23.植物の魔物
訓練二日目は、フィールドワークのようなものだった。
森の整備されていない区域の歩き方、迷った時の対処法、回復薬代わりに使える植物の見分け方……などだ。
これに関してはハルトの右に出る者はいない。
当然、昨日の戦闘では指示役に徹していたハルトが、今日は隊を率いて森を進む事となる。
アルクは歩きながら、俺に念話で話しかけ続けた。
『ハルトさんの知識量は本当にすごいよね。僕、毒を持つ植物を薬として使えるなんて、知らなかったよ。
…それにしても、今日は昨日みたいな体力勝負じゃなくて本当に良かったね!』
昨夜はあんなにしゅんとしていたくせに、今朝は妙に元気で、ペラペラと喋り続けている。
『おい、遠足じゃないんだから、気を抜くなよ。魔物だっていつ出てくるか分からないんだ。』
『分かってるよ!』
アルクは元気に答えた。やれやれ、本当に分かってるのかこいつ。
『そういえば、しょこら……ちょっと気になってたことがあるんだけど……』
『なんだ。』
『昨日ちらっと聞こえたんだけど、ハルトさんがしょこらに言ってた、あのことって…………ひっ!』
俺はアルクをギロリと睨みつけた。
あまりの眼光の鋭さに、アルクは一瞬ビクっと身をすくめた。
『お前、そのことは今後一切口にするな、いいな。』
俺はそう言い放ち、トコトコと先を歩き始めた。
『わ、わかったよ……』アルクは少ししゅんとして言った。
俺達は森の中の、道のない場所を歩き続けていた。
森を抜ける商人や旅人達のために、森の中には道が整備されているものの、それはほんの一部だ。
大部分は、ただ木や草が生い茂った、未舗装の区域だ。
昨日の魔物討伐とは打って変わって平和な雰囲気で、どこか兵士達の気が抜けているようにも見える。
「君達、常に周囲を警戒しないといけないよ!植物に擬態した魔物だっているんだから……」
ハルトが全員に向かって、そう呼びかける。
ちょうどその時、兵士の一人が、突然小走りで先頭に立ち、茂みをかき分け始めた。
「な、なんか、いい匂いがするぞ……」
うつろな目でそう言った兵士は、匂いのする方向へと無心で進もうとしている。
「ちょっと、君!」
ハルトは兵士の首根っこを摑まえ、背後から布で兵士の鼻と口を覆い隠した。既に自分の顔にも、同じように布を巻いている。
「匂いに誘惑されるな、これは明らかに魔物の罠だ!全員、同じように布で……って、おい!」
時すでに遅しだった。十数名の兵士達は一斉に、ワッと匂いの方向へと駈け出していた。
「まったく、匂いや音の異変を感じたら、即座に反応しろと言ったのに…………君も!!」
ハルトは、同じく走り出していたアルクの首根っこを摑まえ、同じように布で顔の下半分を覆った。
「まったく、個人訓練が足りなかったかな……。しょこら君は、状態異常無効化があるから、大丈夫だね!」
俺はフンと鼻を鳴らした。
「急がなければ、隊員たちが魔物に襲われる。俺が先に行こう。」
そう言ったのは、中隊長だった。さすがに中隊長ともなれば、異変に気付いてすぐに自分で布を巻いたようだ。
中隊長を先頭に、俺達は兵士達を追いかけた。
アルクはまだ少しボーっとしていたが、完全な精神支配は免れたようだった。
「ご、ごめんね、また捕まっちゃうところだった……」
しばらく進むと、急に草木が減り、開けた場所へと出た。
なんとそこには一面に、美しい(美しすぎていささか気味の悪い)色とりどりの花が咲き乱れていた。半径20mはあろうかという広場を、煌びやかな花が埋め尽くしている。
「わあ、すごい……お花畑だ……」
アルクは少し感動したように言った。
「騙されてはいけないよ、全部魔物が作り出したものだ。」
ハルトはそう言って、花畑の一番奥のほうを指さした。
「あいつが本体だ。緑魔ラフレシアだよ。」
そこには特別巨大で不気味な、真っ赤な花が鎮座していた。
花畑はそいつを起点として前方の広場に展開されており、金色の花粉のようなものが花畑全体から立ち上っている。おそらくそれが、兵士達を惑わしている芳香だ。
俺達の前方で、中隊長が剣を取り出し、本体に向かって高速で走り出した。既に花畑の真ん中あたりまで進んでいた隊員たちを追い越し、本体を叩こうとしているのだ。
「急ごう、僕たちも加勢しないと!」
ハルトがそう言い、俺とアルクは一緒に駈け出した。ハルトに布を巻かれて一人助かった兵士は、怯んでその場から動けずにいた。
「うおおおおおお!」
中隊長が大剣を振りかざし、本体に向かってまさに振り下ろそうとした時……
「うわっっ!!」
急に中隊長の大きな体が、宙に持ち上げられた。反動で手にしていた剣を取り落としてしまう。
「あ、あれは……!?」アルクが驚いて声を上げる。
ラフレシアの背後は花畑ではなく、森の木々が生い茂っている。
そのうちの一本の巨木から長い触手が伸びてきて、中隊長の体に巻き付いていた。
「あいつはテンタクルス!?くそ、同じ場所に二体の上級魔物が潜んでいるなんて……」
ハルトは走りながら俺達を見た。
「こいつらもおそらく、魔王復活前の異変の一つだ。魔物は普通、他の魔物と共闘したりしない。
奴らはいずれも人間や魔物を養分として取り込む。精神支配と物理拘束の両方で、確実に獲物を仕留めようとしているらしい!」
「中隊長さん!!!」
アルクは叫びながらジャンプし、大きく刀を振りかざした。俺が事前にアイテムボックスから取り出してアルクに渡したのだ。
スパっと触手を切り落とすと、中隊長はドサリと地面に落下した。
「あ、ありがとう、勇者殿。気を付けて、後ろだ!」
中隊長はアルクの背後を指さした。
何本もの触手のうち一本が、アルクの背後に迫っていた。
アルクは振り向いて、そいつもスパッと切り落とした。
『うわあああああ、怖いよ、食べられる!!!』
その姿とは裏腹に、情けない声が念話を通して聞こえてきた。
俺も延びてくる触手を、次々と爪で引っかき切り裂いた。
しかしいくら切り裂いてもきりがない。触手は次から次へと向かってくる。
俺はふと、ハルトのほうを見た。
するとなんと、触手の一本に張り倒されたと見えて、地面に伸びていた。
ちーん………という音が聞こえてきそうだった。
そういえばこいつ、グレンデルの時もあっけなくやられてたな。
その知識量と聡明さから、つい戦闘にも長けているように見えるが、なるほど本人が言っていた通り弱いらしい。
触手がハルトに巻き付こうとしていたので、俺はそれを猫パンチで吹っ飛ばし、ついでにハルトの顔も猫パンチした。
「イタっっ!!あ、しょこら君、ありがとう……ごめんね、僕はこの通り戦闘は弱くて うっ!!」
話している途中にも触手が飛んできて、ハルトの頭を殴打した。
「おいお前!とりあえず兵士達を連れて離れたとこに避難しろよ!」
俺はハルトに向かって叫んだ。今のままでは、次々飛んでくる触手から兵士達をかばうのに精いっぱいで、魔法攻撃を仕掛ける暇もない。
「ああ、そうするよ。分かってると思うけど、火魔法が一番有効だよ!ラフレシアは巨大花の中心を、テンタクルスは触手じゃなく本体の幹を燃やすんだ!」
ちっ、そんなまどろっこしい事してられるか。
ハルトと中隊長、そして一人怯んでいた兵士も加わり、匂いで酩酊状態の兵士達を順番に引っ張っていった。何人かは気絶しており、何人かはなぜか苦しそうな呻き声を上げている。
その間俺とアルクは、もぐら叩きのように次々出てくる触手を攻撃し続けた。
「よし、誰もいなくなったな、これで安全だ、火炎魔法で片付けるぞ。範囲が広いからお前も一緒にしろ。」
「うん、わかった!」
俺とアルクは両手(両前足)を前方にかざし、強力な火炎魔法をぶっ放した。
ゴオオッッと勢いよく放出された炎が、巨大な花も木も触手も、全てを一瞬で包み込んだ。
ギエエエエエエという魔物の断末魔のようなものが響いていたが、それもやがて収まり、奴らは黒く燻ぶった灰となった。
まだそこらで燃えている炎を水魔法で鎮火し、俺とアルクは花畑のすぐ外にいる兵士達の元へと戻った。
ハルト達は少し茫然として、俺達を見つめていた。
『……おい。大丈夫か、頭がやられたか?』
俺はハルトに念話で話しかけた。
ハルトははっとして、やっと笑みを漏らした。
「いやあ、ごめんごめん。いや、あの魔物たちは普通、炎で攻撃すると防御のため毒の瘴気を発生させるんだよ。
だから一瞬で仕留められるよう、弱点を教えたんだけど……
奴らにそんな隙を与えないほど威力のある火炎魔法なんて、初めて見たよ。やっぱり君達はすごいね……」
ハルトの言葉に、隣の中隊長も頷いていた。
アルクは戦いが終わりほっとしたようで、手を頭の後ろに回し、布の結び目をほどいた。
『はあ、怖かったけど、何事もなく終わって、良かった………』
「アルク君、まて!!」
ハルトは、アルクの手をつかもうとした。
しかしアルクは既に、布を取り外していた。そして次の瞬間、アルクはその場にガクッと膝をつき、苦しそうな呻き声を上げた。
よく見ると、救出された他の兵士達も、地面に倒れこんでいる。
くそ、まだラフレシアが生きていて、毒素を放っていたのか?
しかし、俺が花畑のほうを見ると、やはり確実に、ラフレシア本体は灰になっている。
「いや違う、ラフレシアじゃない。本体が死んだら、普通は花畑も消失する。
…ほどんどの花は消滅しているけど、ほら、いくつかまだ咲いているものがある。」
俺は花畑の方を見た。一見すると何もないが、よく見ると数本の真っ黒な花が、首を地面に向けて垂らすような恰好で生えている。
「あれは、呪詛の花、クロユリだ……」ハルトが張り詰めた声でそう言った。




