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勇者猫  作者: バゲット
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27.幻影

ハルトが語り終えても、しばらく誰も話さなかった。



すると俺の体にぽたぽたと水が落ちてきた。見上げると、アルクの頬を次から次へと大粒の涙が伝っている。

アルクは静かに泣き続け、ズズズっと大きく鼻をすすった。



「ごめんね、やはりあまり人に聞かせる話じゃなかったかな…。

でも安心して、僕だってずっと不幸だった訳じゃない。旅をする中で信頼できる仲間に出会い、パーティーを組むこともできた。生まれこそ悲惨だったけど、それなりに…」


ハルトはそこから先を言わなかった。




翌日俺達は、集合場所であるロカド山岳の入り口を目指して出発した。



「昨日はよく眠れたかい?やっと最終日だね。色々あったけど、結構楽しかったね」


「おい、まだ訓練は終わってないだろう。そんな呑気なこと言ってると、またフラグとやらが立っちまうぞ」


「あはは、そうだね、そうならないことを祈るよ……」


アルクはまだハルトの話を引きずっているようで、今朝はいつもより静かだった。



しばらく無言で歩いていると、ふと、左の茂みの方向から俺達を呼び止める声が聞こえた。


「あの、すみません……。」



声の方を見ると、若い女性が一人、茂みの中に立っていた。

エド町の住民が着ているような浴衣姿で、とても森に入る格好とは思えない。なぜこんな森の奥に一人でいるのかも疑問だ。


「あの、道に迷ってしまって……。よろしければ、ご一緒に……」


女性は俺達に向かって右手を伸ばし、よろよろと近づいて来た。かなり弱っている様子だ。


明らかに何か怪しい。俺が警戒して様子を観察していると、隣のアルクがふらふらと、女性のほうへと歩き始めた。


ハルトはまた、アルクの首根っこを摑まえた。


「アルク君。君はどうも精神干渉にかかりやすいようだね。やれやれ、人を信じやすい純粋な性格ほど、影響を受けるとは聞いたけど……」


ハルトはアルクの顔の前で、両手をパンと叩いた。

その音でアルクはハッと正気を取り戻した。


「アルク君、僕が講義で言ったよね、怨霊系の魔物に精神支配されそうになった場合、少しの音や刺激で自分を現実へと引き戻せるって。やはり訓練が足りなかったかな?」


ハルトはにっこりと笑って言った。


「わ、ご、ごめんハルトさん……何というか、ずっとぼーっとしてて………。って、これ、怨霊なの!?」


「ああ。過去に森に迷い込んで亡くなった人達の姿を模しているんだ。模倣霊、イミテーション・ゴーストと呼ばれている。人の精神を支配して生命力を吸い取り殺すんだ。」



正体がバレたと悟った途端、女性の顔が恐ろしい形相へと変化した。


「ヴヴヴヴヴヴ………」

眉間に深いしわが寄り、歯をむき出しにして唸る姿は、とても人間には見えなかった。


俺はゴーストに向かって、ライトアローを発射した。

呆気ないもので、ゴーストは数秒間ギエエエエエと叫び声を上げて消滅した。



「さすが速いね、しょこら君。ゴーストには光か炎って教えたこともちゃんと覚えていたんだね」


「フン、そんなこと覚えるまでもないだろ。」



しかしその直後、また茂がガサガサガサッと大きな音を立て揺れ始めた。


「な、なんかまだ、何かいそうだよ………」


アルクが体を震わせながら囁いた。虫と同じく、幽霊も大の苦手なのだ。というかこいつに得意な魔物なんていない。



すると茂みの奥から、同じように人間の恰好をした者達が続々と飛び出してきた。その数は数十人に上る程だったが、よく見ると同じ人間に化けたゴーストが何体も交じっている。


「やれやれ、ここは悪霊たちの住処のようだね……」

ハルトはため息をついた。


俺は周囲に向けて次々と光魔法を放った。ハルトは中級程度の風魔法しか使えないため、今回も攻撃が当たらない場所へと避難した。


「うわああああ!倒しても倒してもきりがないよ!嫌だ、ぼく幽霊も苦手なんだよ!!」


「そんなことは言われなくても分かってる。いいからさっさと攻撃しろ!」



するとその時、新しい人影が木立の間から姿を現した。

俺はちらりとその人影を見て、一瞬言葉を失った。



それはアルクの母、アリゼーの姿だった。



俺は一瞬混乱した。アリゼーがこの森の中で命を落とした?


いや、ありえない。アリゼーがフレデール領から一人で、こんな森の奥に来るはずがない。

おそらくこいつもゴーストだ。だがなぜ、アリゼーの姿をしているのかが図りかねた。


俺はハルトの方を見た。ハルトならゴーストについて何か知っていると思ったからだ。



しかしハルトはそのゴーストを見て、完全に固まっていた。信じられないというように目を見開いている。


アルクも同じだった。恐怖と驚きで目を見張り、ゴーストの姿を見つめ続けている。


アルクはともかく、ハルトがアリゼーの姿を見て、そこまで驚くとは思えない。ハルトに取っては知らない女性のはずだからだ。


俺はアルクに向かい、そのゴーストがどのような姿に見えるかを尋ねた。


しかし、アルクは俺の声が耳に入らないらしい。



「おい。……おい!お前、あれがどんな姿に見えているんだ。」



数回の呼びかけも虚しくアルクは答えなかった。

しかし、俺の問いに答えるのではなく、独り言のようにアルクは呟いた。


「か、母さん…………」



やはりアリゼーに見えているのだろうか。


俺はハルトに向かって同じ問いかけをしてみたが、ハルトは珍しく心を乱しているようだった。


「おい、聞こえてるのか?………って、おい!!」



次の瞬間、アルクとハルトはゴーストの方へ向かって、全速力で駈け出した。

まったく、精神干渉を防ぐには……とかさっき偉そうに言っていたのは誰だ。



俺にとってはアリゼーに見えるその霊は、ニタリと不吉な笑みを浮かべながら両手を広げ、アルクとハルトの姿を一度に抱きしめた。

そしてその白い腕が伸び広がり、大きな靄のようになり二人の体を包み込む。


おそらくあのようにして、体から生気を奪い取るのだろう。



やれやれ。これでは光魔法をぶっ放すと、二人の体ごと消し飛んでしまう。



奴が二人の生命力を奪いきるのにどのくらいかかるのだろうか。二人は段々と力が抜けて、膝からガクリと地面へ崩れ落ちた。



俺はしばらく攻撃方法を考えていたが、ふと気づいた。

俺もあの霧の中に飛び込めばいいのだ。


精神干渉にかかったふりをして、俺は靄に向かって走り出した。そして二人が包まれている靄の中へと身を投じた。

白い靄はヒヤリと冷たく、通り抜ける際に俺の体をブルッと震わせた。



靄の中に入り込んで見上げると、ゴーストの醜い形相がそこにあり、口が裂けるほどの笑みで二人を見つめていた。もはやアリゼーとは似ても似つかない。

そしてアルクとハルトはというと、頬に涙を流しながらも、心から嬉しいというように微笑んでいる。


まったく……幸せそうなところ悪いが、そろそろ終わりにさせてもらうぞ。


俺は右前脚を左から右へ、弧を描くようにブンっと動かした。俺が動かした軌跡に沿って、光魔法が扇形に発射される。


それで靄の半分は消し飛んだ。残り半分も同じようにして、内側から完全に払い飛ばした。



二人はそのまま、ドサリと地面に倒れ込んだ。


ゴーストはせっかくの獲物を逃がされ、ご立腹のようだ。ゴーストの胴体部分だった靄が消し飛び、顔だけが宙に浮いて残っている。


俺は何となく光魔法があまり性に合わないので、最後は火炎魔法を発射した。

またあのギエエエエエエエが聞こえ、今回もほんの数秒でゴーストは消滅した。


……やはり、炎で焼き払う感覚のほうがなぜか気分がいい。



二人は少し生気を吸い取られたようだが、気絶しているだけで問題なさそうだ。

俺はアルクとハルトの顔を、順番にバシハシッと猫パンチした。



「いたっ!!………あ、あれ、しょこら………。あれ、僕夢でも見てたのかな……」


「あれはゴーストだ。ただアリゼーの姿を模していただけだ。どうやったのかは知らんがな。」


俺が言うと、アルクは少し怪訝な顔をした。


「え、アリゼー……?いや、僕が見たのは前世の……ユウトだった頃の、母さんなんだ……」


なるほど。とするとやはり、人によって異なる姿に見えていたということだ。

大方、その者の心の中にいる人物を読み取って模倣するか何かだろう。



ハルトも既に起き上がっていた。しかし、珍しく青白い顔をして俯き、地面に座り込んだままだ。


「……おい大丈夫か。生気がほぼ吸い取られたか。」


ハルトは俺の方を振り向いたが、しばらく何も答えなかった。



「………ああ、ごめんね。いや、本当にごめん。こんな簡単なものに引っかかるなんて………。


ああ、あれは、イミテーション・ゴーストの上位種で、人の思念を読み取り、その者の心の中にいる人物に模倣するんだよ。模倣というか、幻影を見せられているようなものだけど。


………(たち)が悪いのは、見る者の心を最も動揺させる人物が、幻影として現れる………」



ハルトはそこまで言って、よいしょと言いながら立ち上がった。


「いやすまない、時間を少し無駄にしちゃったね。今回はありがとう、しょこら君。助かったよ…」



何となく歯切れが悪い感じがあったが、その場を離れるとハルトは通常運転へと戻っていた。



多少のトラブルはあったものの、俺達は無事正午の1時間前には、目的地へと到着したのだった。

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