29.失踪
ある日、リーンの訓練が終わると、ハルトが訓練所に顔を出した。
「やあ、忙しくてなかなか様子を見に来られなくて、悪かったね。リーンの調子はどう……って、どうしたんだいアルク君……何というか、燃え尽きたあしたのジョーみたいだよ」
リーンの「嫌い」事件以降、アルクは毎日しょぼくれていた。
この日もリーンの姿を見送った後、地面に崩れるように座り込み、灰のようになっていたのだ。
「ハルトさん……。ごめん、僕、リーンに何かすごく悪いことをしてしまったのかも知れない……」
俺が「嫌い」宣言について説明すると、ハルトは大笑いした。
「あははははははは!そんなことがあったんだ、大丈夫気にしなくていいよ、リーンはああいう奴だから。ほら、なんだっけ昔流行ってた……そう、ツンデレってやつだよ!」
ハルトは忙しいようで、ポンとアルクの肩を叩いてその場を去った。
「………ねえしょこら、デレって何だろう…………」
俺はツンデレという言葉を知らないので、とりあえず放っておいた。
リーンが姿を消したのは、その3日後だった。
その日の朝、ハルトが俺達の宿屋を訪れ、慌てた様子でリーンを見なかったかと尋ねてきた。
ハルトは兵舎暮らし、リーンは祖母と住んでいるらしいが、今朝祖母が部屋を確認したところ、リーンの姿が消えていたらしい。
「今、隊のみんなにも探してもらってるんだけど、どこにもいないみたいなんだ…」
ハルトの話によると、過去にも一度同じことがあったらしい。
どうしても自分で魔物を倒してみたかった5歳のリーンは、一人で町の北門を出ていくところを門衛に止められたという。
「まさかとは思うけど、あいつ町の外に出て行ったんじゃ……。今のあいつなら門衛の目を盗んで出ていくぐらいやりかねないからな……」
町中は兵士達が探しているので、俺達は町の外を調べることにした。
「大丈夫かな、まさか一人で森に入ったりしてないよね……」
俺達が森の方向へと走っていると、カラスのムックから俺とアルクに念話が飛んできた。
『オイ、似たような少女を見つけたゾ!ロカド山岳の方向ダ、道に迷ってるみたいダ!俺が話しかけたら、怖がられて逃げちまっタ……』
『ひ、久しぶりだねムック…。というか、ロカド山岳!?そんな遠くまで一人で行ったの!?』
とにかく今は行くしかない。
俺はムックと同じくリーンの捜索をさせていたコクヨウを呼び戻し、その背に乗ってロカド山岳付近へと急いだ。
俺は一応ハルトに念話で報告した。
『ロカド山岳付近にリーンらしき女の子がいたらしい。今コクヨウで向かっている。』
『本当かい、ありがとう。僕もできるだけ急いで追いかけるよ!』
『ああ、麓の洞窟に入っちまう!ダメダ、俺が近づいたらまた逃げちまっタ!!』
ムックの慌てる声が響いた。
数分後、俺達はロカド山岳麓にある、薄暗い洞窟の前に立っていた。
洞窟の中からは冷気を含んだ風がヒュウウゥゥゥと不吉な音を立てて吹き出しており、俺達の毛を逆立てた。
「し、しょこら、ここって魔物出るかな……」
アルクは恐る恐る、中の様子を伺っている。
入り口は狭かったので、俺達はコクヨウをハルトの迎えに行かせ、先に進むことにした。
「急ぐぞ。まだそんなに遠くには行っていないはずだ。」
洞窟は狭く、中に入ると両側の壁が俺達を圧迫するような感覚があった。奥に進むにつれて太陽の光は届かなくなり、闇が俺達を包み込む。
俺達は光魔法で足元を照らしながら、何とか進み続けた。なぜか足元には水たまりが数か所できており、歩くたびにピチャピチャと音がする。
「り、リーンは本当にこんなとこにいるのかな……」
「しっ、何か聞こえるぞ」
アルクが慌てて口をつぐみ、耳を澄ませた。
猫の俺の耳に、女の子のすすり泣く声が聞こえていた。
俺がサッと走り出し、アルクが慌てて後に続く。
するとその先、狭い洞窟の壁が少し開けたところに、リーンが座り込んでいた。
両足を抱えるように座り、顔を腕の中に埋めている。
「よ、よかった……」
アルクがそう言った直後、リーンは突然顔を上げ、同時に右手を上げた。
「ぐああぁぁっ!!!」
洞窟が狭い事と、咄嗟のことで避けきれなかったアルクが痛みに悲鳴を上げる。リーンの手から発射された氷の棘が、アルクの右太腿に突き刺さっていた。
「な、なんで……。リーンは魔法を使えないはずじゃ………」
左足で体を支えつつ、右足を回復魔法で癒しながらアルクが言った。
「気を付けろ、また来るぞ!」
俺はアルクにバリアを施し、自分はヒラリとジャンプして次々と飛んでる大量の棘をかわした。
「あいつ、何かに操られているな。しかし本体はどこだ、リーン以外には何も……」
「うわああああ!しょしょしょこら、道が!!」
アルクが指さす方向に目を向けると、俺達が歩いて来た道が完全に氷で塞がれている。
かなり分厚い氷のようで、一体どこまで続いているか分からない。さらに悪いことに、その氷の表面はみるみる溶け出し、俺達が閉じ込められた空間に水が流れ込んでいる。こんなに溶けているのに、道を塞いだ氷が尽きる気配は全くない。
「し、しょこら……これって僕たち、ほんの数分後には溺死しちゃうんじゃ………」
そう言うアルクの足元、すでに膝下まで水位は上昇している。俺はアルクの頭に飛び乗った。
アルクは慌てて、再び地面に座り込んでいたリーンを自分の背中に負った。今はぐったりと気絶しているようだ。
「落ち着け、とりあえずバリアを展開しておけ。……ちっ、どうやらさっき飛んできた氷の棘が変形して道を塞いだようだな。」
氷なら火炎魔法で溶けそうだが、表面が完全に水になって流れ出しているので、おそらく炎は無駄だろう。
氷を砕くなら岩だろうか。俺は土魔法で巨大な石錐を作り出し、氷に向けて発射した。
ガギイイィィン!!
鈍い音を立て、厚い氷が大きく陥没した。しかし水が流れ出す勢いは一向に止まらない。
「しょこら……まずいよ……」
今や水はアルクの肩下まで達している。
クソ、流れ出す水に勢いを削られるようだ。
それならこれはどうだ。
俺は再度石錐を作り出し、そいつを風魔法でドリルのように高速回転させた。
そして回転する巨大なドリルを、あらん限りの力で氷に向かって吹き飛ばした。
ガギャギャギャギャ!!!
ドリルは轟音を上げながら、氷へと食い込んでいく。
そしておそらく、厚い氷を貫通し穴を穿つことができた。
穴が開いたことで多少水位が下がり、水の勢いは弱まったものの、まだ俺達の方向へも流れ込んでいる。
仕方ない。穴の中から泳いで出るしかないか……
そう考えた矢先、変幻自在に形を変えられる氷は、みるみる穴を小さくして閉じてしまった。
「だ、だめだ……絶望だ………」
アルクが弱々しく呟く。
するとその時、厚い氷の向こう側で何かが動いた気配がした。
ユラユラと揺れるそれは、氷を溶かしつつどんどん俺達の方向へと近づいているようだ。
次の瞬間、バシャーーーーンと派手な音を立て、俺達の目の前で氷と水の混合物が破裂した。
「君達、大丈夫かい!!?」
ハルトが道の向こうから、俺達の方へ慌てて走り込んでくる。
「道が塞がれていたから、入り口からコクヨウにブレスを噴射してもらったんだ。間に合ったようで良かったよ………」
ハルトはドサリとその場に座り込んだ。
「ハ、ハルトさん、さっきのって一体……」
アルクはガタガタ震えながら、ほとんど泣きそうになっている。
「……さっきのはウンディーネ、水の妖精って呼ばれてるけど、れっきとした魔物だよ。変幻自在で、決まった姿形はないんだ……物理攻撃はほとんど効かない。
おそらくこの洞窟を住処にしていて、侵入者達をまとめて始末しようとしたんだね……コクヨウのブレスで奴の魔力を抑え込めて助かったよ……」
「リ、リーンが操られてたみたいだけど……」
「ああ、精霊と呼ばれるだけあって、一時的に何かに取り憑くことができるんだ……でも本当に、みんな無事でよかった……」
ハルトは深いため息をつき俯いた。
「まだ兵の皆が外で捜索してくれている。僕は先に行って知らせてくるよ、君達は少し休んでから戻ってくれ。あまり長居はするなよ、ブレスの効果が切れる前には移動するんだ。……本当にすまない、リーンには僕から後でたっぷり説教しておくよ」
ハルトは急いで洞窟を飛び出していった。
しばらくすると、気絶していたリーンが目を覚ました。
体を起こし、キョロキョロと辺りを見回す。
そして、何やら自分のせいで大変なことが起きたと悟ったようで、みるみる目に涙を浮かべ出した。
「えっと……」
アルクはリーンの様子を見て狼狽している。
『しょこらあああ!こういう時は何て言ったらいいの!?』
『うるせえな、何だっていいだろ』
「だ、大丈……」
アルクが声をかけようとしたが、リーンはついに大声を上げて泣き出した。
しばらくの間洞窟の中には、リーンが泣き叫ぶ声だけが響き渡っていた。




