31.両親の敵
『しょ、しょこら、あいつすごく大きいね………』
ワイバーンを目の前にしたアルクは、既に気後れしているようだ。
リーンはというと、アルクの背中にピッタリ張り付きながら、恐怖に駆られた顔でワイバーンを見つめている。
依頼書には体長約20mとあったが、目の当たりにするとやはりでかい。
コクヨウの2倍の巨体だった。
コウモリような翼を持ち、体中が黒い棘のような鱗に覆われている。
『こ、こいつ背中が弱点なんだよね、どどどどうやって………』
『お前が飛び乗って奴の背中に剣を突き刺すか?』
『そ、そんなことできる訳ないだろお!!』
しかしアルクが実際飛び乗れたところで、背中一突きだけではおそらく死なない。その前に振り落とされるのがオチだ。
『……空中戦はやりにくい。動き回られると魔法攻撃も当たりにくい。とにかく動きを封じてから、トドメを刺すしかなさそうだな』
俺は右前足を空へ向けて上げ、以前植物の魔物ヴァリドラに対してしたように、ライトサンダーをワイバーンの背中めがけて発動した。
正直、雷に打たれても死なないと聞いていたので期待はしていなかったが、効果はやはり薄いようだった。ワイバーンは何食わぬ顔で飛行を続けている。
『な、なんかあいつ、全然平気そうだね………』
しかし攻撃を受けたことで、俺達に対してグルルルと敵意をむき出しにしていた。
また石錐を作り出して背中に向けて放つか……
しかし、ライトサンダーに比べると速度が遅いので、飛び回る背中に的中させるのは困難だ。
ちっ、仕方ない。ここはやはり飛び乗るとするか。
『おいコクヨウ、なるべくあいつの傍まで行け。攻撃を食らわない程度にな。』
『おう。心配せんでも、怖くてよう近寄れんわ……』
ワイバーンはブレスを吐かないものの、その手足や翼で攻撃されると非常に危険だ。
バリアを使っても、衝撃で吹っ飛ばされてしまうだろう。
コクヨウはじりじりとワイバーンへ近づいた。
ガアアアアアアアア!!
接近してくる俺達に、ワイバーンが激しく威嚇の咆哮を上げた。
敵を怯ませる効果があるようで、アルクとリーンは耳を塞ぎ肩をすくめている。
適度な距離まで近づいた後、俺は思い切り後ろ脚で蹴り上げ、ピョーンとジャンプした。
『し、しょこらああああああああ!』
アルクの絶叫が念話で響く。
背中めがけて着地するのは至難の業だったが、俺は何とかその巨体の頭に飛び乗ることに成功した。
頭上に異変を感じたワイバーンは咆哮を上げ、ブンブンと頭を振りだす。
しかしその時には俺はもう、奴の首を伝って背中へと向かっていた。それにしても、トゲトゲの黒い鱗のせいで歩きにくい。下手すると肉球が切れそうだ。
しかし俺は軽やかに背中へとたどり着き、猫パンチ……を食らわせようとしたが、棘が刺さると面倒だ。
それに鱗を見ると、とても物理攻撃が有効とは思えない。
とにかく地上に落とすため、俺は風魔法「ウインドプレス」を発動した。風圧で相手を吹っ飛ばせる上級攻撃魔法だ。
両前足をワイバーンの背中に向け、最大威力が出るよう十分に魔力を込め、発射する。
ダーーーーーーーーーン!!!
俺の姿を空中に残したまま、ワイバーンの巨体は急速で落下し、地面に叩きつけられた。
空中に残された俺もそのまま落下を始めたが、そこはコクヨウによって拾われる。
『さあ、あいつが地面で伸びてる間に叩くぞ。』
『しょこら………しょこらはやっぱり僕の勇者だ………』
アルクはキラキラした目で俺を見つめた。
リーンはワイバーンから片時も目を離さず、じっと地面を見つめている。
森の木々をなぎ倒して地面に落下したワイバーンは、一時的に意識を失っていた。
このチャンスを逃す手はない。
『おい、とにかく背中を攻撃だ。物理攻撃はほぼ効かない、魔法で叩くぞ。』
俺とアルクが攻撃に入ろうとした、その時……
リーンがワイバーンに向かって、全力で走り出した。
「ちょ、ちょっと……!!」
アルクの呼びかけを無視して、リーンは剣を抱えて走る。
「えい!!………えいっ、えい!!!」
普段練習していたように、ワイバーンの体に向けて剣を振り下ろす。しかしもちろん、ビクともしない。
さすがのアルクもこの緊急事態に、人見知りもコミュ障も吹っ飛ばしてリーンに向かって叫んだ。
「ちょっと、な、何してるんだよ!危ないから下がって、目を覚ましたらどうするんだよ!!」
リーンはそれでも無視して、剣を振るいつづける。
「だって、こいつ、お父さまとお母さまの、かたき………!!」
「え………」
何となく予想はしたが、やはりそうだったか。
にしてもリーンに倒せる相手ではない。とにかく止めさせなければならない。
「ちょっと…………、ちょっと、ストップ!!」
アルクはついに後ろからリーンの両腕を掴み、羽交い絞めにした。
それでもリーンは、剣を握る手を緩めようとはしなかった。
「………っ………っっ…………」
よく見ると、ボロボロと涙を流している。
アルクは涙を見て狼狽したが、とにかくリーンを引っ張り、ワイバーンの攻撃範囲外へと避難させた。
これ以上時間は無駄にできない。俺は倒れているワイバーンの背中に飛び乗った。
とにかく協力な攻撃を複数回、背中に食らわせるのだ。
まずはいつもの火炎魔法ではない、超高温の熱光線を背中へ発射する。ファイアレーザーだ。
黒い棘や鱗がじりじりと焼かれ、溶け始める。
そこへ以前の石錐ドリル。溶けだした鱗が徐々に破壊され、皮膚がむき出しになる。
「おい、今なら剣で一突きできる。お前がやれ。」
俺は戻っていたアルクに向かって言った。
「え!?う、うん……分かった……」
アルクはおずおずと背中によじ上り、剣を取り出して大きく振りかぶる………
グオオオオオォォォォォォォォ!!
「うわあっ!!」
ワイバーンが目覚めたのだ。苦しみの雄叫びを上げながら翼を広げ、上体をブンブンと振り回して俺達を振り落とそうとする。
少しまずかった。
俺はその時、アルクに背中中央の位置を譲り、脇に避けていた。
俺が立っていたのは、ちょうど翼の付け根あたりだ。
ワイバーンが翼をバタつかせた衝撃で、俺の体は投げ飛ばされる。
そしてワイバーンは、アルクを背中に乗せたまま、再度空に向けて飛び立ってしまった。
「うわああああああ!!!しょこらあああああぁぁぁぁぁ……」
アルクの声がだんだん小さくなった。
と思ったら、すぐ念話に切り替えてきやがった。そこは意外に冷静だ。
『しょこらああ!どうしよう!!!ぼぼぼぼ僕このままじゃ死んじゃう………』
『落ち着け。あと一撃背中に食らわせれば、そいつは死ぬ。なんとか剣で突き刺すんだ。』
『そ、そんなこと言ったって!グラグラ揺れて立ち上がることもできな……わああ落ちる落ちる!!』
『しっかりしろ、リーンのために敵を取ってやれ。』
適当にそう言ってみたのだが、意外にも効果はあったようだ。
『そ、そうか……そうだ、敵を……』
全く素直な奴だ。
俺からは見えないが、念話を通して聞こえるアルクの声で、その情景を知ることができた。
『うわっと、ゆ、揺れる……、くそ、よし、今だ…………!!ええいっっ!!!』
アルクは剣を振り下ろす。
ギャアアアオオォォォォォォォォ!!!
空から、ワイバーンの断末魔が響いた。
空中でのたうち回った後、ついに力尽き、ぐたりと萎れた巨体は地面に向けて落下した。
『わあああ落ちる!こ、コクヨウ………!!』
『あいよ。』
ワイバーンの背中から飛び降りたアルクを、コクヨウが拾う。
地上に降り立ったアルクは、俺をムギュっと抱き上げた。
「じょごらあああああぁぁ……もう僕死ぬかと思ったよおおおぉぉぉ……」
そんな俺達の姿を、リーンは遠目で見つめていた。涙で濡れたその目は、キラキラと光っていた。




