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勇者猫  作者: バゲット
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3.アルクと父

「ど、どうしよう・・・ぼく、こわい・・」


アルクは今、たまたま部屋の中で一人だった。

普段はメイドのナターシャか母アリゼーが近くにいるのだが、アルクの父が久々に帰ってくるというので、準備に忙しいのだ。


アルクは一人、部屋の中でぶつぶつ呟いている。


「ゆうしゃ・・まおうとうばつ・・そ、そんなことぼく、できない・・・」



勇者の儀式から2週間。

アルクは今や、国中の人から最強勇者だともてはやされていた。

実際に火炎砲を放ったのは俺だが、皆もちろんそれはアルクが放ったものだと思い込んでいた。



小心者のアルクは案の定、魔王討伐には行きたくないようだった。

前世の記憶がある彼は、周りに人がいるときは控えているのだが、誰もいなくなったとたんにペラペラと喋りだした。



「だいたい、あの時だって何が起こったのか・・僕は気を失って、それで・・

起きたらもう、魔物は死んでいて・・。ぼ、ぼくは何もできないのに!」



一歳の子供がスラスラ話すのは、やはり少し気味の悪いものだ。


アルクはくるっと振り向き、床に座り込んでいる俺に目を向けた。

俺ももう1歳3か月の黒猫(♀)だ。猫の中ではすでに大人なので、体はずんぐりと大きくなっている。

黒猫の上に目つきが悪くふてぶてしいと、ナターシャや他の使用人たちからは嫌われていた。



「ねえしょこら!どうしよう、ぼく・・・ぼくずっとお家にひきこもっていたいよお!魔王を倒しになんて、行きたくない!!」



会話できない俺に向かって、一方的に話しかけてくる。

普段皆の前で抑え込んでいた感情が、爆発しているようだ。



「みんな僕のこと、最強だなんて言うし・・。どうやってバリアや魔法を使ったのかなんて分からないし、そもそも僕の力じゃないかも知れないのに!


アニメや小説だとこういうとき、自分のチート能力を確認できるはずなのに、いくら念じても魔法は発動しないし、自分のスキル鑑定もできないし、武術に秀でているとも思えない!

一体どうなってるのか分からないよお!助けてよしょこら!!」


俺の体にギュッとしがみつき、アルクは弱音を吐き続けた。



こいつ…。これまで部屋で二人きりになる機会がなかったから、知らなかったが、ここまで話せるのか。

そして思った通りの超小心者だ。


俺は相手にせず、フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

こいつの相手をしている場合ではない。俺だって、これからのことを考えなくてはならないのだ。



正直、俺だって魔王討伐には行きたくなかった。

しかし勇者の称号を与えられたものは、魔王討伐に向かう運命にある。運命に背くということは神に背くことであり、命を落とすと言われている。


俺はしかし、そんな面倒なことをするくらいなら死んでやったほうがましだと考えていた。

だからもしこれが俺一人に関わることなら、すんなり諦めていただろう。



問題なのは、アルクの母アリゼーだ。

世の中ではアルクが勇者と信じられているので、そのアルクが魔王討伐の責任を放棄するとなれば、反逆罪に等しい罪に問われる。

その罰はアルク本人のみならず、フレデール家全体に及ぶだろう。


俺はアルクには大して情はないし、一家が滅んだところで本来関係ないことだが、アリゼーには恩がある。

我ながら根はお人好しなので、さすがの俺にも状況を無視することはできなかった。



ちなみに俺はこの一年、何も準備しなかった訳ではない。

主に勇者の儀式を乗り切るため(アルクの国外追放を回避し、アリゼーを悲しませないため)に、俺は夜な夜な鍛えていたのだ。



方法は簡単だ。夜、アルクが眠ったあと、スルリと赤ん坊用ベッドから抜け出す。

(アルクは俺を抱き枕にしているが、一度寝たら朝まで起きないのだ)


窓枠に飛び乗り、口で鍵をひねって開けて窓の外に出る。

部屋は3階だったが、勇者特有の身体能力があるので、俺は軽々と地面に飛び降りる。そこから近くの森へ行き、ほぼ毎日魔物を討伐していたのだ。


最初は弱小のスライムに始まり、ホーンラビット、ゴブリン、オーガ、ジャイアントボア・・・


レベルが上がるにつれて森の奥へ進み、より強い魔物を討伐した。

今では猫パンチだけで、中級程度の魔物は倒せる。


儀式を乗り切るにはバリアを展開できれば良かったのだが、念のため備えておくに越したことはなかったし、結局それが功を奏したのだ。



自分自身を鑑定すると、俺は今レベル100らしい。

宮廷兵士や魔術師のレベルが平均60~70なので、正直結構強い。



そこまで鍛えて儀式を乗り切った俺だったが、アルクが正式に勇者と認められた今となっては、もはや魔王討伐の旅に出ることは避けられなかった。



まったく面倒だ。

しかし、そもそもこいつ本当に、魔王討伐には行かないんじゃないか。そんなことするくらいなら、あっさり死ぬと言い出しそうだ。

目の前で嘆くアルクを見ていると、その可能性のほうが大きい気がしてきた。



そこへ、ナターシャが部屋に入ってきた。


「坊ちゃま、お一人にして申し訳ございません!あらあら、そんなにお泣きになって…」



俺に向かって泣き言を言いながら涙を流していたアルクは、ぴたりと黙り込んだ。

ナターシャは、アルクが一人にされたことで泣いていたと勘違いしたらしい。



「さあ、ご主人様がご帰宅されましたよ。アルク様が見事に儀式を乗り越えられたお祝いのために、お忙しい中帰られたのです。早くお出迎えに参りましょう。」


ナターシャはアルクを抱きかかえると、部屋を出て行った。

俺もなんとなく後をついていった。アルクが父の前で、魔王討伐を拒否するのではないかと思ったからだ。



玄関の内側では、ナターシャを含むメイドと、母アリゼーが並んでいた。アルクは今は母に抱きかかえられ、まだ涙の跡を光らせながら玄関のドアを見つめている。


玄関のドアが開いて、アルクの父が入ってきた。


「お帰りなさいませ、ご主人様。」

「お帰りなさい、あなた。」

「うむ。皆変わりないようで、安心したぞ。」


アルクの父の低い声が響く。



フレデール家は伯爵家なので、爵位はそこまで高くない。屋敷もこぢんまりとしたもので、使用人の数も少ない。

それでも一応貴族の領主なので、領地経営に何かと忙しく、父は家に帰らない日も多かった。


久しぶりに帰宅した父ゼノスは、笑顔こそ作らなかったが、柔らかい眼差しで皆を見渡した。

俺が父の姿を目にするのは二度目だったが、以前と変わらず口ひげを生やし、髪はアルクと全く異なる金色だった。寡黙で多くを語らないタイプで、一見すると怖そうな男だ。



そして早速、アルクは父ゼノスの部屋で話をすることになったのだ。


ゼノスは二人で話したかったようだが、アルクは一人では心細いようで(何度も言うが小心者なのだ)、俺を抱きかかえながら部屋に入った。


父は、まあ言葉の分からない猫だし、いてもいなくても同じだと思ったのだろう。俺も部屋に入ることを黙認した。



二人のやり取りは、特筆すべきことのない、ありきたりなものだった。


見事に儀式を乗り越えたことへの賛辞に始まり、お前が我が息子で誇らしい、フレデール一家全員が、アルクの魔王討伐達成を期待している・・などだった。



アルクはしかし、最後まで父の話を聞いたあと、恐る恐る口にした。


「で、でも父上、ぼ、ぼく本当は怖くて・・。ぼく自身の力が、ぼくには分からなくて。

魔王討伐なんて、ぼくに本当に、できるのか・・」


絞り出すようにそう言った。

魔王討伐に行きたくないと懇願すれば、今なら辞退できるかもしれない。今言っておかなければ、もう運命からは逃れられない。そう思い、父に助けを求めようとしたのだ。


父は、一歳の息子が思ったよりスラスラ話し出したことに、少し驚いた表情を見せた。

しばらく黙り込んでいたが、やがて口を開いた。



「アルクよ、お前は心優しいが小心者だ。いいか、自分に自分を持ちなさい。実際お前は、自分ではそうと分からなくても、見事に巨大な魔物を討伐して見せたのだから。大丈夫、お前は私の自慢の息子だ。」


アルクは、予想通りの答えだったのか、特に反論せずしゅんと下を向いた。



「しかし…」父が続けた。


「お前がどうしても行きたくないというなら、俺や母さんは無理強いしない。お前の人生だ、本来は神ではなくお前自身が進む道を決めるべきなのだ。


ただし、神託に背くとなると、お前は元より、俺たち家族は危険な立場に立たされる。すぐに反逆罪で捕まるだろう。

だからお前が別の人生を歩みたいというなら、すぐに屋敷を売り払い国外へ逃亡しよう。大丈夫、その後のことは、俺が何とかするさ。」



父はそう言って、アルクの頭を撫でた。

母も優しいが、父も優しいのだ。


アルクは父を見つめた。非常に迷っているようだった。

もちろんアルクの希望としては、家族みんなで国外へ逃亡し、静かに暮らすほうがよかった。


ただし土地も財産も全て捨てるとなると、親に多大な迷惑をかけることになる。その後の暮らしだってどうなるか分からない。

それどころか、無事に国外逃亡できる可能性はそもそも高くない。途中で捕まり、全員殺されるのが目に見えている…。



小心者といえど、親譲りでやさしいアルクは、勇者の運命を受け入れるしかなかった。

やれやれ、不憫だ。だって実際は勇者ではないのだから。



父は息子の覚悟を感じ取り、再度頭をポンポンと撫でた。

珍しいことに、僅かに笑みまで漏らしている。



そして父はこう言った。

「旅に出るのは15歳を過ぎてからと決まっている。もう少し大きくなったら、我が領地の兵士たちと一緒に訓練をするがいい。あとは、そうだな、旅立つ際はその猫も連れて行ったらどうだ?」


父は俺を指さしてそう言った。

「勇者なら、動物や魔物と従魔契約を交わせるだろう。従魔になると寿命も延びるし、ずっとお前の心の支えになってくれるだろう。」


この父も母と同じで、黒猫に対する偏見はないのだ。


アルクは少し顔を輝かせた。


「うん、そうする・・!で、でも僕に、そんな魔法使えるかな・・・」

「大丈夫、時間はたっぷりあるから、練習すればいいさ。」


父は優しくそう言った。



こうしてアルクは気が進まないながらも、勇者としての運命を受け入れたのだった。



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