25.六日目の遠足
三日目以降の訓練は、特に大きな問題なく進んだ。
初日よりもさらに強力な魔物をおびき寄せ、全員で連携して討伐することもあれば、例の湖での水中訓練も行われた。
ハルトの個人的スパルタ訓練があったおかげで、俺達は水中訓練も難なくこなすことができた。
俺達の出来を見て、ハルトは満足そうだった。
「さすがだね、アルク君、しょこら君。もう水魔に遭遇しても、君達だけで対処できそうだ。
あ、でも息を5分止めるだけじゃ足りないよ、それはあくまで最低ラインだから。最長20分間は止めるのが理想なんだ。また帰ったら訓練を……」
「あ、あのハルトさん、明日の訓練は何をするの!?」
不穏な提案を遮るように、アルクがハルトに問いかけた。
「明日?明日は六日目だよね。六日目と七日目は少人数のグループに分かれて森を進み、設定された目的地までの所要時間を競い合うんだ。もちろん魔物も出るし、険しい道のりになるから、これまでの訓練で習得した知識が生かせるかも試される。
七日目の昼までには全員が目的地に到着し、そこからはもう町に帰るだけだよ。
……ちなみに僕と君としょこら君は三人でチームを組む。実際に森の中で教えたいことがたくさんあるからね、これは兵の訓練というより、ほとんど僕からの個人訓練だよ」
ハルトはまたにっこりと、不敵な笑みを浮かべた。
「そ、そう、なんだ……」
どうあがいても、ハルトの個人訓練は避けられないらしい。
アルクは観念したように、弱々しく答えた。
翌日、全員が3~4人ずつのグループに分かれた。俺達のグループを含めると、全部で五つだ。
「目的地はここから東の方角に位置する、ロカド山岳の入り口だ。
全員明日正午までには到着すること。時間に遅れた者は、次回訓練で再挑戦してもらう。
これが最後の訓練だ、皆心してかかれ!」
「「「はい!!!」」」
中隊長が大声で怒鳴ると、兵士全員が同じく大声で叫び返した。
出発早々、三人(正しくは二人と一匹だ)で森の中を歩きながら、アルクは祈るようにぼそぼそ囁いた。
「ああ、どうかこのまま最後まで、何事も起こりませんように……」
「アルク君は、フラグを立てるのが上手いんだね」
ハルトがにっこり笑うと、アルクは慌てて否定するように手を振った。
「ちょっとハルトさん、やめてよ!!そんなこと言うとさ、実際なにか起きちゃうかも……。」
「あはは、ごめんごめん!またついからかいたくなっちゃって…」
「もう……」
アルクはへなへなと答えたが、何か思い当たったようにハルトに向き直った。
「そういえば、ハルトさんは、四百年前に日本から転生したんだよね?」
「厳密に言うと、僕の前世である勇者ハジメ・シロヤマが、だけどね」
「あ、そう、そうだね。でも、ハルトさんが僕より四百年も前に生きていた人だとは、とても思えないんだけど……フラグ、なんて言葉も、使われていなかったはずだし……」
「ああ、そうだね。僕は前世の時、興味本位で女神に尋ねたんだけど、僕らのいた世界とこの世界では、時の流れが全然違うらしい。だから僕とアルク君は、おそらく日本の同じ時代に生きていたはずだよ。」
アルクは不思議そうに、考え込んだ。
「…そうだったんだ。……僕、日本にいた頃に、ハルトさんに出会えていたら良かったのにな……」
「おや、そんなに僕のこと好きになってくれたのかい?光栄だなあ!」
ハルトは微笑んで、くしゃっとアルクの頭を撫でた。
「もう、からかわないでよ…」
アルクはそう言いながらも、まんざらでもない様子だ。
やれやれ、やっとこいつにも、まともに心を開けられる人間ができたのだ。
俺達はしばらく森を歩き続けた。
魔物が出てくると、俺とアルクで討伐した。戦いにおいては、ハルトはただ傍で見ているだけだった。
途中、巨大な虫の魔物、レックスフライが現れた時は、虫嫌いのアルクは大変だった。
「うわあああああ、嫌だ!僕、虫大嫌いなんだよお!!!その羽音を聞くだけで寒気が………うわああああ、こっち来るなあああああああ!!」
ハルトはそんなアルクの姿を見て、腹を抱えて笑っていた、
すると油断したせいで、レックスフライがブウウウンと羽音を立ててハルトへと突進し、激突されたハルトは気を失った。またもやちーん……という音が聞こえてきた。
「ちっ、あいつ、本当に簡単に気絶しやがるな!」
しかし、気絶することに慣れているのか、ハルトはすぐに目を覚ました。
「あはは、ごめんごめん。僕はもっと離れたところから見てるよ……」
結局その巨大虫は、パニックになったアルクの火炎魔法により一瞬で焼き払われた。
それからも俺達は、森の道なき道を進み続ける。
途中、木の枝や植物のツル、生い茂る草でうまく進めない場所があった。
ハルトは俺達に、植物系魔物の罠を回避しながら、効率よく道を切り開く方法を教えた。
「火炎魔法で焼き払いたいと思うかも知れないけど、それはだめだよ。全員がそんなことしたら森は一瞬でなくなってしまうし、魔物たちを不必要に刺激することになる。なるべく必要な個所だけを切り落としながら進むんだ。
あ、アルク君、そこの罠に気を付けて!」
「え……」
アルクが足元を見ると、既に長い植物のツルが足に巻き付いていた。
「うわっ!こ、これまたテンタクルス……?」
「いや違う。ツルがずっと細いし、でもたくさん棘がついてるでしょ。そいつは低級魔物マンイーターで、テンタクルスのように攻撃的じゃないけど、その棘で獲物を刺して毒を送り込むんだ。ちなみに前にも言ったけど、この地域ものは南部の奴らより毒の効果は強い。
小型の魔物なんかはすぐに麻痺するから、そうなると今度は棘から養分を吸い取られる。」
「あ、あのハルトさん、その毒が効いて来たみたいなんだけど……」
アルクが寒気にブルブル震え出しても、ハルトは落ち着き払っていた。
「致命的じゃないから大丈夫だよ。そういえばこのタイプの毒は地中に住むアースワームの体液で中和できるから、もし回復魔法や回復薬が使えない状況でも焦らずに、そいつらを探し出すといい。ここら一体なら地面をほじくり返せばすぐ見つかるし、人間なら毒で体が完全麻痺するのに30分はかかるから、そこまで焦る必要も……」
「あ、あのハルトさん、早く回復薬を……」
「ああそうだね、つい……。いや、ここは実際にアースワームを使うべきかな。いや、一度完全に体が麻痺した状態ってのも経験しておくべきかな……そうすると毒への耐性がついて、次からは麻痺までの時間が……」
「は、ハルトさん………あの……」
「あはは、ごめん、あまり時間を無駄にはできないね」
結局ハルトがアルクに回復薬を手渡した。
全く呑気なやつらだ。ハルトの鬼畜さには変わりないが、雰囲気的には訓練というより遠足のようだった。
その夜、俺達はテントを張り野営をした。
アルクはいつか惑わずの森でしていたように、俺を抱きかかえながら焚き火の前に座っていた。
「ついに訓練も明日で終わりだね。ねえしょこら、これが終わったら、またギルドの依頼を受ける?僕たち今まで、こんなに長く一つの町に留まったことなかったよね。
……僕たち、まだここにいても良いかな……?」
アルクは不安げにそう言った。
エド町の居心地の良さと、ハルトとの別れの寂しさから、おそらくアルクはできる限りエド町に滞在したいのだろう。
「そうだね、まだここにいて良いんじゃないかな。」
代わりに応えたのはハルトだった。
右手に湯気の立つカップを二つと、左手に器を持ち、アルクの斜め前に腰掛けた。カップの一つをアルクに手渡し、湯気の立っていない器を俺の前に置いた。
「僕が前に言っていた魔物の侵攻だけど、おそらくまだしばらくは起こらない。
…僕の感覚だけどね、魔物たちは確かに不穏な動きをしているけど、侵攻が起きる直前はもっと何というか、常に物々しい雰囲気がここら一体を覆っていた。
この地域に出る魔物は他の地域の奴らより強いし、種類も多い。君達がさらにレベルアップするにはここが最適だ。
もちろん君達が、もっと大陸西側の町を見たいとか、別の場所で困っている人達を助けたいなら、今から行ってもいいと思うよ。まだ時間は少しある。」
「今からわざわざそんなことするか。侵攻が起きる直前まで俺はここにいるぞ。」
俺はフンと鼻を鳴らして言った。
それを聞いたアルクは、パッと顔を明るくした。
「う、うん、そうだね……!」
しばらく俺達は、パチパチと燃える焚火の音に耳を傾けていた。
「ねえハルトさん、ハルトさんが前世で見た魔王は、どんな姿だったの……?」
アルクから質問され、ハルトは困ったように言った。
「すまないが僕には、その質問にうまく答えることができない。どう表現すれば良いか分からないんだ。
……強いて表現するならおそらく、君達を恐怖と絶望のどん底に突き落とす姿、かな……」
アルクはごくりと唾を飲み込んだ。
「ちゃんと答えられなくてすまない。その代わり、そうだな……前に君達は、僕の前世での名前がどうして、ハジメ・シロヤマなのかと聞いたよね。
今なら時間もたっぷりあるし、それについて話すことにしよう……」
そうしてハルトは、勇者ハジメ・シロヤマについて語りだした。




