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勇者猫  作者: バゲット
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28.ハルトの妹

一週間の実地訓練を終えた俺達は、翌日は休息日とすることにした。



ハルトの個人訓練も合わせると、ほぼ二週間はほぼぶっ通しの訓練だったのだ。

さすがに今日ぐらい休んでもいいだろう。



アルクは昼間から宿屋の温泉に入っていた。

俺は嫌だと言うのに一人では寂しいとうるさいので、結局アルクが温泉に浸かる傍で座って見ていることになった。


「まったく、温泉ぐらい一人で入れよな。ここは湿度も高いしあまり好きじゃないんだ」


「いいじゃないか、だって一人で極楽だ~とか言うのもなんか寂しいしさ……」


すると背後から、俺達に声をかける者がいた。


「つれないなあ君達、温泉に入るなら僕も誘ってくれよ!」


もちろんハルトだ。ドボンとアルクの横に浸かり、気持ちよさそうにため息をついた。



「あれ、ハルトさん、今日は兵の仕事は……?」


「さすがに今日は僕も休みだよ。明日からまたいつも通りの勤務だけどね。

…あれ、しょこら君、温泉入らないのかい?すごく気持ちいいのに……」


「お前…わざと言ってるだろ。温泉好きな猫がどこにいる。」


「人間の姿になったら、温泉の良さが分か………るのにね、なれないんだから、残念だよね!」


俺がギロリと鋭い視線を向けると、ハルトはしらばっくれたように言った。



温泉の後に涼みながら、ハルトが俺達に言った。


「ねえ、訓練が終わったばかりだけど、実は君達に頼みたいことがあって…。」


「なんだ。護衛隊からの依頼か。」


「いや、僕の個人的なお願いだよ。……実は僕の妹のリーンがね、僕に訓練してくれって毎日せがんで来るんだけど……。僕は明日から兵の仕事でしばらく忙しいし、君達で少し相手してやってほしいんだ。


もちろん君達も忙しいのは分かってるから、一日30分とか、15分でもいい。


僕を見て育ったからか、やけに責任感が強くてね、自分も将来護衛隊に入って町を守るんだって意気込んでてね…」



俺はアルクを見た。

いつかモントールの町で、コクヨウ討伐で一緒になった冒険者達から訓練を頼まれたとき、一瞬で断っていたアルクだ。

今回も断るだろうか、あるいはハルトの頼みだから引き受けるだろうか。


………しばらく待っても、アルクは答えに窮していた。


やれやれ。


「そのぐらいなら問題ない。明日から相手してやるよ。」


俺が答えると、アルクは少し驚いて俺を見た。


「え、いいの!?ま、まあうん、そうだね、僕もいいよ………全然自信ないけど………というか、妹さんってしょこらと話せないよね?実質、教えてあげられるのって僕だけじゃないの……?」


「まあそうだな。がんばれよ。」


「そ、そんな!完全に他人事じゃないか!も、もう………分かったよ………」




翌日俺達はハルトの妹、リーンの元へと向かった。



リーンとは護衛隊の兵舎で待ち合わせしていた。

ハルトの口利きで特別に、兵舎の裏手にある訓練所の一部を使用していいことになったのだ。

もちろん、兵士達が使わない時間に限るが。



俺達が兵舎に到着したのは正午だった。兵士達の休憩時間だ。

リーンはすでにそこにいて、じっと立って俺達を待っていた。ちょうど胸あたりまである波打った髪を、後ろで一つにまとめている。


アルク「……………」

リーン「……………」


『………おい、挨拶ぐらいしたらどうだ。』

俺はアルクに向かって念話で言った。


『………しょこら、この場合の挨拶って何……?こんにちは?初めまして?よろしくね……?』


アルクが何も言わないので、リーンはプイッとそっぽを向き、無言のままスタスタと兵舎の門へと入ってしまった。


『……しょこら、なんか僕、もう嫌われてない……?』


出会って1分も経っていないのに、既にアルクの心がボキボキと折れる音が聞こえた。



訓練所へ到着した俺達は、とりあえずそこにあるダミー人形の前に立った。剣や刀の訓練をするダミー人形だが、見た目はただの太い丸太のようだ。


アルク「……………」

リーン「……………」



こいつら……。もしかしてリーンもコミュ障なのか?


しばしの無言の後、リーンがやっと口を開いた。


「剣、使ったことないので、教えてください。」


いわゆる可愛らしい声だったが、どこかツンとした言い方だった。


『しょこら……教えてって言われても、どうやって教えればいいの……?』


こいつ、いちいち念話で助けを求めてくるな。


『とりあえず見本でも見せてやれよ。』

『見本…。そうか、そうだね!それならできる……』


アルクは無言のままダミー人形の前に立ち、剣を取り出した。

そして真上に大きく振りかぶり、人形に向けて振り下ろす。一撃で人形はザクっと真っ二つになった。


ダミー人形は特殊な魔法が施されているようで、しばらくすると勝手に自動修復され、元の形へと戻った。


リーンは相変わらず無表情で見つめていたが、その瞳は心なしかキラキラと光を帯びていた。


「……やってみたい」



アルクはさっと脇に避けた。


リーンが同じように持参した剣を振りかざし、人形に向けて振り下ろした。

しかしその剣は、ゴツッと鈍い音を立てて木製の人形の上に落ちただけだった。


リーンはアルクを見つめた。コツを教えろと言っているらしい。


アルク「……………」

リーン「……………」


いつまで経っても返事がない。するとリーンがまた口を開いた。


「…見て覚えろってことですか。さっきあなたがしたように、何度も練習すれば良いですか。」


『……それでいいですか、しょこら………』


こいつ……思わず猫パンチを食らわせるところだぞ。


『お前な、フレデール家の兵士達と基礎訓練してただだろうが。忘れたのかよ。まずは繰り返し練習でいいだろ。体幹がそもそもぶれてるから鍛える必要があるし、正しいフォームも覚えるべきだ』


「……繰り返し、練習。」


アルクはそれだけを絞り出した。最初の部分しか言えていないぞ。


しかしリーンは、こくりと頷いた。



どうやらリーンは、強くなりたいという確固たる意志を持っているようだった。

体力こそ全くないものの、どんなに疲れても剣を振り下ろすことを止めようとしない。ヨロヨロとよろけながらも、何度もダミー人形を打ち続けた。



アルクは黙って見ていたが、さすがに一時間が経過した頃、心配になったようだ。

リーンは今やゼエゼエと息をして、立っているのもやっとという様子だ。


「もう、そのへんで……」


アルクがそう言いかけたとき、リーンの手から剣が滑り落ち、ガキイィンと音を立てて地面に落ちた。

力が抜けたように崩れ落ちたリーンを、アルクが慌てて支えた。


ドサッとアルクの腕に落ちたリーンだったが、次の瞬間ハッとして、サッとアルクから身を引いた。


「……ありがとうございました。」


リーンはそう言い残し、剣を抱えてさっさと走り去ってしまった。



アルクは走り去るリーンを見つめながら言った。


「ねえ、僕、完全に嫌われてるよね………まるで僕に触られたくないとばかりに………」


幼い女の子から拒否反応を示されたことは、さすがに応えたようだ。

アルクはその日ずっと、しゅんと下を向き落ち込んでいた。


「やっぱり僕、教えるのに向いてないよ……。ああ、これがしばらく毎日か……」



それから毎日、リーンは欠かさず兵舎に現れた。

毎日体力の限界まで剣を振っても、全く音を上げることはなかった。ただひたすら黙々と剣を振り続けては、ペコリと頭を下げて走り去る日々を続けていた。



「リーンって、どうしてそこまでして強くなりたいのかな。やっぱりハルトさんを見てるから、自分も同じようにって思うのかな…」


訓練を開始して一週間後、いつも通りリーンが走り去った後、アルクが俺に問いかけた。


「さあな。たぶんそんなところだろ。それにしても毎日あれだけというのはきついだろうに、よくやってるな。」


「うん、そうだね……。他に何か、やらせてあげた方がいいかな……」



その翌日もリーンはやって来た。

いつも通りダミー人形に向かい剣を構えたが、ふとアルクの方を見た。


「……また見本を見たい。あと、他のも見てみたい。」


リーンからそう言ってくれたことで、アルクはほっとしたようだった。


アルクは再度前回と同じく、真上から人形を切り裂いた。そしてそれが自動修復すると、今度は横から叩き切り、次は正面から突いて人形を破壊した。


アルクの一連の動作を、リーンはまた目を輝かせて見つめていた。


俄然力が入ったようで、その日はいつにも増して激しく剣を振り下ろし続けた。

最後は完全に立てなくなり、へなへなとその場に倒れた。



以前拒否されたアルクはリーンに触れることをためらったので、今回は受け止めることができなかった。

傍にしゃがみこみ、声をかける。


『え、えっと……』


いちいち念話で考えるな。


「大丈夫……?」


リーンは顔を上げて頷いた。そしてアルクに向かって言った。


「大丈夫です。また明日からやれます。……あなたのことは嫌いだけど、教えてくれてありがとうございます。」



アルクは面食らって言葉が出なかった。さすがの俺も、今回はアルクに同情した。


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