30.リーンの意思
リーンはしばらくの間、声を上げて泣き続けた。
落ち着いてきた頃、アルクは恐る恐るリーンに問いかける。
「ど、どうして……」
(訳:どうして一人でこんなところに来たんだい?だ)
リーンは鼻をすすりながら答える。
「……ごめんなさい。少しは剣の振り方が分かったから、魔物で試してみたかった。見つかったら止められるから、夜のうちに抜け出して……」
「で、でも…」
(訳:でも危ないじゃないか、一人で魔物のいる森に行くなんて!)
「……魔物除けの護符つけてたから、安全だと思った。小さい魔物見つけたら、それだけ倒してみるつもりだった。」
「そ、それで…」
(訳:それで道に迷ってここまで来たのかい?)
「途中で、道が分からなくなって……気づいたら、こんなとこまできてた。……大きいカラスに追いかけられて、洞窟の中に逃げた。」
どうやらムックがカーカー喚きたてたのが怖かったようだ。
「……ごめんなさい。………ありがとう、ございます。」
リーンは申し訳ないと思っているようだが、それでもどこか頑なだった。
俺達はとにかく、ここを引き揚げることにした。
俺とアルクが立ち上がっても、しかし、リーンは座り込んだままだ。
『ま、まだ疲れてるのかな………』
アルクが恐る恐る手を差し出すと、リーンはそれをじっと見つめたが、やがて自力で立ち上がった。
これで何度目だか、またアルクの心がボキボキと折れていく音が響いた。
町に戻り、ハルトからたっぷりお説教を食らったリーンは、次の日から何食わぬ顔でまた兵舎に現れた。
リーンはいつもより少し口数が多く、アルクに向かいあれこれ質問を投げかけた。
「剣を振り下ろす時、どこに体重をかけたらいいんですか」
「体幹をもっと鍛えるためのトレーニングはありますか」
「間合いはこれで合っていますか」
次々と質問する姿は、まるでどこか焦っているようにも見える。
おそらく自分の無力さを痛感してしまったからだろう。
訓練後、リーンは例のごとく疲れ果て、地面にドサッと座り込んだ。
アルクは完全に嫌われていると思っているので、距離を開けて無言で佇んでいる。
アルク「……………」
リーン「……………」
無言に耐えられなくなったのか、または気になって仕方なくなったのか、アルクがリーンに質問しようと口を開いた。
「ど、どうして……」
ちなみにアルクは、どうしてそこまでして強くなりたいのかと聞きたかったのだ。
しかしリーンは、アルクの質問を別の意味に受け止めたらしい。
「……どうして、あなたのことが嫌いなのか、ですか。」
「えっ……えっと……」
アルクはまさか、それについて詳細を知らされるとは思っていなかったのだ。
「そんなの、言わなくても分かると思ってました。
………あなたが来てから、お兄さまは全然私の相手をしてくれない。前はどんなに忙しくても、毎日稽古をつけてくれたのに。
あなたの訓練をするようになって、お兄さまはあなたに付きっきりになった。
だからあなたが嫌いです。
それに、あなたが森で魔物を倒すところ、たまに遠くから見てた。あなたは勇者なのに、そこまで強くない。強いけど、せいぜいA級かS級冒険者ぐらい。勇者だとは思えない。
…そっちの猫のほうが強い。」
リーンは俺を指さした。
「それに、クールだとか言われてるけど、お兄さまの前ではへらへらしてる。お兄さまにだけ愛想を振りまかないでほしい。みんなの前で恰好をつけてるつもりかも知れないけど、全然恰好良くない。
………あと、よくニヤニヤしながら、その猫にニャーニャー話しかけてる。気持ち悪い。」
「グハアッッ………!!!」
ボディーブローのように効いていたリーンの言葉は、最後の一撃でアルクにトドメを刺した。
アルクはまるで見えない何かに鳩尾を殴られたように、ガクッ膝から崩れ落ちた。
「あはははははは!」
ちょうど訓練所に顔を出したハルトが、リーンの言葉が聞こえていたと見えて、腹を抱えて大笑いした。
「あははははは!!ご、ごめんごめん、聞こえちゃって……はは、リーン、それはいくつか誤解が含まれてるよ………あははははは!」
またもや「燃え尽きたあしたのジョー」状態になっているアルクの横で、ハルトはしばらく笑い続けた。
「……お兄さま、笑いごとじゃないです。私は事実をそのまま言っただけです。」
リーンがツンとして言った。
「いや誤解だよ。アルク君はそもそも人見知りでコミュ障なんだ、僕とは普通に話せるようになったけど、他の人とは誰一人として話せない。決して恰好を付けている訳じゃないよ。
僕がリーンの稽古に付き合えなくなったのはアルク君のせいじゃない、僕のせいだ。それから猫語で話してるっていうのは、……まあ、それは事実だけど事情が……」
「ハルトさん、も、もういいよ……」
瀕死状態のアルクがやっと口を開いた。
納得できない様子のリーンは、剣を抱えてペコリと機械的に頭を下げ、プイッとそっぽを向いて行ってしまった。
「すまないね、愛想のない妹で……。でもあれが通常運転なんだ、悪く思わないでくれ。」
ハルトはまだ半分笑いながら、アルクに向かって言った。
「それはそうと、なぜリーンはあそこまでして強くなりたがってるんだ。」
俺が尋ねると、ハルトは人差し指で頬を掻いた。
「ああ、それは……色々あるけど、一番の理由はたぶん両親だ。僕たちの両親は冒険者業をしていて命を落としてね、魔物に襲われたんだけど……いつかその魔物を見つけて両親の敵討ちをしたいって思ってるようだし……
それに僕が護衛隊員だから自分もそうなりたいってのもある。僕はほとんどあいつの親代わりだから、僕にすごく懐いていてね……」
困ったもんだというように、ハルトは小さく笑った。
「まあ、そのうちリーンも、アルク君のことを分かってくれると思うよ……」
アルクは、とてもそんな日が来るとは思えない、という顔をしていた。
しかし意外にも早く、その日は訪れる事となる。
その日俺達は、久しぶりにギルドの依頼を受ける事となっていた。
森の上空に突如出現したワイバーンの討伐依頼で、今回もアルクが指名されたのだ。
アルクはリーンに、今日は訓練ができないと伝え謝罪した。
(実際には依頼書をリーンに見せ、「ごめん、訓練は……」と呟いただけだ)
俺達は町の北門を出てコクヨウを呼び出し、依頼書に書かれた現場へ向けて飛び立とうとした。その時、
「待って!!!」
遠くから俺達を呼び止める声が響いた。
コクヨウに跨った俺とアルクが振り返ると、なんとリーンが俺達の元へと駆け寄ってくる。
「私も、連れて行って!大丈夫、邪魔しない!離れたとこから、見るだけ、だから!!」
全速力で走ってきたのだろう、息を切らせたリーンは、途切れ途切れにそう言った。よく見ると、背中に剣を括り付けている。
「で、でも……」
明らかに危険な場所に、リーンを連れて行く訳にはいかない。
アルクは返事に窮している。
『おい、さっさと断って行くぞ。』
『う、うん……』
「ご、ごめん……!」
アルクがそれだけを言うと、コクヨウはバサバサッと宙に舞い上がり飛び立つ。
しかし、かなりの高度まで来たところで、コクヨウが気まずそうに言った。
「わ、わしのせいじゃないぞ……。いつの間にか尻尾にしがみついておって……」
「え、何を言ってるの、コクヨウ………って、ええっ!!?」
振り返った俺達が見たのは、コクヨウの尻尾に必死にしがみついているリーンの姿だった。
「ちょ、ちょっと!危ないよ!!……うわっ!!」
アルクは急いでリーンのところまで向かおうとしたが、コクヨウの揺れる背中で立ち上がるのは困難だ。
「ちっ、手間かけさせやがって。こうなったら連れて行くしかない。」
俺はそう言い、ぴょんとアルクを飛び越えてリーンの方へと歩いた。
リーンの前に立つと、くるりと体の方向を変え、リーンに向けて尻尾をピンと立てた。……本来は触られたくない部位だが、今は尻尾にしがみついてもらうしかない。
リーンは恐る恐る尻尾を掴む。
そして俺はリーンを従えながら、アルクの座る場所へと戻った。
リーンはアルクの後ろへゆっくりと座り込む。
勢いで飛び乗ったものの、高い場所は得意ではないようだ。アルクの背中に腕を回し、ギュッと服を握りしめた。
飛び続けること数分。俺達はやがて、巨大なコウモリのように空を飛び回るワイバーンを見つけたのだった。




