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勇者猫  作者: バゲット
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26.ハジメ・シロヤマの誕生

そうしてハルトは、勇者ハジメ・シロヤマについて語りだした。




……まず最初に、この世界の勇者がどうやって生まれるか、君達はもう知ってるよね。


神王と呼ばれる者が、何年何月何日何時に、〇〇家に生まれる赤子こそが勇者であると予言する。

予言は王家の神父により受諾され、神の啓示として全国民へと通知される。その赤子は、生まれる前から勇者として世間に認知されることになる。


しかし赤子は、勇者としてのスキルを持って生まれるわけではない。女神が生まれた赤子に対して、後天的に勇者の称号とスキルを与えるんだ。


……神王が勇者として選ぶのは、必ず異世界から転生してきた魂だ。


この世界では、神が恣意的に異世界から誰かを転生させることはない。たまたま転生してきた者を、神王が勇者として選ぶんだ。


僕が女神に聞いた話だと、異世界から来た魂の方が、勇者としての適性があるとの事だった。



だから勇者は必ずしも、アルク君のような貴族出身とは限らない。平民出身の場合もあるし、たまたま王家に生まれた勇者も過去にはいたようだ。



……僕は、貴族でも王族でも、平民ですらなかった。



僕は生まれてすぐ母親に捨てられ、孤児院に入れられたんだよ。


もちろん前世の記憶を持って生まれたから、僕の意識は赤子の頃からはっきりしていた。母が僕を捨てた瞬間も、覚えている。



母にとって僕は、望まれない子供だったんだ。



母は貧しく、この大陸のずっと南にある小さな集落に住んでいた。集落というより、ほぼスラム街だ。


誰も見向きもしない廃れた場所だったし、治安も悪かった。悪事を働く輩がたくさんいた。

母は集落を訪れた無法者から暴行を受けて、僕を身ごもったんだ。



……まさか僕が、たまたまそんな母の子供として転生するなんてね。


僕を見る母親の、憎しみの籠った目つきは今でも覚えている。

見知らぬ暴漢との間に生まれた、醜い赤子だっただろう。



それでも母は、僕を直接殺してしまうことはなかった。村の集積所、つまりゴミ置き場に捨てたんだ。

もちろん直接手を下さなくても、それは僕を殺すのと同じことだけどね。



それから僕は運よく、孤児院の職員に拾われた。貧しい地域の恵まれない子供たちを助けるため、職員が定期的に見回りをしていたんだ。


僕がわざと大声で泣くと、その人は気づいてくれたんだ。



……その時代の人々は困惑したよ。何しろ南部スラム街で生まれる赤子が、勇者だと予言されていたのだから。

しかもその赤子の母とされる女性は、僕を生んだ後に自らの命を絶っていた。


勇者の消息が不明となり、人々は混乱した。王都から調査団が派遣され、ようやくその赤子が孤児院に拾われたと確認した時、人々は胸をなで下ろした。少なくとも勇者は生きていた、と。



だけど誰も、僕を引き取ろうとか、援助を申し出ようと言う者はいなかった。

浮浪者に対する差別は根強かったんだ。スラム街から生まれた勇者なんて、軽蔑の的でしかなかった。



勇者は、世間のお荷物になってはいけない存在だった。



勇者とは生まれつき並外れた力を持ち、無条件でこの世界のために尽力し、魔王を討伐するものだ。国からの援助などなくとも、勇者として生まれたからには、その責務を遂行する存在だと、信じられていたんだ。


……全く、本当に盲目的だ。魔王討伐に向かうかを決めるのは、あくまで勇者の意思であるというのに。


だけど、だからこそ、勇者として十分な資質のない者や、魔王討伐に向かう意思のない者を「はぐれ者」として排除する慣習ができたんだろうね。何としても勇者に魔王を討伐させるために。勇者の人生に、それ以外の選択肢を与えないために。



とにかく孤児院に入れられた僕は、「ダール」という名をあてがわれた。

何の意味もない、ただ機械的に与えられた名前だよ。



僕は迷っていた。正直命を絶った方が、この世界に対して復讐できるのではないかと思っていた。


だけど僕には前世の記憶があった。幸いにも僕は日本では、幸せな人生を送っていたんだ。

不慮の事故に巻き込まれて命を落とすまではね。両親からも愛され、友達だってたくさんいた。



僕が生きながらえることができたのは、その優しい記憶があったからだ。


……アルク君にも経験があるんじゃないかな。過去のたった一つの記憶、その一つの記憶があるだけで、その後のどんな苦境も乗り越えられるという経験が。



(その時、アルクが俺を抱えていた腕に、ぎゅっと力が入った。)



僕は歴代のどの勇者よりも強くなり、魔王を討伐して見せ、僕に対する世間の認識を改めようとした。僕というより、スラム街出身の者に対する、かな。


この先の未来、もしまたスラム街出身の勇者が現れても、世間がその者に優しい目を向けてくれれば良いとも思った。……我ながら根っからのお人好しだけどね。




そして一歳の誕生日を迎え、僕は鑑定の儀式に臨む事となった。


まだ一歳だから武術こそ鍛えられていなかったけど、魔術はある程度鍛えていた。孤児院周辺に出没する魔物を練習台にしてね。


儀式は難なくクリアした。表面上は皆、僕の成功を笑顔で祝っていた。「勇者ダールこそ、真に魔王を討伐する者だ!」とね。



だけど僕はその場で、声を上げていた。


「僕の名前はダールではない。僕の名は、ハジメ・シロヤマだ。生まれる時に、女神から授かった名前だ」と。


一瞬静まり返った会場が、ざわざわとまた騒がしくなった。


女神から名前を与えられる勇者など聞いたことがない。しかし、僕の話が嘘だとしても、名前など彼らにとって大した問題ではない。

だから人々は、それを受け入れた。僕はその日から、ハジメ・シロヤマになった。



もちろんそれは、僕の前世での名前だ。日本にいた頃の名前を、そのまま使ったんだ。


その名はそれからずっと、僕に寄り添ってくれた。どんなに辛いことがあっても、その名が僕の正気を保ってくれた。その名に込められた両親の愛情と、日本での優しい記憶が。



……そんな訳で僕は、とても日本人的な名前を持つ勇者になったんだよ。

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