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勇者猫  作者: バゲット
21/98

21.ハルトの訓練と、アルクの懸念

グレンデルの一件以降、ハルトは俺達に訓練をつけるようになった。



もちろん、戦闘力は俺とアルクの方が格段に上だ。しかしハルトには、前世での経験と知識がある。

敵に合わせた戦い方や防御方法、最も効果的な薬の使い方、地域ごとの森の歩き方など、ハルトが俺達に教えることはいくらでもあった。



ハルトはまず、グレンデル討伐に向かった俺達にダメ出しを連発した。


「水辺や森を歩く時は、常に耳栓を携帯することだ。単純なことだけど、そもそも今回もセイレーンの歌声が聞こえた時点で耳栓をするだけで、完全な精神干渉は防げたはずだ。

森には咆哮で人をスタンさせる魔物もいるし、人の声で語りかけて誘惑してくるやつもいる。


セイレーンは海にしかいない等の思い込みは良くない。変異体はいつでも発生しうるし、そいつらが住処を変えることは全く珍しくない。常にどんな魔物に遭遇しても、ある程度対処できるよう準備することだ。


そしてしょこら君、グレンデルにライトアローを放っていたけど、ギルドから聞いた弱点が全てとは限らない。奴らは確かに光に弱いが、討伐なら物理攻撃のほうが遥かに効率がいい。


最もあの時奴はコクヨウの炎に包まれていて、しょこら君は触れることができなかった。

とすると土魔法で石錐を作り出して奴にぶつけるのが、最も物理攻撃に近い効果が………」



といった具合だ。



その日、ハルトは兵舎の空いた一室で俺達に長々と講義していた。


ほぼ午前中一杯を費やして俺達に知識を詰め込み続け、昼に少しの休憩を挟んだかと思うと、再び膨大な量の知識を俺達の頭上に降り注ぎ始めた。


長時間の座学にアルクはついに音を上げた。


「もうだめ、覚えることが多すぎてとてもついていけない……それに朝からほぼ休みなしで疲れたしすごく眠い……お願いちょっと休憩……」


バタリと机に突っ伏したアルクの頭を、ハルトは右手で持ち上げて言った。


「だめだよアルク君、まだ教えたいことの1/10も話せていないんだ。3日間で君たちに僕の知るすべてを教えて、そのあとは実技だよ。僕はこのために一週間も休暇を取ったんだ…」


ニッコリと微笑んではいるが、それがどこか不敵な笑みに見える。

優しい見た目とは裏腹に、ハルトは非常にスパルタだった。



実技というのもひどいものだった。


喫緊の課題として、ハルトは俺達に、水中での戦闘指導を行った。

兵士が訓練で使用する巨大な水槽(アルクとハルトはプールと呼んだ)に水を張り、アルクと俺が水中で攻撃魔法や防御の練習をするのだ。


ハルトはそもそも泳ぎの基礎がなってないと言い、猫の俺にすら容赦なく泳法を叩きこもうとした。


「しょこら君はアルク君の唯一の相棒だよね。コクヨウを除けばだけど。それなら君も同じように鍛えなくちゃ、もっとも既にすごく強いみたいだけどね。


今後いつどこでまた水魔に襲われないとも限らない。水魔は水辺以外にも出没することがあるんだよ、森の中の湿地とかね。うっかり捕まると近くの川や海まで引きずりこまれるんだ。


前回君はうまく泳げなかったようだから、まずは風魔法を正しく駆使して水中を移動する方法を……おっと、まだ出てきちゃだめだよ、少なくとも5分は息を止められないと……」


水上に上がろうとする俺を、ハルトは容赦なく水中に押し戻した。


「おい、急に5分は無理があるだろ!一旦空気吸わないとそれこそ死ぬぞ!」


俺は頭でハルトの手を押し返しながら抗議した。


「もちろん何かあれば僕がちゃんと対処するから、死にはしないよ。水中で常にバリアを纏えるとは限らないんだ、息を止める訓練は必須だよ。


……ほらがんばって、じゃないと君のあの秘密をアルク君にも漏らしちゃうよ……」


ハルトは相変わらずにっこり笑いながら、俺の耳の近くで囁いた。



こいつ……人の弱みを握ったと思いやがって………。俺はジロリとハルトを睨みつけた。


最初はいかにも好青年ですみたいな雰囲気を醸し出していたくせに、実はかなりの曲者だ。

俺達に連日きつい訓練を与え続け、しかもどこか楽しんでいるようにさえ見える。



「はあ、はあ……、もうダメ………」


5時間にも及ぶ水中訓練を終えてやっと土を踏んだアルクは、ガクッと膝から崩れ落ちた。

さすがの俺も、疲れ切ってすぐには声が出なかった。


「ハ、ハルトさん、優しいお兄さんみたいだと思ってたのに……なんかすごく、あれだ………」


俺はアルクが言いたいことを察することができた。




「ごめんね、つい興奮……いや、力が入っちゃて。でも全部、今後の君たちの役に立つことだから。

とにかくお疲れ様、明日は一日休みにしよう。もう5日間ぶっ通しだったからね。」


その夜、俺達はまた、町の中心部に流れる川のほとりに座り込んでいた。


ハルトが俺達に飲み物を買い(俺は猫だが何でも飲める。もちろん器に入れて飲む)、今日までの訓練のねぎらいをしようと言ったのだ。

人目を気にしなくて良いよう、俺達は人気のない川原で涼むことにした。



「もう、本当にきつかったよ……。でも、ハルトさん、やっぱりすごいですね……僕たち、こんなに知らないことだらけだったんだって、実感したよ……」


今やアルクは、ハルトに対しては全く普通に話すようになっていた。


「大したことじゃない。これでも前世では勇者として長寿を全うしたし、ハルトとしてももう20年生きてるんだ。知識がない方がおかしいよ…」


ハルトは笑いながら、露店で購入したソーダ水の瓶を口に運んだ。



しばらく無言で川のせせらぎに耳を澄ませていると、急にアルクが俺に念話で話しかけてきた。


『ねえ、しょこら……。ハルトさんに、しょこらが本当の勇者だって、言ってみたらどうかな…?』


アルクはちらりと俺の方を見た。


『言わなくてもさ、絶対何かおかしいって気づいてると思うんだ。しょこらは明らかに僕より強いし、僕には特殊スキルだってないし…。

ハルトさんなら、誰にも言いふらさないと思うし…。ど、どうかな…?』


確かに俺もそう考えていた。


5日間訓練してきて、ハルトがどういう人間かは大体分かった。

少し頭はおかしいが、本当に俺達のことを考えている。それにこいつは元勇者だ。女神の失敗で俺が勇者になったという経緯も、難なく理解できるだろう。


『まあ、こいつになら話しても大丈夫だろ。』


俺がそう答えると、アルクはパッと表情を明るくした。

『うん!えっと、じゃあ…しょこらから伝えてよ、僕、女神の話のあたりとか、よく分かんないから…』


やれやれ。

俺はハルトに向き直り、俺達に起きたことの顛末を説明した。



じっと話を聞いていたハルトだったが、話が終わると、急に腹を抱えて笑い出した。


「あはははははは!なんだそっか、変だとは思ったけど、そんなことになってたなんて!

猫の勇者なんて聞いたことないよ!あはははは、女神に振り回されて、災難だったね!」


ハルトは少し涙を浮かべて、しばらく笑い続けた。


「フン、本当にとんだ災難だ。それもこれも、あのへっぽこ女神のせいだ。

…そういえば、お前の時の女神はどうだったんだ?」


「僕の時?そうだね、女神は交代制だって言ってたから、たぶん君の女神とは違うと思うけど……

僕の時もひどかったなあ、やたらと節約に厳しくてさ、特別なスキルなんか全然与えてくれなくて……」


「お前の時からそうだったのか。全く神の世界ってのはどうなってるんだ。」


「そうだ、しょこら君が勇者なら、君がアルク君の従魔なんじゃなくて、アルク君が君の従魔ってことかい?」


「ああそうだ。」


「あはは、面白いね!だから主人である君の言葉を話してるのか…。そういえば、知ってるかい?従魔契約というのは勇者だけが使える魔法だけど、ずっと昔は、何匹も契約することができたんだ。


それが今では、契約できるのは一つの動物や魔物に限られている。たぶんそれも、女神の言う『神力』の節約なんだろうね…」


「チッ、あの女神、だから俺に()()()といった感じでテイマースキルを付与したのか。これならそこまで神力いらない、とか何とか言ってやがったな。

そりゃそうだ、テイムしても意思疎通ができるってぐらいで、スキルが共有される訳でも、レベルアップの速度が上がる訳でもないんだ…」


「まあまあ、でも君達は十分強いよ。今まで飛ばしすぎたせいで、旅から得られる知識や経験が欠けているきらいはあるけど、でもやっぱり勇者とその従魔だ、格が違う。


僕のような常人はいくら鍛えても、ある一定以上はレベルが上がらないからね…」



俺とハルトのやり取りを、アルクは黙って聞いていた。



その後俺達は別れ、ハルトは兵舎へ、俺とアルクは宿屋へと戻った。

宿屋への道すがら、アルクはずっと押し黙ったままだった。



宿屋に着いた後も、アルクの様子は変わらなかった。

エド町に着いてから毎日喜んで温泉に入っていたが、その日はシャワーで済ませ、ついに一言も口を利かずもぞもぞとベッドの中に潜り込んだ。


……やれやれ。また何か馬鹿なことを考えていそうな雰囲気だ。


俺は自分もアルクの横に飛び乗り、丸くなって目を閉じた。



するとしばらくして、アルクが俺に話しかけてきた。

半分眠っていた俺は、「しょこら、しょこら」という呼び声に、また現実に引き戻された。


アルクの顔は、月の光の逆光になっている。


「なんだ。腹でも減ったか。」


「違うよ。あのさ、僕………。さっき、しょこらとハルトさんの話を聞いて、ずっと考えてたんだけど………。


しょこらは、僕との従魔契約を解除して、ハルトさんを従魔にした方が、いいんじゃないかな……。

そうしたらハルトさんはもっと強くなれるし、…ハルトさんと一緒に魔王を討伐する方が、絶対に上手くいくと思うんだ…。


…僕が責任を逃れたい訳じゃない、今はもう、逃げたいなんて思わないよ。

ハルトさんを従魔にしても、僕のこともテイムして、一緒に連れて行ってほしい………。足手纏いだとは、思うけど………」


そう言うと、アルクは顔を半分、ブランケットの下に隠した。


俺はフンと鼻を鳴らした。

「俺はあんな奴ごめんだ。あれ以上強くなられてみろ、今よりもっと虐げられるぞ。」


「……うん、でも………」


俺はうまく意図が伝わらずイライラし、尻尾でターンッとベッドを叩いた。



しかしそれ以上は何も言わず、俺は再び眠りについた。

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