20.元勇者は語る
俺とアルクは、しばらくハルトの顔を見て黙っていた。
本当にこいつが元勇者なら、聞きたいことは山ほどある。
俺は質問すべきか、もう少しハルトの素性を探るべきか、考えを巡らせていた。
すると、先に口を開いたのはアルクだった。
「……どうして、シロヤマさん、なんですか……?」
質問の意味を察しかねたようで、ハルトはアルクを見つめ返して、少し首を傾けた。
「あ、す、すみません。えっと、僕の名前は、アルク・フレデール。この世界での名前です。
…だけど、ハジメ・シロヤマさんというのは、すごく日本人っぽい名前だ。
どうして、この世界に生まれて、そんな名前を持っていたんですか……?それに、今の名前、ハルトさんってのも、日本人みたい……」
アルクはおずおずと聞いた。
たどたどしくはあったが、普段他人と一切話せないことを考えると、驚異的なまでに普通に話している。
ハルトは質問の意味を理解し、ふっと微笑んだ。
「ああ、そうだね。確かにおかしいよね。
……もちろん、僕がすごく日本人的な名前の勇者だったことには、理由がある。だけど申し訳ないが、その話はまた今度にさせてくれないかな。…少し長くなってしまうんでね。」
アルクは、何も言わずに頷いた。
「あ、でも、今のハルトっていう名前については、本当にただの偶然なんだ。この世界でも、そこまで珍しい名前という訳じゃない。」
ハルトはそう言って、にっこりと笑った。
「…他に、聞きたいことはあるかな?」
アルクはそれ以上、何も聞かなかった。質問がすぐに出てこないのだろう。
俺はハルトと直接話せないから、アルクに念話で質問を送り、アルクの口から質問させるしかない。
すると、俺が質問を送る前に、またハルトが話し出した。
「僕は恥ずかしながら、今ではそこまで強くない。というより、はっきり言って弱い。せいぜいレベル60、ギリギリAランクには届かないBランクぐらいかな。
勇者だったころに比べると、はっきり言って雲泥の差だ。どんなに鍛えても、ある程度以上は強くなれないし、体も思うように動かない。だけどどうしても、あの町で人々を守りたくて。
…町の護衛隊に入れば、仮に魔物が乗り込んできても、せめて一兵士として戦える。大した戦力にはなれないけどね。」
そこまで話すと、ハルトは少し黙り込んだ。
「…すまない、君たちが一番聞きたいのは、魔王のことだよね。僕が四百年前に討伐した魔王。どうやって討伐したか、どのくらい強かったか、弱点はあったのか……そんなところかな?」
俺とアルクは顔を見合わせた。
確かに、その情報を得られるとしたら、非常にありがたい。もし復活する魔王が四百年前と同じなら、俺達の勝利はほぼ確実とさえ言える。
しかし、俺達の考えを察したのか、ハルトはゆっくり首を振った。
「残念ながら、今回復活する魔王は、僕が倒したものとは違う。
魔王は復活するたびに異なる姿形をしているんだ。攻撃手段も違うし、弱点も違う。今回の魔王がどんな奴かは、はっきり言って復活してみないと分からない。
…僕は前世でも今世でも、魔王に関するできる限りの情報を集めようとした。過去の勇者の魔王討伐に関する文献は、いくつか残されている。
だけど、古いものは文字が読みづらかったり、明らかに内容が脚色されていたりする。文献だけで正しい情報を得るのは困難だ。
僕がただ一つ分かるのは、魔王の姿は毎回違っても、魔王復活の前兆として起こる出来事は、おそらくどの時代もほとんど同じということだ。」
「復活の、前兆…?」
アルクが聞き返すと、ハルトは頷く。
「ああ。魔王復活が近づくと、魔物の動きが活発になる。普段人前に姿を見せない魔物たちが、急に町を襲い出す。
変異体が出現したり、普段海にいるはずのセイレーンが、湖に現れたりする……」
ハルトは話しながら、湖の方を見やった。
「徐々に強くなる魔王の気配に、魔物たちの本能が刺激されるからだ。
そして時には魔王の配下が先に行動を開始し、各地で問題を起こしたりもする。
勇者はそれらの問題に対処しながら北上を続け、魔王が復活を遂げるころには、魔王領の森を抜けていなければならない。
残念ながら魔王の魂を、復活前に消滅させることはできない。復活してから叩くしかない。魔王の元に早く着きすぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。
早すぎるとまだ魔王は復活していない。遅すぎると手遅れになる。…魔王は復活して1か月以内には、討伐するのが理想だ。」
「そ、そんな…。でも、そんなタイミング良く魔王領にたどり着くなんて、一体どうすれば…?」
アルクは困惑して問いかけた。全くその通りだ。俺達は魔王が「もうすぐ復活する」としか知らない。何月何日何時に復活する、なんて聞かされていない。
「そうだね。だけど、魔王復活の直前に、必ず起こることがある。……魔物の群れによる、人間の領域への侵攻だ。」
「魔物の群れの、侵攻……?」
アルクは今度は、顔を真っ青にした。
「ああ。魔王復活の兆しを感じ取り、本能的に刺激された魔物たちが、魔王領の森を起点として南下を始める。下級魔物ほど本能の刺激を受けやすいからね、大抵は雑魚だけど、中には中級や上級の魔物もいる。
魔王の配下達も、面白半分で参加したりする。その侵攻で人間界を掌握できるとは思っていないだろうが、おそらく人間の死体をいくつか持ち帰り、魔王に献上しようぐらいに考えてるんだろうね……」
ハルトは話しながら少し顔をしかめた。
「…勇者は必ず、その侵攻を食い止めなければならない。そしてそれを鎮圧したら少しの休息を取り、すぐに魔王領の森を抜けなければならない。
僕の時は、魔物群の侵攻があってから5日後には、魔王が復活していた。」
「たった5日後!!」
信じられないというように目を見開いて、アルクは答えた。「そんなの、休んでる時間なんて全くないじゃない!」
「そうだね。でも、その後僕が見た文献の中には、侵攻から約二週間で魔王が復活したという記録もあった。とにかく迅速に侵攻を食い止めて、北に向かうんだ。そうすれば、ベストタイミングで魔王を撃てる。」
『しかし、魔王復活の直前に必ず侵攻が起こるなら、その事実がもっと広く知れ渡っていてもいいものだが…。』
さっき質問のために開通させた念話が、繋がったままになっていた。
俺の考えが聞こえたアルクは、そのままをハルトに向かって問いかけた。
ハルトは答えた。
「そうだね。その事実があまり知られていないのは、大抵は大陸の北部、今のシロヤマ領の手前で、侵攻が食い止められるからだ。
もちろんシロヤマ領の護衛隊には、侵攻のことは語り継がれている。だけど他の土地の人からすれば、きっとほとんど他人事なんだろうね。
…だから僕は勇者引退後に、この土地の兵士達の訓練を買って出た。将来この町が、確実に自衛できるようにね。……今でもシロヤマ領と呼ばれているのは、嬉しいやら、恥ずかしいやら、だけどね……」
アルクは少し沈んだ表情で、ハルトを見つめていた。
どうやらまたハルトと自分を比べて、不甲斐なさに落ち込んでいると見える。
「ごめん、少し長話が過ぎたね。もう夜も更けている。そろそろ戻らないか。…すまないが、僕も、一緒にドラゴンに乗せて帰ってほしい。」
そうだ、コクヨウのことをすっかり忘れていた。
俺がコクヨウのほうを見ると、なんとまだ地面に倒れて伸びていた。
俺達は一緒に、コクヨウの元へと歩いた。近づいてよく見ると、なんといびきをかいて眠り込んでいる。
バシッッ!!!
俺はコクヨウの顔に猫パンチを食らわせた。相手はドラゴンなので、アルクの時より数倍強く引っぱたいた。
「き、君って、さっきもそうだけど、本当に容赦ないよね……。」
ハルトがまた、俺を見て笑いながら言った。
「おう、悪いな、寝てしもうたわい。」
コクヨウがのっそりと起き上がりながら、あくび交じりで言った。
俺はコクヨウに跨る前に、ちらりと湖の方を見た。そして思い出す。
湖の底に、セイレーンに食われた冒険者達の遺品があるはずだ。
俺がそう伝えると、アルクは驚愕した。
「ええっ!!そ、そんな、先に来てた人達、いないと思ったら………ま、まさか、食べられちゃってたなんて…………。じゃあせめて、その遺品だけでも、持ち帰ってあげないと……。」
アルクは俺をじっと見た。一人で湖に潜るのは怖いようだ。
「もう魔物はいないはずだ。頼んだぞ。」
「うう…、わ、わかったよ……」
アルクは諦めたように、湖に向かって走り出した。
俺達のやり取りは猫語で行われていたので、ハルトは意味が分からなかったようだ。
「あ、あれ、アルクくん……?湖に何か落としたのかい?」
俺はハルトをじっと見上げた。こいつと直接会話ができないのは、何かと不便だ。
とりあえずテイムして、意思疎通ができるようにしようか。
猫にそんなスキルがあるなんて怪しまれるかも知れないが…まあ、言い訳は何とでもなる。
俺は右前足をさっとハルトに向けてかざした。右足から青と緑の間のような色の、魔法陣が展開される。
ハルトはそれを見て、驚いて少し興奮したようだ。
「わあ、君テイムができるのかい?驚いたなあ、アルク君の従魔だからかな?もちろん拒絶なんてしないよ、よろしくね!」
そして無事に、俺はハルトをテイムした。
「おう。俺の言ってることは分かるか?」俺はハルトに問いかける。
「ああ、分かるよ!すごいなあ、テイムができる猫なんて、初めて見たよ!…あ、ねえ、言葉が分かったら、君に一つ聞きたいことがあったんだ。」
ハルトはしゃがみこんで、俺に近づいた。
「なんだ。」俺はじろっとハルトを見た。
「僕、少し意識が戻った時に見てたんだけど………グレンデルと戦ってた猫耳の忍 イタッッ!!」
俺はハルトの顔をバシーーンと猫パンチした。
「お前……。そのこと、絶対アルクに言うんじゃねえぞ。墓場まで持っていけ、いいな。」
俺はギロリと目を光らせて、ハルトを睨みつけた。
ハルトはぶたれた左頬を押さえ、少しポカンとしていたが、やがて吹き出した。
「あはは、分かったよ!まったく君たちは、本当に面白いコンビだなあ………」
やがてアルクが地上に戻って来たので、俺達はコクヨウに跨り、町へと飛び立った。




