは、スタスタと目についた店へと歩いて行った。
リーンが入店したのは、武器や防具を売っている店だ。
様々な種類の剣や刀、盾などを見つめながら、リーンは目を輝かせている。
するとそこに居合わせた冒険者グループが、驚いたようにヒソヒソと話し出した。
「ちょっと、あれってアルク様じゃ……。うそ、いつも一人なのに、今日は女の子と一緒にいる…」
「あ、あの孤高の勇者にもついに彼女ができたのか!?ってあれ、ハルトさんとこの妹じゃないか!?」
「どうしよう、私ちょっとショックかも……」
何やら誤解されているようだ。
まあ仕方ない、アルクが誰かと一緒にいるところなど、これまで目撃されたことがないのだ。
昼時になると、リーンは露店の並ぶ通りへと向かった。アルクは一歩遅れて、後から付いていく。
リーンはまだ腕に俺を抱えたままだ。
『ちょっと……そろそろ、しょこらを返してくれないかな……』
『念話で言っても仕方ないだろ。リーンに直接言えよ。』
『い、言えないよ、僕まだその子のこと少し怖くて……』
たくさんの小さくて丸い菓子を購入したリーンは、袋から一つ取って俺に食わせようとした。
ベビーカステラと呼ばれるものらしい。
俺の鼻先にカステラを突き付けてくるが、俺は肉食なので食べない。
くんくん匂いを嗅いで、プイッとそっぽを向いた。
「カステラは嫌いかあ……。何が好きなのかな、やっぱりお魚?今度私の家においでよ、お婆さまと一緒に、たくさん魚の料理作ってあげるから……」
「あ、あの……!」
アルクが意を決したようにリーンに話しかける。今から言おうとすることを頭の中で繰り返しているのが、相変わらず切り忘れた念話から漏れてくる。
『そろそろ、しょこらを返してもらっていいかな……!言え、僕、そう言うんだ!!』
しかしアルクが口を開く前に、リーンは言った。
「あなたもカステラが欲しいんですか?なら自分で買ったらいいじゃないですか。…仕方ないですね、じゃあ一粒あげますよ。」
リーンは俺が食べなかったカステラをアルクの手に押し付け、またスタスタと歩き出した。
『ち……違うんだけど………』
俺が見上げると、リーンは少し顔を赤らめてにっこり笑っていた。
午後3時過ぎ、やっと満足した様子のリーンは、宿屋の前で俺をそっと地面に下ろした。
「今日はありがとうございました。……また明日から、よろしくお願いします。」
そう言い残し、速足でスタスタと祖母と暮らす家へと帰って行った。
アルクはその場でガクリを膝をつく。
「はあ~~~~~~~~………つ、疲れた……………………」
本当に心から疲れているようだ。そして思い出したように、俺を抱え上げる。
「おい、暑苦しいから下ろせ。」
「い、いいじゃないか、ちょっとだけ……。にしても僕、人と話すのはやっぱ苦手だ……」
「リーンとはだいぶ話せるようになったじゃないか。良かったな、やっと嫁候補ができたぞ。」
「ええっっ!?」
アルクはその場にしゃがみ込んだまま、驚いて俺を見下ろした。
「や、やめてよ、嫁なんて!そんなの絶対無理……。いや、待てよ……」
アルクは急に考え込む。
「そうすると、ハルトさんがお兄さんになるのか。……それは悪くないかも……。どうせ無理矢理結婚させられるなら、得体の知れない人達と家族になるよりも、ハルトさんのほうが……」
「お前な……。間違ってもそんな基準で相手を選ぶなよ、失礼だぞ………」
俺はさすがに呆れて言った。
「わ、分かってるよ!ちょっと言ってみただけで……。
それに僕の理想はやっぱり、あのノルテーラの屋敷で見た女の子……イタッッ!!」
俺はアルクの顔をバシッと叩き、その腕からピョンと飛び降りた。
「お前、いつまでも気味悪いこと言ってないで、さっさと宿に……」
「あははははは!!!」
その時、背後からハルトの笑い声が響いた。
「やあ、ちょうど仕事が終わったんで、またここの温泉に入ろうと思って。…あはは、それにしても本当に面白いね、君達……」
俺はハルトをギラリと睨みつける。間違ってもあのことをアルクに言ってくれるなよ。
「アルク君、君の理想の人を見つけるのはなかなか難しい。幸運を祈ってるよ……」
ハルトは笑いながら、先に宿屋へと入って行った。




