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勇者猫  作者: バゲット
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22.実地訓練

「君達、兵の特別訓練に参加しないかい?」



兵士としての勤めに戻ったハルトから提案があったのは、俺達への特訓を終えた翌日のことだった。


「ちょうどあの湖がある森の中で、一週間の実地訓練が行われるんだ。定期的に行われている訓練でね、僕は既に前回クリアしたから、今回は指導役なんだ。


昨日の今日だけどさ、君たちのためにもなると思うから、一緒にどうだい?隊長の許可は得ておくから大丈夫だよ。それに君達がいれば、兵士達の士気も上がると思うんだ…」


ハルトは俺達に向かってにっこりと笑いかけた。



まったく…こいつはとんだ化け物だ。つい昨日も、最終日だとか気合い入れて、丸一日水中で俺達をしごき続けたのだ。


アルクは決めかねているようで、しばらく返事に窮していた。

またスパルタ訓練を受けるのかという不安と、他の兵士達と一緒にという状況への不安から、怖気づいているらしい。


しかし、役に立つことは事実なので、ついに断ることができなかった。



実地訓練は翌日から始まった。

当日の朝早く、俺達は集合場所である兵舎の入り口前に立っていた。


ちなみに兵舎も他の建物と同じく木造で、屋根は瓦で覆われている。一階のみの平屋で、広い庭園が付いていた。

初めてここを訪れた時アルクは、まるで巨大な寺のようだと感想を漏らしていた。



「ねえしょこら、今回はハルトさんの個人訓練じゃないから、そこまで厳しくされないかな…?」

アルクは既に不安で仕方ないとう顔をしていた。


しばらくすると、訓練に参加する兵士達が集まって来た。


兵士たちは皆同じ、濃い緑とカーキの間ような兵服を着ている。ボタンが付いた長い上衣は太もものあたりまで達しており、腰には黒い革ベルトが締められている。その下には黒いズボンを履いていた。


全員アルクを見ると右手を頭にかざして敬礼し、大きな声で挨拶した。


「おはようございます。アルク様!」

「勇者様とご一緒できるなど、この上ない光栄です!」


ハルト以外に対しては、コミュ障が一切治っていないアルクは、兵士達に真顔で頷くだけだった。


「噂通り、クールなお方だ……」

「俺ちょっと好きになりそう……」


まったく愚かだ。



そのうちハルトが集合場所に現れた。


「おはようアルク君、しょこら君!体調は万全かい?…………あれ、どうしたんだいアルク君、そんな黙り込んじゃって。僕の前ではいつも………」


『ちょっとハルトさん、やめてくださいよ!!ぼ、僕は人見知りだって、この前言ったじゃないですか……』


アルクは念話でハルトに訴えた。

(ちなみに俺の従魔であるアルクと、俺にテイムされたハルトの間でも、念話は使えるのだ。)


『あはは、ごめんごめん!分かってるよ、ついからかいたくなって。僕なりの愛情表現だと思ってくれよ…』


ハルトは表面上笑いをこらえながら、アルクに向かって念話で返した。



ついに全員が集合場所へと集まった。

訓練を受ける十数名の兵士達、指導役の兵士2名(うち一人はハルト)、指揮を執る中隊長、そして俺とアルクだ。



「全員揃ったな。いいか、訓練だからと気を抜くんじゃないぞ。いつか魔物の侵攻が起きたとき、この森がいわば最終防衛地点だ。エド町の住民たちの命は俺達にかかっている。


森での戦闘方法をその体に叩き込み、有事に備えるのだ。心して訓練に励め!」


「「「はい!!!」」」


中隊長の鼓舞により、兵士達の士気が高まったようだ。


俺達が森に向かって歩き始めた、その時…



「お兄さま!!」


どこからか、大声で叫ぶ声が聞こえた。声の方を見ると、幼い女の子が俺達の方に向かって駆け寄っている。

そのまま真っすぐハルトの元へ駆け寄ると、その腰の周りにぎゅっと抱き着いた。


「お兄さま、私も連れて行ってって、言ったじゃない!私も訓練したい!」


女の子はハルトの顔を見上げて訴えた。

ハルトと同じ色白に明るい茶色の髪で、アーモンド形の大きな瞳を持っていた。


「リーン、ここに来ちゃだめって言ったじゃないか!……ほら、言っただろ、兵には15歳にならないと参加できない。それまでは僕がまた個人的に、訓練してやるから……」


「でもお兄さま、最近は忙しいって、全然構ってくれない!!」


今や周囲の目は、ハルトとそのリーンという女の子に注がれていた。

ハルトは困ったように周りを見た。


「帰ってきたらまた訓練してやるから、大人しくしてるんだよ、いいね?」

しゃがみこんでリーンの手をぎゅっと握りながら、ハルトは言った。


……こいつ、こんな子供にもあんなスパルタ訓練してるんじゃないだろうな。


ハルトは立ち上がると、俺達に向かってその子を紹介した。


「すまない、つい忙しくて紹介する暇がなかったんだけど…、この子は僕の妹リーンだ。僕の10コ下だよ、アルク君にとっては5つ下かな?」


挨拶するよう促されたが、リーンはさっとハルトの後ろに身を隠してしまった。


「こら、リーン…。ごめんね、普段は人見知りなんてしない奴なんだけど……」


リーンはハルトの後ろから頭だけを少し出し、俺達をじっと見つめていた。心なしか睨んでいるようにも見える。


アルクはというと、人見知りの対象に年齢など関係ないようで、相変わらず硬直した表情でリーンを見返している。こいつも挨拶すらしない。


そのうちリーンは諦めて、さっさとその場から走り去ってしまった。


「すまない、足を止めてしまって。さあ、出発しよう……」




訓練が行われる森は、黒霧(こくむ)の森と呼ばれている。町の西側から北東にかけて広がる、広大な森だ。

エド町は西側と北側を、ほぼぐるりと森に囲まれており、北側の森を東へ進むと、ロカド山岳へと繋がっている。



今回の訓練は、森への魔物の侵攻に備えるものだった。

ハルトが言っていたとおり、シロヤマ領の兵士達には、侵攻の話は語り継がれていたのだ。


事前に魔物をおびき寄せる魔道具(小さく渦を巻いた置物のようなものだ)を森の各所に設置し、訓練開始に合わせて発動するように仕掛けているらしい。


兵士達は前衛と後衛の配置に分かれながら、森を進んでいく。



開始からしばらくすると、魔道具で触発された複数の魔物が俺達に向かって突進してきた。

ゴブリン、グリズリー、ヘルハウンド、小型トロール……雑多な魔物が混在している。


「ヘルハウンドの唾液には毒がある。前衛は噛みつかれないよう距離を測りつつ攻撃するんだ!」「魔術部隊のうち一人は解毒魔法の準備を!」


ハルトともう一人の指導官が兵全体に指示を出し、兵士達はそれに従い攻撃を開始する。



俺とアルクは最初に前衛を任されていた。アルクは剣で、俺は素手だ。

これまで二人だけで大量の魔物を討伐してきたので、俺達にとっては朝飯前だ。向かってくる魔物を、次々に打倒していった。


「お前たち、勇者に見とれてる場合じゃないぞ、体を動かせ!」


中隊長が叫んだ。ちらりと振り返ると、兵士達は皆武器や杖を手に固まり、ボーっとアルクの戦闘に見とれていた。


やれやれ、こいつら大丈夫なのか。

そしてアルクはというと、相変わらず念話を切り忘れた状態で、心の中で絶叫しながら魔物討伐を続けている。


『うわああああ、倒してもきりがないよ!殺される!やだ怖い、しょこらあああああ~~!』


全くうるさいやつだ。



そんなこんなで、次々と襲ってくる魔物を倒しつつ、俺達は森を進み続けた。

初日は肩慣らしのようで、とにかく連携を取りながら、向かってくる魔物を討伐することに終始した。




その夜、兵士達は全員で、森の中に巨大なテントを張った。

訓練は一週間続くので、その間は森での野営となるのだ。



初日を終えたアルクは、兵士達から話しかけられるのを避けるように、俺を連れて一人離れた木陰に座り込んでいた。


「はあ、今日は魔物と戦いっぱなしで、すごく疲れたよ……。明日は違う種類の訓練って言ってたけど、それもきついんだろうな……。


でも僕、自分が集団戦に慣れていないって、実感したよ。うっかり他の人を傷つけそうになるし、連携して攻撃を仕掛けた方が効率的なのに、つい自分ばかり攻撃を続けたり……。


やっぱり、訓練に参加して、良かったかも……。ああ、でも、疲れたよ~~~」


アルクは俺を抱え上げ、むぎゅっと抱きしめながら訴えた。


俺が怒るのでめったにやらないが、アルクは疲れが溜まった時に、たまに俺を癒しの手段として使いやがるのだ。

アルクは俺の体に顔をうずめて、スーッと深呼吸し出した。


「おい、やめろ!疲れたならもっと回復薬を飲めばいいだろ!」


俺は体をひねり、アルクの腕からピョンと飛び降りた。


「いや、回復薬とはまた違う効果があるんだよ~…」


不機嫌にブンブンと尻尾を振る俺を見ながら、アルクがまた腕を伸ばしてきた。


「おい、やめろ………って、離せ!!」


アルクから離れて後ずさっていた俺は、不意に後ろから抱きかかえられた。ハルトだ。


「ズルいよアルク君、僕も一度それやってみたかったんだ……。この世界ってあまり猫いないからさ。ああ、いい匂いだなあ………それにもふもふだ………」


ハルトは同じように俺の毛に顔をうずめて、スリスリと頬ずりをした。


チッ、どいつもこいつも!


俺はハルトの顔にバシッと猫パンチを食らわせ、ピョンと飛び降りた。


「ええ、もう少し……。お願いだよ、でなきゃあのことアルク君に言っちゃうよ……?

……って、あはは、冗談だよ!ごめんごめん……」


俺が目をギラリと光らせながら手を振りかぶったところで、ハルトは笑いながら謝った。



そんな俺達のやり取りを見ていたアルクは、いつの間にかまた神妙な顔つきになっていた。


ハルトはそんなアルクの様子を見て、隣に腰を下ろした。


「どうしたの?元気ないみたいだけど、疲れたのかい?」


「いや、そういうわけじゃ……。いやまあ、確かにすごく疲れたけど。

………ハルトさん、あの、お願いが、あるんだ………」


アルクはじっとハルトの目を見つめて言った。


「しょこらと従魔契約をして、僕たちと一緒に、魔王討伐に、来てくれない……?

従魔契約は一人しかできないから、僕は解除してもらう。代わりにテイムしてもらうから。


ハルトさんには知識も経験も、僕にはない強い意志もあるし、僕なんかよりずっと強くなって、しょこらの助けに、なれると思うんだ………!」


アルクは一気にそれだけを言い、じっとハルトを見つめ続けた。



しばらく無言だったハルトは、しかし意外にも、腹を抱えて笑い出した。


「あははははははは!何を言い出すかと思えば、そんなこと考えてたの!

あはは、だめだよそんなこと言っちゃ、しょこら君の相棒は君しかいないんだから!


いくら僕に経験があっても、勇者にはね、本当に心から信頼して、命を預けられる相棒が必要なんだよ。

それはアルク君しかいないでしょ。しょこら君だってアルク君のことが大好きなんだからさ、そんなこと言ったらまた怒られちゃうよ!」


「え…………」


「ね、しょこら君!」

ハルトは俺に向かってにっこり微笑んだ。


こいつ……楽しんでいやがるな。



俺は不機嫌にフンッと鼻を鳴らし、また尻尾で地面をターンッと叩いた。しかし特に反論はしなかった。



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