24.二人目の配下
「クロユリは、ほぼ空想上の植物で……僕は生まれてこのかた、もちろん前世も含めて、実物を見たことがない………」
そう言ったハルトの様子が、じわじわとおかしくなった。アルクと同じように苦しみ始めている。
中隊長もすでに地面に倒れ、意識を失っているようだ。
呪詛の花、というのだから呪いなのだろう。
マスクをしていても、完全には防ぎ切れないということか。
ついにその場にいる者の中で、正常なのは俺だけになっていた。
しかし、効果には個人差があると見える。
中隊長や兵士達が気絶しているのに対し、アルクやハルトはまるで拷問を受けているかのように、体を折り曲げて苦しんでいる。
回復魔法を試してみたが、やはり効かないようだ。
ハルトが、ゼエゼエと胸を締め付けられているように声を発した。
「………無駄だ、魔法や薬は、効かな……………ゲホッ………」
どうやらそれ以上話せないようだ。
「うああああああっ………!!!」
アルクも苦しみながら身をよじっており、とても話せる状態ではない。
俺は周囲を見渡した。
この鬼教官ハルトが講義で言っていたように、偶然が二度重なることはあっても、三度となると、何者かの意思が働いている。
二体の魔物が共闘することが、考えられる変異の範疇であっても、そこにたまたま空想上の植物と言われるクロユリが咲いていることがあるだろうか。
俺はとりあえず、アルク達全員を囲む巨大なバリアを作り出した。気休め程度だが、これ以上の悪化を防げるかも知れないし、万一別の魔物が来ても安全だ。
今のところ症状を改善させる方法はない。となると、元凶を探し出すぐらいしか、俺にできることはない。
俺は試しにクロユリに火炎魔法を放ってみたが、花はビクともしない。
そこで俺は花畑があった広場の周りを、ラフレシアやテンタクルスの灰が積もっている方向へと歩き出した。
これが誰かの仕業なら、そいつが近くにいるかも知れないと思ったのだ。
すると案の定、灰が積もった後方、生い茂る木立の中に、そいつは立っていた。
「あらぁ、かわいい猫ちゃん。あなたが勇者と一緒に戦うのを見ていたわ。おそらく勇者の従魔なのね……?」
それは女の魔族だった。
顔は人間と同じ造りだが、皮膚は白く、髪は薄紫の長髪だ。
こいつも頭に黒い角が二本生えているが、ノルテーラのそれよりも長かった。
「お前も魔王の配下なのか?」
今回俺は猫耳忍者ではなく、猫の姿のままだ。言葉が通じないかも知れないと思ったが、意外にも通じたようだった。
「あらぁ、よく分かったわね。さすがよ従魔ちゃん……。ねえ、君かわいいから、私のペットにならない?」
全く、ノルテーラといい、魔王の配下というのは猫撫で声でしか話せないのか?
こいつも甲高いくねらせたような声で話し、その気分の悪さは俺の毛を逆立てた。
「あの植物たちはお前の仕業か。」
「あらぁ、もちろんよ。あなたには特別に教えてあげる。
ねえ、その代わり、全て説明したら私のペットにならない?私、黒い動物が大好きなの。」
俺は内心ブルっと身震いして、一瞬今すぐ始末しようかと思った。
しかし詳しい話は聞く必要がある。
「おういいぞ。全部話したらペットになってやる。」
「やだ本当!?嬉しいわ。
何から話そうかしら………そうそう、あのラフちゃんとクルスちゃんは、私がペットにしてそこに待機させておいたのよ。」
おそらくラフレシアとテンタクルスだ。気味悪いあだ名を付けられて、魔物ながら哀れだ。
「私ね、数は限られてるけど、魔物たちを使役できるの。でね、ちょうど勇者が森に来るみたいだったから、ラフちゃんとクルスちゃんに始末させようとしたの。
ノルテーラがいなくなって、おそらくそれが勇者の仕業って、私たちの間で噂になってたのよ。
で、私すごく興味があってね、ずっと勇者の動向を探ってたの。
セイレーン達を湖に配置したのも、私だったんだどね。まああれは、ほんの戯れのつもりだったんだけど。
勇者が湖に飛び込んだのを見届けて、その場を離れたんだけどね、まさか生きて戻っていたとはね。」
「ほう。それでアルクの弱点を知り、今回も精神支配系の魔物を使用してきたのか。」
「嬉しいわ、その通りよ!でもちゃんと、物理拘束のほうも怠らなかったでしょう。
もう、自分の成功談って、つい人に話したくなっちゃうのよね……。あ、あなたは猫だけどね。」
いい加減、こいつの猫撫で声にイライラしてきた。
「で、あのクロユリもお前なんだな。」
「ええそうよ、クロユリはね、強力な魔族の呪力を込めて作られる花で、自然には咲かないの。
今回数本作るのに、少し苦労したんだけどね。
万が一、ラフちゃんとクルスちゃんで勇者を倒せなかった場合の、備えだったのよ。
あの花から放たれる芳香は、無臭だけど協力よ。吸い込んだ者に呪いをかけてね、精神的苦痛を与えるの。
過去のトラウマ的なものが大きい者ほど、効果が絶大なのよ。
なんたって、精神的苦痛をそのまま肉体的苦痛にも変換して、精神と肉体の両方を蝕むの。そのうち正気を保てなくなって、みんな自害するわ。
呪いだから毒と違って回復薬も魔法も効かないしね。」
そこでふと、その悪魔は話を変えた。
「そういえば、自己紹介が遅れたけど、私の名はヴァリドラ。あなたの新しいご主人様よ。」
「おう。その前に他にも質問がある。お前の他に魔王の配下は何人いるんだ。そいつらも何か企んでるのか?」
「いやあね、そんな簡単に答えられないわ。私と一緒に魔王領まで来て、自分で確かめて御覧なさい。それに私たち配下ってライバル関係だから、仲良く協力してる訳じゃないのよ。」
さすがにそう簡単に、情報を漏らしたりはしないか。
とにかくこいつにこれ以上構っている時間はない。
「お前ところで、何か見落としてないか?」
「え、あらぁ、何かしら?勇者も他の人間達も、みんな呪いにかかってるし……。どんな生き物も、あの呪いからは逃れられないはず。大丈夫よ、抜かりないわ。
さあさあ、約束通り、私のペットに……………ヴォホッッッ!!!!」
俺はジャンプして、その女のみぞおちに思いっきり猫キックを食らわせた。
続けて俺はスパーーーーンと、女の顔に猫パンチを食らわす。
中級程度の魔物の頭なら軽く吹っ飛ばせる程度のパンチだ。
右頬にパンチを食らった女が左によろけると、俺は左からも同様にパンチを食らわせた。
スパーーーーン!!
スパーーーーン!!
俺は奴に反撃の隙を与えない程に、高速で猫パンチとキックを食らわせ続けた。
たった数秒で、ヴァリドラの頭は胴体からもがれて飛んで行った。
ボトリと地面に落下した頭は、驚愕に目を見開いている。
「な……なぜ従魔ごときが………こんな………」
ここへ来て、やっと猫撫で声をやめたようだ。
「残念だが頭の悪いお前のペットにはなれない。どんな生き物も呪いから逃れられないなら、俺はなぜ逃れているんだ。」
「そ………それは………。ええい、それなら……!!」
なんと奴は頭と胴体が切り離されても、まだ動けるようだ。
首から上のない体が、右腕を上げて俺に向けてかざした。
「こうなったら、私の秘儀をお前にくれてやる!!
過去の苦痛を呼び起こし、増大させ、お前の精神も肉体も破壊する呪詛だ!クロユリの呪詛なんかとは比べ物にならん、状態異常無効化も効かない強力な黒魔術だ!!」
右手から放たれた黒い光が、俺を包み込んだ。
本当に阿呆かこいつは。猫である俺に、一体どんな過去の苦痛があると言うんだ。
しかし確かに、状態異常無効化はできないようだ。忌まわしい記憶が、俺の中に呼び覚まされる。
………女神のあほ面、猫耳忍者、拷問されているアルク。
「フハハハハ、これでお前も…………ヒィッ………!!」
俺はゴゴゴゴゴと憤怒のオーラを放ち、ヴァリドラを鋭く冷たい眼光で睨みつけた。
「お前、あの不愉快な記憶をまざまざと見せつけやがって………
しかし残念だな、俺にとってあの記憶は苦痛ではなく怒りだ。お前にもたっぷり拷問を与えて殺したいところだが………残念ながらこれ以上お前に構う時間はない。」
俺は右前脚を空に向けた。
ピシャーーーーン!!
雷のような光が、悪魔の胴体と頭めがけて落ちてきた。
光に撃たれたヴァリドラはしばらく悲鳴を上げていたが、元々が瀕死状態だったので、そう長くはかからなかった。
そのうちラフレシア達と同じように、ブスブスと燻ぶる灰になった。
最近またレベルアップして取得した光魔法、ライトサンダーだ。
俺は走ってアルク達の元へと戻った。ハルトの長ったらしい講義によれば、呪いの類はそれを作り出した大元を叩けば消えるはずだ。実際、クロユリの花もヴァリドラの消滅と同時に消えている。
俺が戻ると、アルクとハルトは苦しむのを止め、ぐったりと地面に横たわっていた。
生きているか確かめるため、俺はアルクの顔をちょんと触ってみた。
「う……」
どうやら生きているらしい。ハルトや他の兵士達も、倒れているが息をしていた。
「あ、しょこら……あれ、僕どうしたんだっけ……」
そのうち全員が目を覚ました。兵士達の手前、アルクが呪いの元凶を始末したということにしておいた。
『助かったよしょこら君、今回は役に立てなくて悪かったね……』
ハルトは頭を押さえながら、念話でそう言った。
俺はフンと鼻を鳴らした。
俺はその時ふと、クロユリの呪いで誰よりも苦しんでいるハルトの姿を思い出した。しかしそれ以上は何も聞かず、俺達は野営場所へと移動したのだった。




